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婚約破棄されたので呪いの地を開拓しようと思います  作者: りんご飴ツイン


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『賢者』の物語、その終端

 

「……『勇者』でさえ無理だったんだ。あそこまで無茶して、俺様だけが現世にしがみつけるってのは通らないよな」


 赤黒く汚れた白衣を纏うボサボサ髪の男、つまり『賢者』ゼクスが王都近くの路地裏に座り込んでいた。


『勇者』の転移に付き合ったのはいいが、そこから転移だなんだ力を使う余裕もなく、何とか人目につかない場所まで移動したのだ。


『勇者』もそうだったが、『賢者』も死を誤魔化している。そんな状態で悪魔の領域に意思を飛ばすだのなんだの無茶をすればどうなるかなんて想像に難くない。


 わかっていて、それでも突き進んだ。

 そのために悠久の時を生きてきたのだから。


「あーあ、なんだって馬鹿に付き合ったかなあ」



 ーーー☆ーーー



 ゼクスが自他共に『賢者』と呼ばれるようになったのは十に満たない年齢の頃であった。


 天才。

 若くして大人でも困難な計算ができる、なんてレベルではない。誰もがサジを投げた難問を解いてみせたからこそ、彼は天才と認められ、最も賢い者と認識された。


 すなわち、魔導。

 経験則を軸に何割かの確率で成功する不安定な力の法則を解析し、困難ではあるが計算さえできれば百パーセント成功可能な学問へと発展させたのだ。


 魔導師の価値が飛躍的に上昇したのは『賢者』が魔導という技術を完成させたからに他ならない。


 そんな彼にとって世界とは予測可能な必然でしかなく、新鮮味などどこにもなかった。次何が起こるのか分かってしまう現実は彼にとって退屈な鳥籠でしかなかったということだ。


 ただ一人。

 とんでもなく馬鹿な幼馴染みを除いて。


 ミリファ=スカイブルー。

 家が近くであり、両親同士が仲がいいのもあって物心ついた頃には一緒だった彼女はそれはもう馬鹿だった。


 単純な確率の話、そもそも不可能なことだろうともそうなったほうがいいからと突っ込むのが常だったのだ。


 有象無象、すべからず『賢者』にとってはこんなにも簡単なこともわからない能無しではあるのだが、理路整然と説明したって納得しないのはミリファくらいのものだった。


 だから、だろうか。

 十代前半のある時、聖剣を抜ける者を国を挙げて捜索しているという話を聞きつけ、わたしいけるんじゃない? などと言い出したのだ。


『おい馬鹿、いきなり何を言い出しているんだ?』


『だからわたしならいけるって! なんたってこちとら赤ん坊の頃、嵐の夜に捨てられていたんだしねっ。生みの親でなくともお母さんはお母さんだし、お母さんはお父さんだけど、それはそれとしてわたしがどんな家系の人かってのはわかんないもんっ。聖剣を抜いた人は「勇者」と選定されて騎士や兵士なんて目じゃない高待遇で国が雇ってくれるんだよっ。一攫千金のチャンス、掴み取らなきゃね!!』


『馬鹿が。聖剣に選ばれし血筋の女が子供を産めずに死んだが、実は何代か前に血筋の一人が失踪しており、その血を継ぐ者がどこかにいるかもしれない、なーんて理由での話だぞ。その失踪した奴が子供をつくっているとは限らないし、その血筋が今この時まで残っているかもわからないし、そこまで奇跡が繋がったとしてもミリファが該当する確率なんてどれだけ低いことか。ないない、そんなの試すだけ無駄だって。それに万が一当てはまったとしても、お金の代わりに無茶振り──』


『もおうるさいなぁっ! 確率なんて知らない、わたしは聖剣を抜いて、わたしを拾ってくれたお母さんやお父さんに恩返しするんだからっ!!』


『あーはいはいわかったわかった。ならさっさと試して玉砕しろ』


『玉砕なんてしないから!!』



 そこで、本当に、聖剣を抜くのがミリファ=スカイブルーという女であった。



 どうせ無理だと送り出してみれば、ドヤ顔で聖剣片手に帰ってくるものだから、この時ばかりは『賢者』も驚きを隠せなかった。


『へっへえーんっだ! どうだ、抜いたぞこんにゃろーっ!』


『嘘だろ……』


『さあさ、「勇者」様だぞ崇め奉ることだね、ふっふうーんっ!!』


 聖剣の力を引き出せる者は『勇者』として国に雇用される。それはそうだろう。せっかくの確実に戦力となる人材を自由とさせておく理由はどこにもない。


 ……どうして何代か前の血筋は逃げ出したのか。そんなの国のためにと使われるのが嫌だったからに決まっている。


『勇者』に関して詳しいことは知らない。民衆レベルでは凄い人という認識程度だが、より深い所では便利な道具扱いだという話を耳に挟んだことがある。


 魔導を学問として完成させた『賢者』は一般人とは違う『世界』に触れる機会があり、俗に言う特権階級共の下劣さを否が応でも知ることとなった。


 だからこそ。

 そんな『世界』に馬鹿が足を踏み入れればどうなるか、簡単に想像できた。


『ミリファ』


『んー? なになに、自分が間違っていましたと頭でも下げちゃう? 今ちょー気分いいから、お昼ご飯奢ってもらうってので許してあげないこともないけどー???』


『「勇者」、やめちまえ』


 …………。

 …………。

 …………。


『は?』


『お前みたいな馬鹿に「勇者」なんて務まるものか。恥かく前にやめちまうのが最善だろうよ』


『なんでそんなこと言うの!? ほんっとう性格悪いよねっ。そんなにわたしが煌びやかに活躍するのか嫌だなわけ? あ、嫉妬? 「賢者」様ってば嫉妬しちゃってるー???』


『冗談じゃないんだ。とにかく、「勇者」なんてやめちまうのが最善なんだよ。だから──』


『だとしても、わたしは「勇者」になるよ』


 いつだって、そうだった。

 ミリファ=スカイブルーは幼い頃から嫌というほど見てきた純粋にして強く光る目で『賢者』を真っ直ぐに見据える。


『せっかくの親孝行のチャンスだし、そうじゃなくてもわたしが「勇者」として誰かを助けられるというなら、それはとってもいいことだもの』


『だがな』


『とにかく! わたしは決めたから。なあに、大丈夫だよ。何をそんなに心配しているのか知らないけど、「勇者」ぱわーでなんとかするからさっ』


『この、馬鹿が』


 酷使されるのは目に見えていた。肉体的にも精神的にも壊れる未来は想像にがたくない。それでいて、ミリファが説得されて自分を曲げるような奴でないことは彼が一番よく知っている。


 ならば、せめて裏から支えようと彼は決意した。

 国家上層部に対する影響力を高め、『勇者』が無茶な任務を押しつけられるのを阻止できるほどに強くなろうと決めたのだ。


 その三日後、セルフィーとかいう少女の処刑を妨害、追っ手を千切っては投げと繰り返し、ついには利益よりも損害が多くなると判断され、国家そのものを敵に回していた。


 なんというか、読めないにもほどがあった。

 馬鹿も極めれば『賢者』の想定など軽々と超えることができるということだ。



 ーーー☆ーーー



『くかかっ!! お前さん強えなっ。こんなに熱くなったのは「魔法使い」に喧嘩売った時以来だぜっ』


『あははっ! そういう「武道家」だってっ。まさか聖剣を噛んで止められる日が来るなんて思ってなかったよっ』


『あわあわ……っ!!』


『……、はぁ』


 それはミリファがセルフィーの処刑を妨害し、国家を敵と回し、最終的に軍勢を撃破して国境線を突破するのに『賢者』が()()()()()()()次の日の出来事だった。


 血が染み込み赤黒く変色した逆立った金髪、ボロボロのマントを羽織っただけという凄まじい格好の偉丈夫、『武道家』ガノラ=レッドウォーハンマーにミリファが喧嘩を売られ、激突したのだ。


 国家所有の軍勢さえ大したダメージを受けることなく切り抜けたミリファの片腕をへし折るほどには偉丈夫の力は突き抜けたものだった。もちろんお返しとばかりに『武道家』の肋骨を半分ほど粉砕しているのだが。


 ……なんでこいつらそんな有様で笑い合っているんだ? と『賢者』は嘆息する。


『ミリファさまっ。腕が、ああ腕がっ。今治すでございますっ』


『あ、それならまずこの人から──』


『なんでいきなり喧嘩売ってきた人のほうが優先度高いのでございますか少しはご自身のことを案じてでございますっ!!』


『は、はいっ』


 セルフィーに気圧されたミリファが大人しく治療を受けているのを横目に『賢者』は『武道家』へと声をかける。


『犯罪者の天敵、罪状だけならどんな賞金首よりも重いというのに殺した対象が国家が処理できていなかった凶悪犯ばかりだからと変に民衆の支持を得ている「武道家」、か。お前の中ではミリファもこれまで殺してきた犯罪者と同じということか』


『ん? ああそりゃあ誤解ってもんだ。これでも我は見分けがつく。そこのミリファとやらは確かに指名手配犯ではあるが、くかかっ。女の子助けるのが悪とされるだなんて、そんなつまんねぇ話はねぇってもんだ』


『では、なぜ?』


『我慢できなかったから』


 偉丈夫は笑う。

 笑って、告げる。


『我はとにかく強い奴とヤれればそれでいいんだが、流石に我の趣味で善人殺しまくるのはあんまりだろ? だから殺しても問題ないというか、死刑が確定して「どうせいつかは殺される奴」とヤるようにしているってわけ。ただなぁ、女の子一人のために軍勢さえ敵に回すようなイカれた奴がいるって聞いちゃ我慢なんてできるものか。堪能したいと、ヤりまくりたいと思うのが男ってものだろうが』


『…………、』


『予想通り、いいや以上だな。こんなの一度にヤり尽くすなどもったいねぇってもんだ。というわけで今日のところは退散して、後日またヤり合うってことで!!』


 じゃあまたなっ!! とそれはもう無垢なる良い笑顔で手を振って去る『武道家』。今まさに殺されかけた馬鹿が手を振り返しているのを横目に『賢者』は再度嘆息する。


『馬鹿の周りには馬鹿が集まるとでも言うのか……?』



 ーーー☆ーーー



『光輝なりし天上の意思に繋がると思ったが、聖剣の先に揺蕩うは私の想像している「神」とは別物かもしれない、と疑問を明確としよう』


『? よくわかんないけど、聖剣諦めてくれた感じ?』


『肯定しよう。その道具でもって光輝なりし天上の意思と常時接続できるのでは、とも考えたが、そう楽な道は存在しないもの。やはり矮小なる生命が救われるには「最善なる道」を辿るしかないのだろう』


『け、喧嘩はだめでございますよー』


『終わったかー?』


 聖剣が欲しいと、そう言って攻撃を仕掛けてきた黒マントにとんがり帽子の男。彼は本格的な戦闘となる前に聖剣を観察し、そして先の言葉と共にミリファに対しては申し訳ないと頭を下げていた。これで終わりかと『賢者』があくびを噛み殺していると、



『それはそれとして、貴様の行いはここで断罪しなければならない、と宣告しよう』



 言って、レイピア片手に肉薄する『魔法使い』。対して『賢者』はあらかじめ展開しておいた魔法陣から魔導の炎を放ち、迎え撃つ。


『ははっ。殺意バリバリだったものな。そりゃ襲ってくるか』


『償うがいい』


『何を?』


『自己のクローンを生み出していることを。定められし生殖活動から逸れた方法にて生み出された魂に救いはない。その魂は穢れ、光輝なりし天上の意思から外れ、もって真なる救済が授けられることはない。自然の摂理を崩し「あるがまま」を歪めし者よ、その罪業、せめてここで死することで償うがいい!!』


『自然の摂理、ハッ、世界は「あるがまま」でなければならない、ははは!! 文明の発展を目の敵とする懐古主義かよ。お前らのような人種の主張ってのは都合が良すぎていけないよな。クローンはダメ、ならどこまでは良いんだか。人は生活していく中で色んなものに手を加える。建物を建てるために木々を伐採するのは? 肉や魚を食うために料理することは? 服を作るために材料を加工することは? 暖をとるために何かを燃やすことは? 「あるがまま」ってのはどこまでが良いってんだ馬鹿馬鹿しい。利便を求めれれば何かに手を加える必要があり、そこに大小はない。真なる意味で「あるがまま」というものを目指すなら、スッポンポンでその辺に転がっているのが正解だ。それ以上に手を出した時点で自然の摂理云々なんてのは「俺が嫌なことは他の奴もするな」っつー戯言に変わるんだよ』


『だから、摂理を如何様にも歪めると?』


『ああ。世界の法則を明らかにして、利用して、次のステージに到達して、有象無象よりも優位と立ち、好き勝手するために。そう、俺様が気持ちよく生きるためなら、森羅万象あらゆる因子を踏みにじたって構わないよなあ!!』


『他者への慈愛を持ち合わせていないとは。救われぬよ、貴様は』


『誰かに救われる必要なんてないな。そんなもん、自分の手で掴めばいい』


 そして、激突があった。

 この時より『賢者』と『魔法使い』の因縁は始まったのだ。



 ーーー☆ーーー



 古代に栄えし文明の象徴たるダンジョンを暴いたがために噴出した未知のウイルスによる死してなお動くゾンビの発生『パンデミック』、ドラゴンの縄張りを人類が希少素材目当てに侵略したがために勃発した全面戦争『ドラゴンウォーズ』、大陸の外から来訪した一人の魔族による国家乗っ取り及び他国への侵略『異聞戦争』、魔導の防壁さえ軽々と粉砕する巨大な竜巻や雷雲が同時発生した『大災害』、その他にも様々な騒動があり、その全てにミリファは首を突っ込んだ。


 武力でどうこうなるのならば、ミリファは『賢者』の想定さえ覆して救いをもたらした。だが、武力だけではどうしようもない問題もあり、そんな時は『賢者』を引き摺り出して何とかしてと投げるのだ。


 ナンダカンダと付き合ってやるのがいつものパターンであり、そうして流されるせいで厄介ごとに巻き込まれるのが常だった。


『報酬くらいむしり取ればいいものを』


『報酬? わたしがしたいからしていることなのに、なんで報酬が出るのよ。ばっかじゃない』


『おいこらミリファ、よりにもよってお前が俺様を馬鹿呼ばわりか、あァ!?』


『あわあわ、喧嘩はだめでございますよっ』


 流された結果、ミリファやセルフィーと共に各地を渡り歩く生活を送るようになった。『賢者』ほどの頭脳があればどこぞの国家の中枢に君臨することも、研究でもって稼いだ金で一生を遊んで暮らすことだってできたというのに、結局はその日の宿を探すのにも苦労するような生活に付き合っていた。


 退屈ではなかったから。

 彼の頭脳でもっても予測不能な馬鹿に付き合うほうが社会的地位を確立することより、億万長者となって遊び暮らすより、ずっと楽しかったからだろう。


 そんなある日のことだ。

 七の悪魔が異界より侵攻してきたのだ。



 ーーー☆ーーー



『おーおーこりゃ酷い』


 言葉とは裏腹に軽薄な色を乗せて『賢者』は呟く。


 そこはセルフィーの生まれ育った街があった『跡地』であった。見渡す限りの地平、散乱するは建物だった灰色の残骸と人間だった赤黒い肉片。


 まさしく、皆殺し。

 この街を襲ったのはドラゴンに憑依した悪魔イグメントだったか。最強の魔獣の肉体から繰り出される悪魔の一撃を前に命は呆気なく散ったということだ。


『しっかし、なんだ。なんて顔してるんだ、セルフィー』


『だっだって、こんなの、酷いのでございます……』


『そこに転がってるのは散々っぱらお前をバケモノだなんだと罵って、痛めつけた連中だってのに?』


『だとしても、でございます』


 そう即答できるのがセルフィーであった。常に肉体を変異する体質から今はキメラの様相である彼女の過去を考えるなら、そう即答できるのもまた普通ではないのだろうが。


 とはいえ鮮血と死で埋め尽くされた光景を前に軽薄に笑い、この光景を作り出した悪魔に興味を示す『賢者』のほうが目に見えて普通ではないのだが。


『こんなこと、絶対に終わらせないと』


 そして。

 ここで自分の手でどうにかすると即座に決意できるミリファに対して『賢者』は呆れたようにこう返した。


『馬鹿が』



 ーーー☆ーーー



 魔導による土壁に囲まれた町、通称要塞都市。

 元々は単なる田舎町であったのだが、七の悪魔の襲撃により国家中枢が崩壊し、軍隊もまた機能不全を起こした末に生き残った人々が力を合わせ、悪魔の襲撃から逃げるのではなく耐えるためにと要塞都市を作り上げたのだ。


 ドラゴンや巨人の肉体さえ操る悪魔から逃げることなど実質不可能であり、ならばと外壁を築き猛威を耐え、そして反撃してやると奮起した者たちが要塞都市には集まっていた。


『諦めていない……。大陸中の人々が力を合わせれば悪魔にだって勝てる!』


『そう、そうでございますよね、ミリファさまっ』


 要塞都市に辿り着き、来たる決戦の日のためにと準備を進める数万もの人々を見て、ミリファやセルフィーは興奮したようにそんなことを言っていた。


 だが、『賢者』はそう楽観視することはできなかった。


『俺様やミリファに並ぶ戦力はなしか。まあ流石にそれは期待しすぎか』


 おそらくダメージを与えることはできるだろう。だが、殺すとなるとどうだろうか。悪魔は憑依を得意とする。異界に揺蕩っていた頃より自己を肉体を持ち、現世にもその肉体でもって侵攻してきた一つ目の悪魔などは肉体を殺せば魂もまた霧散すると『賢者』は予測しているが、そんなものは例外中の例外。普通の悪魔は魂のみで存在し、現世に侵攻する際に他者の肉体を操り出力口としている。


 つまり、肉体が死んだならば魂だけ異界へと戻せばいい。わざわざ肉体の死に合わせてやる必要はないということだ。


(ミリファには()()()()力もあったようだが、あれはあくまでミリファの力が及ぶ範囲で効果を発揮する。格上の力の持ち主に効果を発揮するためには半殺しにして抵抗力を下げないといけないって話だ。つまり悪魔がミリファよりも遥かに格上ならば、魂殺しは通用しないこともあるということ。ミリファには封印というカードもあり、そちらは魂殺しよりもシビアではないようだが、封印にしても発動中は隙だらけだから敵の動きを封じる必要がある。どちらにしてもただ突っ込めば勝てるってもんでもない)


 となれば、だ。


(要塞都市の連中を捨て駒に悪魔を弱らせ、隙を作り、ミリファの力を確実に叩き込む。勝つためには()()()()()()()()()()()()、ということか)


 おそらく要塞都市の連中は『賢者』の提案を受け入れるだろう。彼らにしても自身の力不足は実感しているはずなので、ミリファという条件付きとはいえ悪魔に致命打を与えられるカードを生かすためなら命を投げ出すことだろう。


 問題は……、


(馬鹿の好きにさせないこと。それさえ果たせば最小の犠牲で最善の結果を得ることができるだろうよ)



 ーーー☆ーーー



 要塞都市は逃避の果てである。あるいは街を悪魔に蹂躙された者、あるいは悪魔の出没情報を聞きいち早く逃げ出した者、あるいは悪魔に挑み敗北した軍の生き残り。


 来る者拒まず受け入れていった結果、多種多様な者が集まり、技術を結集させることで要塞都市と呼ばれるまでに発展したということだ。


 そんな要塞都市には大雑把な枠組みが存在する。直接戦闘、後方支援、治癒、武具鍛錬、食料補給、などなど各々の技能に合わせて『役割』を果たし、支え合っている。


 そうなれば効率化を図る一環として上下関係が生まれ、長が任命される。その長たちを取り仕切るのがアルガー=バーキソンであった。


 悪魔が侵攻してくる前までは何の変哲もない男爵家の次男でしかなかったが、悪魔侵攻と合わせて要塞都市の前身となった町から貴族たちが逃げ出す中、率先して皆を纏めた流れでこうして総括の任を担当しているのだ。


『悪魔イグメントの侵攻に対して五万の民をぶつけ、所定の位置まで誘導する捨て駒にする、と。ふざけているのか?』


 数々の枠組みの長が集まる会議の一幕。

 三十代の傭兵のごとき厳つい男、アルガー=バーキソンから大の大人でも尻込みするほどの圧をもって睨まれて、なお、五万の民を捨て駒とすることを提案した『賢者』は嘲るようにこう返した。


『万全を喫するなら七万、いいや八万は欲しいところを最小も最小、めいっぱい引き下げているんだ。確かにふざけていると、少なすぎると言うのも無理はないかもなあ』


『…………、』


『貴様、ふざけるのも大概にしろ! 魔導を学問と完成させたほどの頭脳でもって突破口を見出してやる、そう大言壮語したからこそこうして会議に参加させているというのに!! それを、五万? 直接戦闘要員のほとんどを確実に殺すために投入しては残りの悪魔に対応できず蹂躙されるのは確実だろうが!!』


『そもそも犠牲を前提とした戦いなどあり得るものか!! 悪魔の脅威に耐え、今日この時まで生き残った奴らに死ねと命じられるわけがない!!』


『要塞都市は逃避の果て、生き残るために皆が力を合わせた最後の希望よっ。ならばこそ、皆で生き残るためにどうするか議論するべきよっ』


 アルガーが悩むように眉根を寄せている間にも会議に参加している数十の長たちが声高に言い募る。


 対して『賢者』は皮肉げに口元を歪めて、


『悪魔イグメントとは一度やり合っている』


『な、ん……?』


『ミリファと俺様、後はセルフィーが協力して、それでも居合わせた一般人どもと共に逃げ出すのが限界だった。わかるか? 俺様たちでもそこまでが限界なんだ。それ以上。俺様たちの力を底上げする「結果」を出さないといけないなら、一般人に毛が生えた連中の命を積み上げないといけないってものだ』


『ふ、ふざけ……っ!!』


『何の策もなくぶつかれば、それ以上の犠牲が出る。というか要塞都市は壊滅するだろうな』


『ッ!』


 ついに何も言えなくなった長の一人を見据え、『賢者』は退屈そうに、


『理想論の果ては全滅だ。なら現実的に要塞都市の総人口の十分の一を切り捨てて残り十分の九を救う未来を掴むべきだろ』


『わかった』


 ぼそり、と。

 己が身を切り刻むがごとく顔を歪め、それでもアルガーは口を開く。


『それが俺たちよりも遥かに優れた頭脳を持つ「賢者」が出した結論ならば信じて決行するとしよう』


『アルガーさんっ!何を!?』


『元より要塞都市などと言ったところで俺たちに悪魔に抗う術はない。あるとすれば、己が命を犠牲としてでも大切な人々を守りたい意思だけだろう。直接戦闘担当、などと言ってもほとんどは兵士や騎士ではない、ろくに戦場も知らぬ者たちの立候補から成り立っていることからも決意が伝わってくるものだ』


 ギリギリと。

 歯を噛み締め、手のひらに爪が食い込み裂けるほど拳を握り締め、それでもアルガーはこう続けた。


『直接戦闘を担当の五万人は大切な人たちを守るためなら必ず死ぬ決死の作戦だろうが最後には参加してくれるだろう。その覚悟、無駄にはしないと誓えるのだな?』


『誓うもクソも五万人切り捨てて悪魔イグメントにダメージを与えたとしてもミリファだけじゃ足りないんだ。最低でも俺様も参加しないとなんだし、そりゃあ勝てるよう腐心するさ。何せ負ければ俺様も死ぬんだし』


『ならば良し。では任意の立候補で集まった者たちを俺が率いて捨て駒となる。その後は任せたぞ、「賢者」』


『なっ!? 要塞都市の代表たる貴方にそんなことさせられませんよ!!』


 泡を食ったように長の一人が叫び、それに続くように長の皆が考え直すよう言い募る。が、アルガーは首を横に振り、


『ただ上から命じるだけでは誰もついてこない。時には上に立つ者こそ非常時に矢面で散る覚悟が必要だ。なに、俺は流れで担がれただけ。俺がいなくとも他の者が代わりを務めてくれれば、要塞都市は問題なく存続できるだろう』


『はっは! よくもまあそんなこと言えるなあ。放っておいてもとりあえず有象無象の犠牲で生き残れるというのに』


『俺にも護りたい家族がいる。あいつらを守れる確率が少しでも上がるなら、命だろうが賭けるさ』


『……、そうかい。なら遠慮なく散ってもらうとしようか』


 ここまでは『賢者』の想定通りだった。

 このままいけば最小で最善を掴める……はずだった。



 では最終的にどうなったか。

 五万の軍勢が悪魔イグメントに真っ向から立ち向かい、所定の場所まで誘導、座標固定型大規模魔導でダメージを与えて弱らせたところをミリファたち本命の少数精鋭がトドメを刺す予定であったのが……、



『仕方ない。ミリファ、せめて座標固定型大規模魔導をうまく使って相討ちに持ち込──』


『ん? 何他人事みたいに言ってるの? お前も突っ込むに決まってんじゃんちゃっちゃか働いてよね「賢者」!!』


『な、なに!? 待て馬鹿本当やめろこの馬鹿っ!!』


『馬鹿なのは自覚ありまーす。仕方ないじゃん、放っておけないんだからさ』


『お前の馬鹿に俺様を巻き込むなァーっ!!』


 五万の軍勢をおびき寄せる段階で『賢者』が睡眠薬で出番まで眠らせるつもりだったミリファが目覚めたばかりか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()『賢者』共々戦場の中心へと突撃したのだ。


 すなわち、最強の魔獣であるドラゴンを操る悪魔イグメントの真正面へと。一度敗走した相手への挑戦。敗北という結果を味わったこともある上で、それでも最小だからと五万もの命を切り捨てることを良しとできなかったがために。



 そこで勝ってしまうのがミリファであった。

 五万もの人間を死なせずとも生き残る。最小にして最善など知ったことかと覆すほどに無茶をしてしまうからこそ彼女は『勇者』なのである。



 誰もが望み、しかし不可能だと諦めていた最小以下の犠牲での勝利人類は掴み取った。


 だから物語はハッピーエンドへと続く。

 本当に?



 ーーー☆ーーー



 悪魔イグメントの襲撃から一週間も経てば変化は一目瞭然であった。


 迫る脅威に対して立ち向かってでも大切な人たちを守るための力をつけるのではなく、要塞都市に閉じこもり悪魔の脅威をやり過ごそうとする力をつける動きが強くなったのだ。


 ミリファは悪魔イグメントを(多少は『賢者』がサポートしたが)ほとんど一人で倒し、五万人もの人間が捨て駒と消費されるのを阻止した。そう、決死の覚悟で立ち向かわずともミリファさえいれば脅威を打倒してくれるのだ。


 死を覚悟してでも大切な人たちを守る。そう決意しているとしても、本音は生き残れるのならば生き残りたい。であれば、ミリファに頼り、寄りかかり、託せば、死なずに済むと実感してしまった者たちが決死の覚悟をミリファへの依存へと変異させても不思議はない。


『チッ。命捨てる覚悟さえあれば雑魚でも戦力になるものだってのに……これじゃ戦力どころか足手まといだ。ただでさえ悪魔どもは厄介だってのに、街一つ分を背負って戦うことになっては勝てるもんも勝てなくなるぞ』


 内臓の半分以上を破裂させ、全身の筋繊維は断裂し、砕けた骨が鮮血と一緒に噴き出すような有様でもってミリファは悪魔イグメントを破った。それくらい追い詰められてようやく勝てるのが悪魔という脅威なのだ。決死の覚悟で命を捨ててでも戦力となるならまだしも、完全に依存されては邪魔以外の何者でもない。


『思えばセルフィーの奴が治癒能力で足手まといども癒していった結果「聖女」だなんだと崇められていたっけか。傾向は見えていた。連中の覚悟はあくまでそれしかないと退路を封じられたがためのものであり、一つでも退路があれば即座に流れ依存する逃避癖染みついた足手まといだってのはよ』


 ならば、と。

 小さく息を吐き、最小の犠牲での最善を選択するのが『賢者』である。



 ーーー☆ーーー



 新たな悪魔が侵攻してきているという『賢者』が得た──そう、『賢者』しか知り得ぬ情報を聞き、長を集めた会議は流れるように結論を出した。


『ミリファに迎撃してもらうとしよう』


 要塞都市の代表たるアルガーの言葉に長たちは頷きを返す。ミリファさえいてくれればそれでいいと、大丈夫だと、安堵を滲ませて。


『待て。現状敵の力は不明、であれば敵の力を見極めて勝率を上げるためにもまず直接戦闘担当をいくらかぶつけるべきだ』


『はっ! 五万人を切り捨てるのが最善だなんだほざいていたクソ野郎は言うことが違うなっ。そうやって無意味に命を散らさずともミリファ様がいれば我らに敗北はないんだよ!!』


『そうだっ。大体お前の言葉を信じたせいでミリファ様が駆けつけるまでに何千もの人間が死んだんだぞ! お前があんな提案しなければ死なずに済んだというのに!!』


『何が「賢者」だ馬鹿馬鹿しいっ。お前のような役立たずと違ってミリファ様はたった一人でも我らを救ってくださる! そう、まさしく「勇者」のごとく!!』


 雑音が、響く。

『賢者』の顔から表情が抜け落ちていくことに果たして何人が気づいていたか。


『「賢者」よ。数千もの犠牲者はお前の言葉を信じた俺の過ちによるものだ。悪魔の脅威から人類を救ってくれる「勇者」がいる以上、犠牲を是とするお前の言葉を聞き入れることはできないな』


『アルガー。ミリファは無敵でもなんでもない。負ける時は負けるんだ。そしてあいつが負けてしまえば悪魔を完全に殺せる奴はいなくなる。人類の希望を生かすためにも死んでも大局に影響しない連中を使い捨てて勝率を上げるべきなんだが……それでもお前らは戦いから逃げることを選択するんだな?』


『ミリファがいてくれる。それだけで俺たちは救われるんだ。わざわざ無駄に命を散らす必要はない』


『……、そうかよ。お前らの腑抜け加減はよーくわかった。その上で最後にもう一度だけ問う。ここまで追い詰められて、なお、まだ逃げられると思っているのか?』


『こうして悪魔イグメントに立ち向かった俺が生き残っているのが何よりの証明だ』


『そうか。わかった』


 ギンッ、と。

 何かか切り替わったと、果たしてアルガーは気付くことはできたのか。



 翌日、新たに悪魔が侵攻してきたと『賢者』が報告した情報通りにミリファは要塞都市を後にした。そう、『賢者』しか知り得ぬ情報に従って、だ。



『例えば悪魔侵攻なんつー情報が意図的な過ちだったとして』


 全身に目玉を埋め込んだ数十メートルもの巨人、八の触手の先に巨大な爪を備えた軟体生物、瓦礫を取り込み肥大化する四足歩行のケモノ、などおよそ先天的な要因からは考えられない異形の群れが要塞都市を内側から蹂躙していた。


『例えばミリファが留守の間を狙って要塞都市を落とそうと企む悪党がいたとして』


 五万人が直接戦闘担当として立候補し、実際に悪魔イグメントに立ち向かったこともあった。いかに異形の群れが要塞都市に攻め込もうとも、万単位の数の暴力が決死の覚悟で立ち向かえば勝ち目は十分にあっただろう。


『例えば致命的に追い詰められたこの状況においてさえもう戦うのは嫌だと腑抜けたならば、末路は簡単に想像がつくと思うんだが……さあて、お前はどう考える?』


『「賢者」、なのか? 今要塞都市を襲っている異形の群れはお前が差し向けたものだというのか!?』


『わかりきったことをうるさいな。もっとテンポ良くいこうぜ』


 異形の群れが襲撃してきたという報告を受けて、いち早く要塞都市の南門まで逃げていたアルガーの前に立ち塞がった『賢者』。彼の言葉に目を見開くアルガーだが、とうの『賢者』は心底呆れ返ったように、


『なあアルガー。なんでこんなところにいる?』


『っ』


『ただ上から命じるだけでは誰もついてこない。時には上に立つ者こそ非常時に矢面で散る覚悟が必要だ。さて、これは誰の言葉だったか』


『違う。俺は、俺は!』


『よもや揃いも揃って立ち向かうのではなく逃げ出すだなんてな。放った俺様のクローンは見た目こそ仰々しいが、決死の覚悟で挑めば多少の犠牲でどうとでもできる程度のものだというのに』


 吐き捨て、そして『賢者』は魔法陣を展開する。噴き出すは炎の槍。その槍を片手に彼は言う。


『大切な人たちのためなら命だって捨てられる。その覚悟があるなら今からでも立ち向かえるはずだ。何しろ今まさにお前以外の連中は俺様のクローンに襲われているんだから。ほら、悪の親玉は目の前にいるぞ。今こそ命をかけて守る時ではないのか。なあ?』


 そして。

 そして。

 そして。



 アルガーは背を向けて逃げ出した。

 どこまでも折れたその姿に『賢者』はため息を吐き、そして炎の槍を叩きつけた。



 ーーー☆ーーー



 実感がなかったのか、単なる逃避だったのか、それとも折れたのか。


 少なくとも悪魔イグメントに立ち向かうその瞬間までは決死の覚悟は存在した。命をかけてでも大切な人たちを守る、その意思は嘘ではなかっただろう。


 だが、実際に悪魔から逃げるのではなく立ち向かい、その脅威を実感してしまった。そして、その上で、ミリファという救いを知ってしまった。


 悪魔に挑み敗北するだけならまだ何とかなったかもしれない。だけど、悪魔に挑みその脅威を存分に実感した上で強大な個に救われたならば?


 自分が命をかけても悪魔は倒せず、悪魔に真っ向から立ち向かい勝つ個があるのならば、全部投げたほうが楽に決まっている。


 依存。

 アルガーたちは無邪気にミリファを信じ、寄りかかり、押し潰すこととなったその瞬間に初めて夢から醒めることだろう。


 ミリファに悪気はなく、アルガーたちにだって悪意があったわけではない。だからといって善意からくる救いの手がハッピーエンドに繋がるとは限らない。


 ならば、崩せばいい。

 そう考えて実行できる『賢者』はおそらく勝率だけを考えるならば正しいのだろう。本人も含めて好ましく思うかどうかはともかく。



 ーーー☆ーーー



 ミリファが要塞都市に帰ってくると、そこは瓦礫の山と変貌していた。


『ななっ、なにこれえ!? 「賢者」がいてなんでこんなことになってるの!?』


『なんでもクソも俺様がこれやったんだし』


『な、ん』


『呆気ないものだよな。まあここまで致命的に追い詰められて、なお、逃避するような連中なら無理もな──』


 ゾンッ!! と。

 ミリファの聖剣が『賢者』の首元に突きつけられる。


『なんでこんなことしたの?』


『最小にして最善だからな』


 しばしミリファは『賢者』を見据えていた。黄金の剣を握り締め、その刃に悪魔だろうが消し飛ばす力を収束させ、そして、



 ふう、と。

 力を抜くように一つ息を吐く。



『一つだけ答えて。誰も死んでないんだよね?』


『そればっかりは連中の()()()()()()次第じゃないかね?』


『今後なんだ、ならいいや』


 あっけらかんと言って、ミリファは聖剣を粒子と変えて体内に収納する。ミリファと同じく『賢者』の嘘情報に踊らせて意味のない場所まで足を運び無駄骨と戻ってきたセルフィーがあわあわとしているのを横目に『賢者』は舌打ちをこぼす。


『怒らないのかよ』


『怒って欲しそうだからね。怒ってやらないのがせめてもの罰ってことで』


『……、チッ』


 一つ、異形の群れはあくまで建物や外壁を壊すことに注力しており、逃げ出した者たちに対しては軽傷で済ませていた。


 一つ、逃げ出した者たちに当面生きていけるだけの物資を偶然を装い彼らと遭遇する(顔を変えた)『賢者』のクローンが配る予定となっていた。


 一つ、外壁で守りを固めたところで悪魔の襲撃を防ぐことはできずいたずらに『標的』を増やすことにしかならない。決死の覚悟も持たない足手まといが一ヶ所にして街一つ分という広範囲に集まってはミリファが守りきるにも限度があり、遠からず悪魔との戦闘に巻き込まれて死ぬこととなる。足手まといとなるくらいなら、各地に分散したほうがまだしも生存確率は高くなる。


 もって要塞都市という『標的』を崩すために『賢者』は内側から蹂躙することを選択した。彼が動くだけで呆気なく崩れてしまうほどに脆くなった者たちを足手まといとせずに、それでいて全体の生存率を上げるために。


 最小の被害で最善の結果を掴む。

『賢者』の思考は一貫しており、だからといって何も感じていないとは限らない。


 だから、せめて怒ってもらえたならばと思ったのだが、どうやらいくら馬鹿な腐れ縁でもそこまで甘くはないようだ。


 具合的に何をしたのか、は知らずとも、『賢者』という人間がどんな奴かは知っているがゆえに。


『で、「賢者」。本当はどこに次の悪魔がいるわけ?』


『馬鹿だな、ミリファ。よく考えてみろ。こうして外壁で無意味に囲った街、目立ちまくるに決まっている。じゃあなんであそこまで発展できたのか。そんなの肥大化したところを一気に潰して楽しむためだろうが』


 つまり。



『悪魔イグメントはしくじり、肥大化したボーナスステージだけが残った。そのことを耳にした他の悪魔がやってくるのは時間の問題だ。それこそ今この瞬間にだって、な』



 ミリファとセルフィーを虚偽の情報でもって無駄骨と時間を潰した理由は要塞都市の壊滅を阻止させないためだろう。


 その上で必要な場面には間に合うよう調整していたとするならば──次の悪魔は今にでも襲来する。



 ーーー☆ーーー



『ふわあ』


『なんだミリファ寝不足なのか? コンディションくらい万全にしておけよ』


『だってーミリフィアが夜中にわちゃわちゃしてくるからさー。もーミリフィアってば最近激しすぎっ』


『ミリフィア?』


 二体目の悪魔を撃破し、次なる悪魔を探して街の形が崩壊した大陸を散策していたある日のことだった。欠伸と共のその発言に『賢者』よりも先にずざざっ! と割り込んできたセルフィーが泡を食ったように、


『だっ誰でございますか、それ!? 大体夜に激しいって、それ、それってえ!!』


『セルフィー、なにその動き面白いね』


『わひゅーっ! そんなことより本当誰なんですかミリフィアって! その人と夜中に激しく何をわちゃわちゃやって、いやダメですやっぱり聞きたくないでございますうわーんミリファさまのばかーっ!!』


『ええと、とにかく落ち着いてよセルフィー。なんでそんな、えー?』


『これはあれだ、お前がセルフィーを置いて大人の階段のぼりまくったんじゃないかって慌てているというわけだな。独身のまま死にそうな色気もクソもない馬鹿に先を越されて悔しいのか、それともお前が見知らぬ誰かとのぼっちまったこと自体を気にしているのか、どちらかで話は大きく変わるわけだが。はてさて、これはどう見るべきかね?』


『大人の階段って、あははっ。ミリフィアとは夢の中でお話ししたり、遊んだり、殺し合ったりしているだけだよ。昨日はミリフィアがおもいっきりやり合いたい気分だったことで激しく殺し合ったってだけだね』


『まあ流石にこうして共に行動している中、俺様たちに知られることなく見知らぬ誰かとしっぽりヤるってのは難しいよな』


『…………、え?』


 ぽかん、と。

 口を開き、しばし停止したセルフィーの肩がびくっと跳ねる。途端、爆発する感情がそのまま現れたようなヘンテコな動きと共に左右やら後ろやらに跳ねまくった。


『夢ってどういう、殺し合いってなに、いやいやそれよりも、あわ、あわあわあわーっ!? 凄い誤解していた今の忘れて、忘れてでございますうーっ!!』


『あっはっはっ!』


『ここで何も気にせず笑うんだもんな、ミリファは。ったく、これだから馬鹿は』



 ーーー☆ーーー



 夢魔ミリフィア。

 ミリファ=スカイブルーからの話を聞くにどうやら彼女の夢の中に介入する、現世に侵攻してきた七の悪魔とは別種の悪魔らしい。


 悪い奴ではない、とはミリファの言だが、『口にしたら一生夢の中に囚われる食事を何の説明もなく具現化する』、『夢の中とはいえ致命傷を受ければ二度と目覚めることがないと知りながら致命傷以外なら特に影響はないからと殺し合いを挑む』、など一歩間違えば死待ったなしの行動を軽く突きつけてくるようだが。


 ……『悪い奴』の基準が普通の人とはかけ離れているのだろう。


『前から思っていたが、お前ちょっとおかしいよな』


『えー? 自己の細胞からつくったからって生命冒涜するようなクローン生命体生み出しては人体実験しまくるイカれ研究者には言われたくないんだけど』


『生まれた瞬間に自意識や痛覚、その他苦痛を認識するあらゆる仕組みを壊して生命ではなく道具と作り替えているんだ。この世に生まれたことすら認識していないものを文明の発展のためと犠牲にしているだけなんだから、普通の研究者のようにモルモットとして意識あるものを犠牲とするより優しいってもんだ』


『何だろう。わたしが倒すべき悪党って「賢者」な気がしてきたんだけど』


『何を当たり前のことを。まあそんな話はどうでもいいじゃないか。どう転んでもとりあえず七の悪魔を殺したからって風に落ち着くんだから無駄も無駄、わかり切った話なんだし。それより、夢魔ミリフィアなんだがよ』


『ん?』


『興味が湧いた。ちっとばっか伝言頼まれてくれないか?』


 それはミリファを介した文通のようなものだった。ミリファの夢に介入する夢魔ミリフィアへ『賢者』からの伝言をミリファの口から伝えて、返事を目覚めたミリファの口から『賢者』に伝えるというものだ。


 七の悪魔、その枠外。

 不可侵の領域に包まれた悪魔の生態を知るための情報収集の一環である。


 ……情報を引き出しやすくするためだけに感情を数値化、予測演算することでコントロールし、擬似的な恋心を夢魔ミリフィアへと錯覚させたというのだから、やはり『賢者』は悪党の部類なのだろう。


『此方たち悪魔は現世を眺めることはできるけど、汚染濃度が深い地点じゃないとこちらからは見えないのよねえ。いつでも、どんな時でも、貴方の姿を見ることができないのは寂しいものねえ』


『肉体を持つ悪魔は肉体的な死に魂が引きずられるけど、此方のように魂だけの存在ならその心配はないのよねえ。此方のほうが先に死ぬのは嫌だと貴方は心配してくれたけど、魂の寿命は人類よりも遥かに長いからその心配は無用といったところよねえ。だから、ねえ。その心配は、寂しさは、此方が感じているものなのよねえ』


『異界に来て此方の顔を見たい、ねえ。ふっふ、そんな、ふふふっ、そう言ってくれるのは嬉しいけど、それは難しいのよねえ。魔力を扱う超常の残留物による汚染、現世の「属性」を異界に近づければもしかしたら世界の壁を突破できるかもだけど、現状では波長が合う人の夢に干渉するのが限界よねえ。ああ、此方と貴方の波長が合ったならば、せめて夢の中で語らうことができたのに』


 好意を軸に世間話をする形で情報を引き出すのは簡単だった。というか簡単すぎた。誘惑にして堕落の塊である悪魔のはずなのに、そこらの生娘のように呆気なく墜ちるものだから初めは何かの罠かと勘ぐったほどには。


 とにかく。

 夢魔ミリフィアにとっては大した話ではなく、しかし『賢者』にとっては喉から手が出るほどに欲しい情報の数々を手に入れることができた。


 そうして様々な情報を引き出す中、彼は悪魔を統べる女王の存在を知る。


『我らが邪悪なりし女王・イースレンテ=フォルタンリ=バンラーナ=メント=ローズフィールド、か。世界の法則を組み替えるほどの超常存在とは利用しがいのあることで』


 呟き、しかし。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()として『賢者』はそこで思考を止めた。


 果たしてその理由にまで、彼は気付いていたのか。



 ーーー☆ーーー



『うえっ。ゴブリンの丸焼きって、うええ。こんなの食べられるわけないじゃん』


『も、申し訳ございません、ミリファさまっ。食糧が、その、手に入らなくてですね』


『まあこれだけ人類側が追い詰められればそれも仕方ないわな。なに、最後の手段として新種改良した俺様のクローンを食うというのも──』


『ぶふっ!? ゴブリンのほうがまだマシだっつーのっ!!』



『ったく。身体洗うためだけに魔導使わせるとはなんつー無駄遣いやら。いつ敵が襲撃してくるかわかったもんじゃないというのに』


『だとしても! 乙女的に我慢の限界ってのはあるんだよおーっ!!』


『そ、そうでございますよっ。せめて綺麗な川でもあればそれで我慢できましたが、最近はしっ死体で埋め尽くされて、赤黒い水場ばかりでございますものっ。自分でもわかるほどのニオイというのは、もう、うううっ!!』


『べっつに臭かろうが戦闘に関係しないしどうでもいいと思うがな』


『『あ?』』


『ッッッ!? こ、この俺様がミリファはおろかセルフィーにすら気圧された、だと……!?』



『『『聖・女・様! 聖・女・様!! 聖・女・様ーっ!!』』』


『あわ、あわあわあわ……っ!? そんな、聖女だなんて、わたくしそんなんじゃないでございますよおー!!』


『おーおーセルフィーがまた崇められてやがるぞ。今は背中から透明な羽生やして頭を色とりどりの花で覆っているだけだから受け入れやすいってのもあるんだろうがな』


『死にかけていたところを救われたら誰だって嬉しいものだよ』


『だからって、なあ。いくら致命傷さえ癒す力の使い手とはいえ、なんつーか狂的なまでの扱いだよな。ふむ、うまく利用すればセルフィーの言葉なら全肯定する奴隷量産できるかもな。宗教、うん、セルフィーという象徴からもたらされた言葉は絶対に正しく、従えば治癒の奇跡が救いをもたらす、うんうん、これはいけるんじゃないか!?』


『はぁ。また「賢者」が悪巧みしているし』



 ーーー☆ーーー



 国なんてそのほとんどが崩壊あるいは機能不全を起こしていた。軍隊なんてすでに蹂躙され、突発的な戦闘は悪魔に襲われたから誰かを逃がすために仕方なくといった形が大半であり、まさしく人類は滅亡寸前であった。


 唯一。

『勇者』という希望が滅亡をかろうじて食い止めていた。


『……は、ばっ、ぶばぅがぶべぶっ!!』


『ミリファさま下半身が消し飛んで……ッ!? 今治すでございますっ!』


『チッ。そんな暇なさそうだがな』


 迫るは三の悪魔。一体でさえ猛威となりうる怪物が一挙に三体も迫りつつあるのだ。


『これはもう終わった、か?』


 さしもの『賢者』の頭脳でも覆すことはできないと諦めかけた、その時であった。



『くかかっ! 中々に楽しそうな展開じゃねぇか』


『未だ「最善なる道」は見えず。七の悪魔では完全なる救世は不可能ということであれば、今ここで粉砕するべきだろう』



『武道家』ガノラ=レッドウォーハンマー、そして『魔法使い』。二人の男がミリファ=スカイブルーたちを庇うように現れたのだ。


『ここは我らに任せろ、なんて格好つけてみるかっ。まあぶっちゃけると楽しく殺し合いたいから邪魔するなってだけだがなっ!!』


『救世は今ここにあらず、であれば罪深き欲に満ちた現世に執着するのもまた良し。「最善なる道」のためにも挑戦をやめるべきではないと助言を授けよう』


 ミリファ=スカイブルーやセルフィーは何事か言いかけていたのだろう。彼女たちと違って『賢者』はいつだって最小を犠牲と最善を掴まんと動く。



 つまりは二人の男を置き去りにミリファ=スカイブルーやセルフィーを連れて逃げ出した。それが最善だと信じて。



 ……悪魔の一角が大地を操り、『武道家』ガノラ=ウォーハンマーを押し潰す光景を最後に転移の魔導が発動した。



 ーーー☆ーーー



 打倒できた悪魔は二体、未だ五体もの悪魔が健全な上、先の闘争で『武道家』は大地に呑まれ消えた。


 ミリファ=スカイブルーと肩を並べる強者はおらず、また誰もが命を捨てる覚悟で戦闘に貢献する気力さえ持たず。


 じりじりと、だが確実に人類は追い詰められていた。


『予知、能力……だと?』


『肯定を提示しよう』


 何を犠牲とすれば突破口を掴めるかと考えていた、そんなある日。先の戦闘を生き残った『魔法使い』が提示するは、


『スキル。陣を用いることなき、この大陸の埒外の能力。魔族と同じく大陸の「外」の生まれである私のスキル「千里眼」ならば命持つ者が内包する幾千もの分岐せし未来から望むものを選択できるということ』


『そんな便利な力があって、なんだってこんなことになっているのやら』


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それ以外に何かあるとでも?』


『は、はははっ。なるほど、なるほどなあ。どこまでクソッタレなんだ、この世界は』



『魔法使い』の言に偽りなく。

 彼の言葉に従い、最良の犠牲を払うことで新たに二体の悪魔を撃破することができた。



『賢者』の目から見ても未来を予測演算しているのではなく、超常的な力で未来を選択しているとしか思えないほどだったので、『魔法使い』は本当に未来を見るスキルとやらを持ち合わせているのだろう。


 人類や悪魔、命持つ者が内包する幾千もの分岐せし未来。その中から好きな未来を選択できる『魔法使い』がいたならば最低でも敗北はあり得ない。ならば任せてもいいだろう、と。



 そんな風に考えてしまった『賢者』は気付いていたか。その依存を少し前まで彼自身が非難する側であったことに。



 まるで天罰のように依存は破滅を導く。

 ()()()使()()()()()()の登場、その結果『魔法使い』が死肉の群れによって崖の下に呑まれたのだ。


 彼は命持つ者の未来を読むことができる。

 逆にいえば命持たない者の未来を読むことはできない。いいや正確には一度死んだ者には未来なんてないはずなのだからそれ以上を見ることはできないといったところか。


 死者の魂を隷属、及び死肉に詰め込み直すことで疑似的に死者を復活させる悪魔。『魔法使い』の天敵となる存在によって最良なる安定した道が途切れた時、ようやく、『賢者』は己の甘さの全てを断ち切る決意を固めた。


 何を犠牲としてでも。

 必ずや勝利を掴むのだと、改めて。



 ーーー☆ーーー



『異界には何もないのよねえ。本当何もなくてやれることといえば現世を眺めるくらい。まあそれも退屈なものなんだけど、最近は貴方のことを眺めるだけで胸が高鳴るのよねえ』


『色欲を司る悪魔からは精神的接触による搾取もできない関係なんて無味無臭すぎてつまんないなんて言われたけど、ミリファを介してとはいえこうして言葉を交わすだけでこんなにも心が満たされるものなのよねえ。貴方はどう? もしも同じ気持ちだったら嬉しいよねえ』


『知らなかったよねえ。よもや此方の中にこんな感情があったなんて。好意、愛情。生殖活動を促進させて生命の根絶を阻止する本能の一種でしかない感情なんだから生殖活動なんて必要ない悪魔には不要な感情なんだけど、それでも、此方は貴方を好きになったのよねえ。ああ、返事はいらないわよねえ。現世は今悪魔に蹂躙されているし、そもそも異界と現世との繋がりは希薄でありこうして波長が合う誰かを介してしか会話もできなくて、だから、こんな関係長続きするわけないものねえ。だから、うん、応える必要なんてないから、せめて最後のその時まで貴方を好きでいさせて』



『──なんて言ってたけど、これは応えないわけにはいかないよね。ほら「賢者」、ここはびしっと決める場面だよっ』


 ミリファ=スカイブルーの言葉に『賢者』はまるで何かを考え込むように眉間にしわを寄せていた。


『…………、』


『まあ「賢者」だってミリフィアのこと──』


『落ち着け馬鹿。世界がこんな時に悪魔と繋がりを持っては裏切り者だなんだと騒がれるのは必須。人類同士の仲間割れを防ぐためにも必要以上に関係を持つわけにはいかないだろうよ』


『なっ!? なにそれ意味わかんないっ!!』


『これが最小にして最善なんだよ』


『はぁ、こいつめ……。だったら、悪魔との戦争が終わったらミリフィアと真剣に向かい合うってことだよね?』


『戦争が終わった時、まだミリフィアが俺様のことを好きでいたならな』


『あれだけイチャイチャかましてくれて何言っているのやら。あーあ、わたしも好きな人見つけてイチャイチャしたいなー』


 そんなことより、と。

『賢者』は言う。


『ミリフィアに伝えてくれ』


『おっ、なになにやっぱり心変わりして格好つけて決めちゃう感じ!?』


()()()()()()()()()()()()()()()()()、ってな』


『???』


 その言葉が決別のそれであったと、ミリファが気付くことはなかった。



 ーーー☆ーーー



 翌日。

『賢者』が発動した召喚術が失敗、そのデメリットが悪魔を統べる女王の手によって世界に埋め込まれる。()()()()()()()()()()()()()()女王ならば必ずやそう動き、戦力増強及び嫌がらせしてくると予測演算した上で、だ。


 そこまでやれば、馬鹿ならともかく夢魔ミリフィアならば全て気づくと分かっていた。()()()()()()()()()()()()()()()()のだと、気づいた上で『賢者』は強行した。


 夢魔ミリフィアは単なる情報源である。

 そう己に言い聞かせて。



 ーーー☆ーーー



『情報が欲しかっただけだったわけ?』


『それは夢魔ミリフィアからか? それともお前が自力で辿り着いたとか??? ああそれはないわな。馬鹿じゃ無理に決まって──』


 がしっ! と。

『賢者』の胸ぐらを掴み、ミリファは今にも聖剣を抜き放たんばかりの殺意と共に言葉を紡ぐ。


 ゆっくりと、溢れる怒りを抑えるように。


『ミリフィアは本気だった。本気で「賢者」のことを好きになったのに、それなのに、なんで!?』


『笑わせるな。相手は悪魔だろう? 人類の敵、今もなお大陸を鮮血と死で埋め尽くしているクソ野郎どもの仲間だ。そんなクソアマが俺様を好き? はっは、冗談も休み休み言えってんだ。未知の塊である悪魔の情報を集め、突破口を見つける。そのために好意を錯覚させていただけだってのに、はは、ははははは! バケモノが何を勘違いしているんだって話だよなあ!!』


『「賢者」ァッ!!』


 ブォンッ!! とついには体内に収納していた聖剣を粒子と共に噴出させ、振り上げるミリファ=スカイブルー。それを『賢者』は静かに見据えていた。こうなることくらい予測演算できていただろうに、それでも、なお。


『みっミリファさまそれは駄目でございますっ。いくら『賢者』さんが酷いことしたからって、そんな……っ!!』


()()()()()()()()()()()()()()()()()()() ()()()()()()()()()()()()()()()()!!』


『……、え?』


 止めに入ろうとしたセルフィーが訳がわからず口を半開きとして停止している間にもミリファは溢れる想いを吐き出していく。


『最初はどうであれ、最後は違ったはずなのに。だからこそ利用してしまうことに罪悪感があって、だからってこんなのが償いになるとでも!?』


『本当余計なこと言ってくれるな。だが、はっは、もう遅い。あと少し戯言ほざくのが早ければまだしも、もう遅いんだよ』


『あァ!?』


『汚染濃度。上空を流れる魔粒の分布的に夢魔ミリフィアが観測できたのはお前が聖剣を取り出したところまでだからな。それ以降は異界からは観測不能。だから、ああ、だから、もう遅いんだよ』


 どうせ嫌われるなら、盛大に。

 利用していたことがバレるのは確実ならば、せめて後腐れなく。


 もって全ては切り捨てた。

 最小の犠牲で最善を掴む。正しいだけの無機質な存在と変異した今ならば悪魔どもにだって勝てるはずだ。


 勝ったその先に『賢者』の幸せはないのかもしれないが、それもまた最小の犠牲というものだ。


『ヘタレ野郎め』


『……うるせえよ』



 ーーー☆ーーー



 そこからは泥沼の戦争が続いた。

 ミリファ=スカイブルーや召喚術のデメリットによって悪魔と化すことで呪法を手に入れた『賢者』によるゴリ押しである。


 ──敵を知るためにと一つ目の悪魔を捕獲、クローンたちを集めた実験場である森の中で拷問紛いの実験を繰り返したりとしてはいたが、結局効率的な悪魔を殺し方など発見できなかったがために。


 だから、だろうか。

 最後にして最強の悪魔、大悪魔エクゾゲートを前にミリファ=スカイブルーが胴体を輪切りとされたのも力の差による単純な結末だったのだ。


『「賢者」さん、わたくしをあそこまで飛ばしてください』


『…………、』


『ミリファさまのこと、どうかよろしくお願いします』


『っ……。ああ、後は任せろ』


 セルフィーを犠牲にミリファは復活、そこからのミリファは鬼気迫るものがあり、かの大悪魔を封印するに至ったのだ。


 ただし、彼女もまた過度の負傷を刻まれ、またセルフィーという治癒能力持ちがいなくなったがために死ぬのも時間の問題となったのだが。


『ねえ「賢者」。これから、この世界は……どうなるの、かな』


『さあな。ただ、まあ、悪魔どもがまた攻めてこないとも限らないし、そのうち滅亡待ったなしなんだろうな』


『は、はは。本当、正しいだけで……優しくない、なあ』


『なんだ、俺様に優しくしてほしいってのか?』


『優しい「賢者」……。うええ、気持ち悪っ』


『だろ?』


 瓦礫の山を雑に押し除けただけの荒野に横たわるミリファの近くに腰掛けた『賢者』が軽く肩をすくめる。


 と。

 最後の最後まで誰かのために戦い抜いた『勇者』が口を開く。


『なんとか、して』


『あん?』


『だから……もう、こんな風にたくさんの人が、傷つかないよう……なんとか、してよ』


『また無茶振りしてからに』


『頭使うのは「賢者」の、仕事じゃん。それとも、できない……とか?』


『安っぽい挑発だな。だけど、ああ、クソ。死に損ないの最後の言葉だ、仕方ないからなんとでもしてやるよ』


『あ、はは。じゃあ、安心……だね』


 その言葉を最後にミリファ=スカイブルーは死に絶えた。その時には彼女の魂を呪法により保護、及び死した肉から遺伝子情報を抜き取る。


『最後の最後まで他人のことばっかり。ったく、本当馬鹿だよな』



 ーーー☆ーーー



 ミリファ=スカイブルーの遺伝子情報を基に子孫を生み出し、その血筋へとミリファ=スカイブルーの魂を憑依させることで一度きりの切り札と調整。


 実験場である森の中で多様な英傑たちの遺伝子情報を組み込んだクローンを生み出す、大陸中の声を収集する呪法『聞き耳』にて『外』の情勢を把握する、一つ目悪魔をいじくり回すことで悪魔の情報を収集する、森の奥にある洞窟内部の魔粒を集中的に浄化することで異界から観測されないようにした上でクローンを渡り歩き寿命を伸ばす、伸ばした寿命でもって大陸へと認識阻害の呪法を広めた上で境界守護術式『リ・レージャ・ラニア』を発動することで長く時間をかけてでも魔粒を浄化し悪魔を侵攻を阻止する、など様々な対策を講じてはいたが、果たしてそれはどれだけ有効に働いたのか。


 実験の一環というか暇潰し感覚で希少な薬草や木の実を栽培したり、これまでのそれとは違い自我を持てるよう調整したクローンたちに言葉や埋葬など人間が紡いできた文明を伝えたりと脇道に逸れることもあったので、長き人生の中で彼なりに思うところはあったようだが。


 とはいえ長きに渡る人生の中、このままでは悠久の時に自我が呑まれて精神崩壊するだろうとして『普段は夢魔ミリフィアの呪法を応用して夢遊病のように登録した行動だけを無自覚に行う』、『特定条件下にて覚醒する』、とするようになったのでそこまで長い間クローンと関わってはいないようだが。



 そして。

 そして。

 そして。



 ーーー☆ーーー



「やっと見つけたわねえ、ド級クソボケ!!」



 ドッパァァァンッッッ!!!! とそれはもう見事な飛び蹴りが何やら満足そうに笑ってやがる『賢者』の脇腹に突き刺さる。



「ぶっべばぶう!? なっなん、なんだあ!?」


「夢魔ミリフィア様よねえ!!」


 それは新人少女兵士に憑依した悪魔であった。つまりは夢魔ミリフィア。女王をエネルギー源とした『魔沼』の過剰供給によって現世から弾き出されているものだと思っていたが、どうやら無理を通してでも現世に残っていたらしい。


「散々此方のことを好き勝手利用しておいて勝手に死のうとしているんじゃないわよねえ!!」


「なるほど、復讐だな。なら手早くしたほうがいい。俺様は、もう、そう長くないからな」


「『賢者』だなんて名乗っておいて、わからないなんて言わせないわよねえ。ほらほら誤魔化さずに此方とちゃんと向き合うことねえ!!」


 ジロリ、と。

 剣呑な目で『賢者』を見据える夢魔ミリフィア。


 対していつだって己の選択に間違いはないと自信満々なあの『賢者』が困ったように夢魔ミリフィアから視線を外し、


「どうしてそうなる?」


「どうしてだと思う?」


「だって俺様はお前を利用するために近づいた! ()()()効率的に好意を誘発する言葉を選んで、望む情報を引き出すためとしか考えていなかった!! 人類が生き残るため、犠牲を最小とするための最善、そんな正しさを言い訳にお前の心を弄んだんだ!! なのに、なんでだ? どうしてお前は、そんな、なんで!?」


「『賢者』、か。無駄に堅っ苦しい知識ばっかり頭に詰め込んでいるからこんなにも簡単なことがわからないのかもねえ。まあ、其方が死ぬ直前にならないと素直になれない此方にも問題はあるんだろうけど」


 柔らかく。

 そう、夢魔ミリフィアらしくもなく柔らかな笑みを浮かべて、そしてこう続けたのだ。



「此方は其方のことが好き。それこそ其方がどれだけダメダメな部分を見せたってどうしようもないほどにねえ」



 ぎゅっと。

 抱きしめられた『賢者』ゼクスは夢魔ミリフィアの腕の中で呆れたように息を吐く。


「馬鹿だな。お前のような良い女、それこそ選り取り見取りだろうに」


「まったくよねえ。なんだってこんなの好きになったんだか。でも、うん。好きになったものは仕方ないよねえ」


「俺様は、もう、ここまでだぞ」


「だろうねえ。いかに上位の悪魔である此方でもここまで無茶に無茶を重ねてズタボロな魂をどうこうはできないものねえ」


「ったく。あれだけやられてまだ俺様なんかが好きとはな。年中無職な駄目男に尽くす女ってのはお前みたいな奴なんだろうなあ」


「ねえここでそんなこと言う!? そういうところ本当ド級クソボケよねえ!!」


「はっはっ。悪い悪い」


「まったく!」


 なあミリフィア、と。

 夢魔の腕の中で、誰に恨まれようとも犠牲を最小とする最善の道を選び、もって人類を今日まで存続させる一助となった『賢者』はこう言った。



「俺様も、お前のこと好きだよ。……俺様のことは忘れて、幸せになってくれ」



 そこまでだった。

 まるで眠るようにその長い人生を終えた男を抱いて、ミリフィアは小さく呟く。


「最後までド級クソボケなんだからねえ。其方のことを忘れて、他の誰かを好きになったって、そんなの此方の幸せになんてならないわよねえ」


『魔沼』による浄化によって現世から弾き出される最後の最後まで、夢魔ミリフィアは最初にして最後に好きになった男のことを抱きしめ続けていた。

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