第五十八話 光速
その時、国王の肉体を操作及び見た目を生前の少女のものと変異させている『勇者』ミリファ=スカイブルーは粉塵の奥から歩み出てきた女悪魔を観察していた。
見た目は悪魔らしくファンタジーなほどに整っている。それこそ宝石を人体へと置換したのではと錯覚するほどには。
だが、見た目の美しさに惑わされてはいけない。伝わってくるは無邪気な圧。明確な殺意なんてどこにもないが、だとしても生命を殺し尽くすだけの脅威としか判断できないアンバランスさ。
ミリファがこれまで出会ったどんな悪魔よりも強大なくせに、どんな悪魔よりも悪意『は』持ち合わせていないのだ。
ゆえに、あの女悪魔は殺す。好きだろうが嫌いだろうが敵だろうが味方だろうが平民だろうが貴族だろうが他種族だろうが同族だろうが関係ない。ただ、楽しく。子供が無邪気に虫の足を千切って這いずる様を楽しむのと同じく、だ。
ある意味においてどんな悪魔よりも純粋で、どんな悪魔よりも邪悪を極めし頂点。
そう、つまりは、邪悪なりし女王。
宝石を連想させる女悪魔は邪気なんて一切ない笑みを広げて、無垢なる言葉を垂れ流す。
「『勇者』ミリファ=スカイブルー。ふ、ふははっ。よもや歴代『勇者』の中で最も聖剣の扱いに長けたお主とやり合う日が来ようとはのう。お主が死ぬ前にお主の存在に気付いておれば、退屈しのぎには欠かさなかっただろうと後悔しておったのじゃ。それが、くふふ☆ これも何かの縁、存分に遊ばせてもらうかのう」
「まったく。どこぞの最善しか選べないクソ野郎のせいで長い時間世の中ってのを見ることになったけど、ここまで突き抜けた奴は初めてだよね」
ギヂリ、と。
隻腕の『勇者』ミリファ=スカイブルーはその手に握る聖剣の柄を思いきり握り締める。
歴代『勇者』の中で最も聖剣の扱いに長けた者。
それすなわち歴代『勇者』の中で最も才能に満ち溢れた魂が輝き、その本領を解放する。
間合いなんてなきに等しかった。
音速超過、なんてレベルではない。光速。光からであっても逃れられるほどの高速挙動にて真っ直ぐに女悪魔へと肉薄する。
ここまでくれば小手先の技術なんてどうでもよかった。例え敵がどんな迎撃手段を備えていようとも、どんな防衛手段を備えていようとも、どんな回避手段を備えていようとも、その全てを速度が生む暴虐が押し潰す。
迎撃や防衛など光速にさえ耐えられるだけの耐久力の塊が突っ込むだけで粉砕できるし、回避など光速の前には等しく止まったようにしか見えないだろう。
これぞ『勇者』ミリファ=スカイブルーの本領。自己を光速にさえ耐えられる防御力の塊と変え、光速が生み出す暴虐にて一撃必殺を叩き込む。
だから。
つまり。
『賢者』が『勇者』ミリファ=スカイブルーの光速挙動にて発生する衝撃波が周囲の人間に危害を加えないよう呪法による防壁を展開した直後、それは起きた。
ーーー☆ーーー
黄金の閃光纏いし少女と宝石にも似た女悪魔の戦闘に巻き込まれないように、それでいて迅速に一度外に散らばった子犬たちやキキが再度洞窟へと飛び込んでくる。
その手や口にあるのは近くに生えていた数多くの薬草や木の実、それに鍋や薄い紙、包帯など。そう、シェルファの指示に従って必要な材料を揃えてきたのだ。
「レッサー、『蜜蓮朱草』が煮詰め終わったので薄紙で水気を抜いておいた『螺旋虚根』と『妖精落涙』と混ぜてから火傷部分に塗り包帯を巻きつけてください」
「なっなのっ!!」
不幸中の幸いだったのはシェルファに知識があり、近くに希少な薬草が揃っていたことだろう。その知識があれば、効果の高い治療薬を調合することができる。
不幸なのはいくら効果の高い治療薬を調合しようともそれだけではシロたちを救うには足りないことだろう。延命はできても、救命はできない。
延命作業で得るは思考時間。今のままでは不可能と定義された難題へと立ち向かう足がかりの構築。
考えろ。
不可能であることは散々思い知った。その上でいいや突破口は存在すると覆せ。
完璧な視点はエラーを繰り返す。無理解だと、考えても仕方ないと、諦めに染まる。
それでも、考えるのを止めるな。
考えて考えて考え抜いて、無理と諦められたその先へと羽ばたいてみせろ。
限界なんてものはどの位置で諦めたかの指標でしかない。その証拠にいつかの時代には限界だと定められた世界記録なんて繰り返し塗り替えられているのだから。
思考を止めてはならない。
なんでもいい。どんな些細なことでもいいから思い出し、積み上げて、不可能を可能と変える突破口へとたどり着いてみせろ。
『まあ素直にぶっちゃけると、いかに俺様でもあそこまで破損してはどうしようもないわけだが』
いつかの時、『賢者』は言っていた。
諦めに沈んでいたいつかでさえも完璧にして俯瞰を極めし視点が周囲の情報を貪欲に集めていたがゆえに記憶として残っていた。
『人類がコンタクト取れる中で最高の治癒性能持ちの大悪魔エクゾゲートは魂レベルで消失したし、俺様が治癒系の呪法を使っても出力不足だし。最悪新たな肉体をクローンとして用意するにしろ、あれは個別に術式構築しないとだからな。最低数ヶ月必要だから、まあその前に魂が劣化するのは目に見えている』
気になるのは、なんだ?
魂の劣化? クローンを生み出す術式? 『賢者』の呪法では出力不足? いいや違う、そうじゃない。
大悪魔エクゾゲートは人類がコンタクトを取れる中で最高峰の治癒性能持ちであったこと、だ。
当の大悪魔はシェルファの手で消滅したのでその力を利用することはできないが、そこではない。
悪魔の力は治癒へと伸びる。大悪魔エクゾゲートの治癒性能のように。
であれば、だ。
魔力で超常を操る人間ではなく、未知のエネルギーで超常を具現化する悪魔と変じたことにより呪法のもととなるエネルギーにて生存している今のシェルファだからこそできることもあるはずだ。
例えば、そう。
既存の呪法を超えた、新たなる治癒系統呪法を開発・使用するなど、だ。
足りないならば作ればいい。
そのために必要な足がかりは既に得ている。
例えば夢魔ミリフィアと夢の中で邂逅した時、例えば一つ目の異形と激突した時、例えばいかに魂とはいえ触れたならば問答無用で境界守護術式『リ・レージャ・ラニア』のエネルギーと変える魔法陣。
その全てがエネルギーの変換回路。どのような数字や文字をどのように配置するかで単なるエネルギーがどう変異するかを示す式であり、具現化された現象は答えなのだ。
式も答えも知っているならば、呪法がどのような法則を軸としているかを理解するのは難しいことではない。
加えて既存の魔導と同じ性質の呪法は複数観測できたのだから、そこから魔導との関連性を暴くこともできる。そうして関連性を導いたならば、大悪魔エクゾゲートから呪法を引き寄せる際に使用される魔法陣から呪法を逆算することだって可能なはずだ。
逆算さえできれば、大悪魔エクゾゲートの高精度治癒系統呪法だって再現できる。一からならともかく、高精度の治癒系統呪法が再現できるのならば、それを足がかりにバージョンアップするという近道ができる。
知識は、ある。
後はそれを生かし、昇華して、まだ見ぬ未知の力へと変えてやればいいのだ。
「上等、です」
限界の壁は見えた。その先へと辿り着くための足がかりも見えた。ゆえに、これ以上は無理だと諦めて立ち止まるのはこれまで。限界を知ったならば、越えればいいだけなのだ。
「未知のその先へとのぼりつめ、シロたちを助けてみせます!!」
そして。
そして。
そして。




