第三十八話 土地浄化農薬
「ええと、ランクC魔鉱石ならドラム缶一つにつき三つ投入する、だよね」
『魔沼』弱毒化のメドさえ経てば、後は簡単であった。魔力と『魔沼』の割合を調整すれば毒性のレベルを操作することができる。
そう。
人体に悪影響を及ばさないほどに弱毒化することもできるということだ。
「ランクDならドラム缶一つにつき五つ突入、と」
方向性さえ定まれば、試行錯誤を繰り返せばいい。人体に悪影響はないが、魔力の残りカスのような魔粒を殺すだけの力を持つように、だ。
『魔粒汚染』。
難解ゆえに狭く深く広まっていた魔導を特殊な術式及び魔力を充填した魔鉱石によって(トリガー及び暴発防止の安全装置として必要な)使用者の少量の魔力さえあれば誰でも使える浅く広いものと発展させたがためのデメリット。
酸素とオゾンのように含まれる元素そのものは同質であっても振る舞いが変わってしまうように、魔力と魔粒もまたその振る舞いは異なる。そう、魔粒は生命に有害に振る舞うのだ。
今は環境の変化に敏感な一部の動植物のみが死滅していっているだけだが、いずれは人類さえも生きていけないほどに環境汚染は進むことだろう。
利便性の追求。
便利ゆえに捨てられない魔導という甘い蜜は、いつの日か必ず人類に牙を剥く。
「お次はランクBは一つでよし、なの」
その辺りの『問題』は今は置いておいて。
試行錯誤の繰り返しによって魔粒のみを殺すよう『魔沼』弱毒化には成功した。であれば、だ。次はその効果を調べる必要がある、というわけでレッサーはレシピ通りに『魔沼』と魔力を混ぜ合わせて──
「ほいっと」
ドバァーッ!! と弱毒化した『魔沼』を地面にぶちまけた。
じゅうじゅうっ!! と呪いの地の外にある草原の一角を耕した農地で景気良く紫の瘴気を撒き散らす『魔沼』の効果は魔粒の殺菌。であれば、魔粒に汚染されたがために栽培できなくなった植物を栽培できるほどに『綺麗』にすることもできるはずだ。
実験成功から半年。
弱毒化した『魔沼』をばら撒き、魔粒を殺し清潔に保った地に植えた種が成長、実をつけていた。
千年宝果。
呪いの地の外では滅多に見られないほどに希少な万能薬・生命の雫の材料である。
これにて一定の効果は証明された。
環境の変化によって数を減らした希少な植物を栽培可能なまでに土地を殺菌する効果がある、と。
シェルファによってここで栽培した千年宝果に何らかの異常が出ていないことも調査済みのため、副作用のようなものもない。
「土地浄化農薬。これって超スゴイ大発明なの。こんなのメッチャ売れるに決まっているの!!」
『スピアレイライン運輸』名義で必要な物資を調達した上で(もちろん料金は運輸代及び元の価格に上乗せして支払っている)繰り返してきた研究の成果。
歴史を変える商品は瞬く間に大陸中に広まることだろう。
ーーー☆ーーー
「は? ソラリナ国でのみ販売する???」
「ええ」
家づくりにハマったのか、シロたちが建てまくった数十に及ぶ家が並ぶ洞窟近く、その中でも比較的小さな家でのことだった。木製の椅子に腰掛けたシェルファは向かいに座るレッサーへとこう告げた。
土地浄化農薬の販売はソラリナ国内限定とします、と。
「お嬢様、正気なの!? あれは大発見なのぼろ儲けなの!! 需要は絶対ありまくりなんだから、売ったら売っただけぼろ儲けなのに、なんでそんな制限しちゃうの!? それもお嬢様のことを切り捨てた王族や公爵家当主の住む国だけって、せめてそれ以外の国にだけ売るってなら分かるけど、だけって、だけってっ」
「レッサー、落ち着いてください」
「落ち着いているの!!」
ばぅんっ! と机を叩き勢い余って立ち上がるレッサー。その音に近くで心配そうにこちらを伺っていたキキがびくっと肩を震えさせていた。
そんなことにも気づけないほど興奮しているメイドへと、主はこう言った。
「全ては財源確保と『問題』解決への布石です。ここまでくれば、後は引きずり出すだけですしね。懸念があるとすれば、お兄様はともかく第一王子……いいえ、王様は時に最善から逸れるせいで行動予測が難しいことくらいですかね」
「何の話なの?」
「婚約破棄に勘当。環境の変化に合わせて調整したという話です」
「あっ、これあたしには内緒ってヤツなの! もお、お嬢様ってそういうところあるよねっ!! 他の人とは見ている景色が違うっていうかさっ」
バンバンッ!! とメイドは繰り返し両手で机を叩き、そして、
「まあ、お嬢様が見据えている『何か』を達するために必要ならあたしはそれで構わ──」
「ケッケンカ、ハ、ダメェーッ!!」
「ぐえっぷう!?」
ドッバァ!! と見事にわき腹に突っ込んだキキが勢いのままレッサーを近くの壁に叩きつける。今にも胃の中身吐き出しそうなレッサーに気づいていないのか、そもそもこれくらい平気だろうとタカをくくっているのか、そのまま胸ぐらを掴む。
「レッサー、ト、シェルファ、ナカヨシ、ナンダカラ、ケンカ、ナンテ、シナイ、デヨ!」
「ぐえ、ぶえっふう!!」
「ワタシ、イヤ、ダヨ……。シェルファ、ノ、コト、ワタシ、ガ、シット、シチャウ、クライ、ダイスキ、ナ、レッサー、ト、シェルファ、ガ、ケンカ、シテル、トコロ、ミタク、ナイ、ヨ」
「ぐぶぶっ、ばぶば!?」
「あー……。そんなに締め上げるとレッサーオチちゃいますよ」
「エ? アッ!?」
シェルファに指摘されて初めてレッサーと向かい合ったのだろう。びっくりしたように表情を弾けさせて、胸ぐらから手を離すキキ。
床に落ちたレッサーが呻く中、シェルファは言う。
「キキ、さっきのはいつものことですから気にしないでください。ああやって変に遠慮することなくぶつかってくれるからこそ、レッサーはわたくしのメイドなんですしね」
「ケンカ、ジャナイ?」
「ええ。意思疎通の一環ですね。キキもどうですか。結構楽しいですよ」
パチパチと目を瞬くキキ。
なんというか、シロの言う通りちょっと『ヘンナヤツ』だなと思っていると、
「キィキィーっ! この、もお! あたしのこと殺す気なのーっ!!」
がばっと起き上がったレッサーが背中を大胆にはだけさせながらキキに飛びつく。避けることもできたが、キキはあえてそのまま受け止めていた。
勢いよくキキの胸に突っ込んで、ぐりぐりと押しつけながらレッサーが言う。
「本当、もう、激しすぎるの潰れるところだったのお!!」
「ゴメ……」
「まあ、あたしたちのことを思ってのことだから良しとするけど、これからはもうちょっと優しくしてねっ」
「ウ、ウンッ」
と。
実は最初から室内にいたシロがシェルファに近づき、一言。
「アイツラ、ナカ、イイナ」
「そうですね、本当仲良しです。その、えっと……わたくしたちみたいに、ですね」
言った本人が恥ずかしくなったのか、言葉の途中から唇をむにゅっと震えさせて、顔を赤くしていた。
……そんなシェルファと同じく、シロも顔を赤くしていたのだが、幸か不幸か誰に気づかれることもなかった。




