第三十話 大将軍
大将軍ルシア=バーニングフォトン率いる二千人規模の軍勢が『魔沼』に一番近い木組みの街の南西三キロ先に発見されたダンジョンへと足を踏み入れていた。
山岳部の麓近くに発見されたダンジョンは最近まで崩落か何かの影響で入口を塞がれていたがために発見されることなく埋もれていた『らしい』。その入口を塞いでいた岩石を魔導の練習をしていた『らしい』冒険者が吹き飛ばしたことで発見されたというわけだ。
「う、うわあああっ!!」
おそらくは古代の王の墓だろう広大な通路にシェルファと同年代ほどの新入り少女兵士の悲鳴が炸裂する。
ズズン……ッ!! と魔鉱石で組まれた床を重低音と共に揺らしながら進む巨大な影へと腰から引き抜いた剣を叩きつけるが、あまりの硬さに軽々と弾かれる。
ジンジンと攻撃を仕掛けた側であるはずなのに痛む手首を押さえながら後方へと飛び退く少女兵士。
レザーアーマーを身につけた新入りの兵士の周囲には彼女なんかよりも長く兵士として生き、数多の戦場を勝ち抜いてきた歴戦の兵士たちが転がっていた。
腕や足が千切れているのはまだマシであった。ほとんどは原形をとどめず、臓物や骨や鮮血を撒き散らしていたからだ。
百人近い兵士たちが、呆気なく。
目の前に君臨する三メートルほどの巨大な球体状の身体に一つ目や本体に見合うほどに太い腕、針のように細い足を取り付けた自立人形であった。
ダンジョンの守護者、その一角。
現代では失われたロストテクノロジーにて作られしその人形は『変異して』鋼鉄よりも遥かに硬くなった魔鉱石で形作られていていた。魔導特有の陣を持たず、登録された命令に従い自立的に稼働する人形は無慈悲に無機質に淡々と行動する。
ダンジョンに侵入した者を排除すること、それが目の前の自立人形に登録された命令なのだろう。歴戦の兵士たちを呆気なく粉砕して、未熟ゆえに最後まで残った少女兵士へと三メートルクラスの自立人形が襲いかかる。
その。
寸前であった。
ザザンッ!! と自立人形と少女兵士との間に人影が飛び込んでくる。その人影は魔鉱石で形作られた壁を斬り裂き、道を作って踏み込んできた。
魔鉱石は決して脆くはない。鉱石と名付けられたくらいなのだから、そこらの岩石と同じかそれ以上の硬さはある。それを、お構いなしであった。
ブゥン、と人影が持つ紅の剣が羽虫が飛び交うような異音を響かせる。剣腹に刻まれしは魔法陣。誰でも安易に使用可能な魔道具、その中でも耐久力を底上げしただけのスタンダードな武器であった。
決して特別な剣ではない。普通の剣よりは割高ではあるが、一般的な兵士でも持っているくらい手頃な武器なのだ。
「あ、ああ……」
スタンダードな武器を片手に。
歴戦の兵士たちを呆気なく粉砕してのけた三メートルクラスの怪物と向き合い、少女兵士を庇うその背中。
その名を。
叫ぶ。
「ルシア様ぁ!!」
「下がっていろ。すぐに、終わらせる」
その言葉を理解したわけではないだろうが、ゴォッ!! と三メートルもの巨体が舐めるなと突きつけるように勢いよく踏み込む。一挙にその剛腕がルシアを捉えられるだけの間合いまで踏み込み──瞬間、ルシアの背中で一纏めにした黒髪が、揺れた。
ズズン……ッ!! と。
振り上げ、叩きつけようとしていたのだろう剛腕が肩口から切り離され、床に落ちる。
ギギッ、と巨大な一つ目が軋む。自立人形に人並みの思考回路など搭載されてはいないが、どうにも理解できないと困惑しているように見えないでもない。
自立人形は百人近い兵士を粉砕した。その中には魔導を扱う者、剣や槍を巧みに操る者と様々な戦士が存在した。そのことごとくを自立人形は硬質に『変異した』装甲で弾き返していた。
だというのに、だ。
自立人形が反応できないどころか、何をされたのかを捉えることすらできず、呆気なく両断されたのだから無理もないだろう。
ギヂリ、と紅の剣の柄を握りしめる。握って、言い放つ。
「廃棄処分確定だ、ガラクタ」
言下に一纏めにした黒髪が揺れる。
少女兵士にはそれくらいしか捉えることはできず、次の瞬間には自立人形は棒立ちのまま細切れにされていた。
ーーー☆ーーー
「る、ルシアしゃま、すみましぇっ、たしゅかりましたぁ!!」
「おっと」
恥も外聞もなく顔中涙と鼻水まみれにした少女兵士がルシアへと飛びつく。木っ端兵士に服を涙や鼻水で汚されようとも、頂点に君臨する大将軍は特に気にすることなくその背中をさする。
周囲を見渡し、一言。
「戦闘の気配を感じ駆けつけたのだが……遅かったな。すまない」
「い、いえっ、ぐじゅっ。ルシア様は、何も、悪く、なくて……わたっし、が、何も、できなくっ、ごめっ、うわっ、守られて、ばかりで、兵士なのに、わかっ、ひくっ、わたしっ!!」
「……、気にするなとは言わん。自分一人が生き残ってしまったと罪悪感を背負う気持ちも分からないでもない、が、生き残ったからには前を向くことだ。そのために邪魔なものを吐き出す必要があるなら、胸の一つや二つ貸してやるから」
「ひっぐ、うわ、あああ……ッ!!」
嗚咽をこぼす新入りの少女兵士を優しく抱きしめながら、大将軍ルシア=バーニングフォトンは奥歯を噛み締める。
ダンジョン内部には強力な自立人形が徘徊している。その戦闘力は個体差が激しく、兵士一人で楽に破壊できる個体もあれば、先の一つ目のように歴戦の兵士を軽々と粉砕可能な個体も存在する。
そのため、最低でも百人規模の部隊を複数ダンジョンに投入していた。こういった強力な自立人形と遭遇した際にも勝ち残れるように。
甘かった。
このダンジョンにはルシアが想像していたよりも強力な自立人形が配置されていた。
己の考えの甘さに怒りを感じながらも、一人だけでも生き残ってくれたことを噛み締めて力強く少女兵士を抱きしめる。
と。
その時であった。
トン、と。
ルシアの感覚に察知されることなく、すぐ近くで足音が一つ。そう、まるでその場に『出現』したかのように、唐突に気配が浮かび上がってきたのだ。
「ッ!?」
咄嗟に少女兵士を抱きしめたまま床に転がった瞬間であった。ズッゾォンッッッ!!!! と不可視の衝撃波が先ほどまで彼らが立っていた場所を突き抜けた。
床どころか、見上げるほど高い天井さえも深々と切り裂かれていた。長大な不可視の刃が突き抜けたのだろう。
「はっはぁ! タネも仕掛けもござりゃあしねー奇術ショーのお時間ですよっと。さあさ、挨拶代わりに人体切断奇術……っつってんのに、なぁに避けちゃうかにゃー?」
「え? え!?」
「この、声……まさか!?」
驚きから目をパチパチと瞬く少女兵士を庇うように抱きしめながらも、いつでも踏み込めるよう体勢を整え、視線を声のした方向へと向ける。
そこに立っていたのは仮面をかぶった何者かであった。声から判断するに男。しかもバーニングフォトン公爵家が長男の耳が正常ならば、あの声の主は──
「遠隔刻印完成まで残り二十秒。余興として楽しい楽しい奇術でも味わってくれよ、ベイベーッ!!」
「チッ!!」
仮面の男がその腕を振るう。宙に刻まれしは一般的な魔法陣と違い、数字や文字で形作られた陣であった。
ゴッバァ!! と不可思議な陣から灼熱の光線が解き放たれた。




