第十七話 今こそ革命の時
「時代は背中なのっ!」
それはもう見事に流されまくっているメイドさん、バッサリ背中が割れたチラリズム仕様の(というか、背中以外も際どい丸見え状態の)メイド服を着ての叫びであった。
衣服店から出たレッサーは滑らかな背中が街道を歩く群衆の目に留まっているのを気にすることなく、
「これなら、これならお嬢様の胸部武装にも太刀打ちできる! さあ、今こそ革命の時っ!!お胸がおっきな奴が威張れる時代は終わりなのーっ!!」
「はぁ、そうですか」
「はんっのうが鈍い! もっと関心持ってっ」
ちなみに上の空で返事したシェルファはといえば、両手で抱えきれないほどの袋を持っていた。その中のほとんどはシロの服であった。
一度試着したら真っ白な毛が服についちゃうから、という理由で言い訳して散財するほどには購買意欲をそそったのだろう。
「ナンデ、ワザワザ、ケ、ノ、ウエ、カラ、オオウ、ンダ?」
濃い青のローブを頭からかぶり、毛並みを隠しているシロには(体毛が衣服の機能を果たしているため)服を着るという文化は馴染まないのか、しきりに首を傾げていた。
何はともあれ、だ。
葉っぱ装備という怪しさ満点な格好から脱したので、ここからは存分にお買い物を楽しむことができる。
ーーー☆ーーー
すっからかんであった。
気がつけば両手じゃ足りないということで購入した荷馬車に山盛りになるほどには様々なものを買い、財布を空にしていた。
とはいえ、だ。
今は魔導が一般にまで普及した時代。便利な商品は軒並み魔道具、すなわち魔力を動力とするので、冷蔵機能や保温機能といった『利便性』を得ることはできていないが。
こうして街で買い物したくらいでは生活環境を激変させることは難しい。が、ほんの少しでも変化を生み出すことはできる。
その一歩が、未来さえも変えていくことだろう。
と、それはそれとして、今は先のことよりも、現在へと目を向ける必要がある。
「これ、どうやって運ぶの、お嬢様?」
「……、どうしましょう?」
というわけだ。
魔力があれば魔導馬車を使うこともできたが、シェルファやレッサーは召喚術失敗によるペナルティによって魔力を失っている。シロに魔力を持っているか聞くと、『マリョク? ナンダ、ソレ???』と首を傾げたので、シロを頼ることもできない。
これは馬みたいな動物による移動手段を確保するしかないか、と考えた時であった。
「オレ、ニ、マカセロ」
言下にシェルファとレッサーが宙を舞う。シロがそれぞれを片手で掴み、荷馬車に乗せて──ゴッ!! と荷馬車が加速したからだ。
「はっふ!?」
市販の魔導馬車並み、つまり数十キロもの速度を瞬時に叩き出す荷馬車ではレッサーが早速お尻をぶつけていた。
まさかの人力。
シロが荷馬車の取っ手部分を掴み、引きずっていたのだ。
たった一人で、シェルファやレッサーを含む山のような荷物を乗せた荷馬車を引きずった上での、数十キロもの加速。姿形は元より、中身も人間とかけ離れた異形の本質がここにあった。
「シロ──」
「ドウダ! コレナラ、クラク、ナル、マエ、ニ、カエレル、ゾ!!」
「っ……!!」
こんなものは普通だと。
わざわざ騒ぐようなことではないと。
そう言いたげに、サラリと告げるシロ。
人間とは違う。
その能力も、感性も、どこかズレている。
だから。
だけど、だ。
「ふ、ふふっ……」
じわじわと、シェルファの胸の奥から、滲む。
それは途端に噴出した。
「ふふっ、はは、あはははははっ!! もう、シロったら、もう! さいっこうに格好いいですよ!!」
「フンッ! オレ、ハ、ボス、ダカラ、ナ! トウゼン、ダ!!」
「ですか。ですねっ! ふふ、はははっ、あーっはっはっはっ!! シロっ、もっと飛ばしちゃってくださーい!!」
「ヨッシャ、マカセロォ!!」
ゴッォ!! とさらに荷馬車が加速する。
高速で景色が流れ、全身に風の塊がぶつかってくる。バランス感覚に優れたシェルファでも油断すれば転がり落ちてしまいそうな中、彼女は屈託のない、晴れやかな笑顔を浮かべていた。
おかしくて、楽しくて、嬉しくて。
この一瞬、いいや、これまでの『何か』が積もりに積もった結果、ついに決壊したのかもしれない。
「シロっ。わたくし、シロに出会えてよかったです! だって、こんな、あははっ! 公爵令嬢だった頃ではこんな気持ち、味わえなかったですもの!!」
「ヨク、ワカラン、ガ、オマエ、ガ、タノシソウ、デ、ヨカッタ、ゾ!!」
そして。
そして。
そして。
「いや、あの、ちょっ、待ってえ!! お尻が、これ以上飛ばされるとお尻が割れちゃうのおーっ!!」
ドッタンバッタン荷馬車の中を跳ねて、お尻をぶつけまくっているメイドの叫びが響き渡った。
ーーー☆ーーー
バーニングフォトン公爵家が令嬢として生まれたシェルファの価値は女であること、ただそれだけであった。
上の『二つ』の兄はそのどちらも(能力面だけを見れば)優秀ではあったが、男であった。そんな時、『三つ目』が女であれば、その価値を高めるべきだろう。
そう考えた公爵家当主は徹底的にシェルファを磨いた。幸運なことに容姿は整っていたので、お金をかけてさらに美しく、そしてもちろん礼儀作法などの必須項目を物心ついた頃には脊髄反射で出力できることを目標に、詰め込みに詰め込んでいった。
結果として、シェルファは令嬢として完成した。当初の予定よりも遥かに遅い六歳の頃には公爵夫人すら足元にも及ばない『令嬢』へと磨き上げられたのだ。
どうやって?
元来の素質も手伝ってだろうが、脊髄反射レベルにまで染み込ませる手っ取り早い手段といえば身体に叩き込むことである。
失敗すれば痛みを、成功すればさらなる課題を、と繰り返していけば、細胞の一つ一つにまで令嬢としての必須項目が染み込むに決まっていた。
だから、だろうか。
上の『二つ』の兄と違い、あくまで政略的道具として完成すればいいとして、少々乱暴に磨いたシェルファはいつしか物事を他人事のように捉えるようになっていった。
婚約破棄に勘当。こんな環境から抜け出せて良かったと喜ぶのでもなく、公爵令嬢や未来の王妃の座にしがみつき、嫌がらせといった間違いを正すのでもなく──そちらがそうしたいのならば、それでいいと言いたげに軽く流すほどには執着がないのだ。
あくまで他人事のように。
己が人生の分岐点ですらも流されるがままに進んでいく、それがシェルファであった。
はじめからそうだったのか、肉体に傷を残さず致命傷の際の痛みを再現する魔道具を使った『脊髄反射で必須項目を出力できる令嬢』育成計画の最中にどこかが壊れたのかまではわからない。
とにかく、わかっているのは今のシェルファは己が命運すらも周囲がそうしたいならそうすればいいと流すような性質である、ということだ。
ゆえに、公爵家当主を恨んですらいない。
勘当されるまでは『令嬢』らしく──あくまで表面上は『令嬢』らしく──生きてきた彼女はそれが当主の決定ならばと素直に従ったのだ。
本当に、本当にどうでもいいと流して、それで終わりとしていた。
そんなシェルファが、だ。
人目もはばからず、大きく口を開けて、お腹すら抱えて笑うことができているのがどれだけ珍しいかを、シロは知らない。
なぜなら、シェルファ自身でさえも自覚していないほどなのだから。
ーーー☆ーーー
「ただーいまーなのーっ! さあ、キキっ。平たい同盟の同士にプレゼントなのっ!!」
「ヒラタイ……?」
「じゃじゃーんっ! メイド服っ。さあさ、今こそ背中という武器で巨乳を打倒する時なのっ!!」
「エット……???」
洞窟に帰ったレッサーから何やら不名誉な同盟に加入させられたキキが背中バッサリスリット加工というトンデモメイド服を押しつけられていた。




