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21.ウシウマ

スヴニル湖はクラウディアの王都から南東へしばらく向かったところにあるという。いや、しばらくってどれくらいよ?


「ねえジーク。そのスヴニル湖って徒歩でも行ける距離なの?」


通りを並んで歩きながら、ジークに率直な疑問を投げかける。


「いや、歩いていくにはちょっと遠いかな。だから、アレを使うのさ」


ジークは立ち止まると、通り沿いに建つ赤レンガ造りの建物を指差した。何かの店舗らしき建物の外壁には、牛なのか馬なのか、よく分からない動物の絵が描かれている。


不思議そうに首を傾げる私の隣でクスッと笑みをこぼしたジークは、「さあ行こう」と赤レンガ造りの店舗へ足を向けた。


木製の扉を開くと、カランコロンと軽やかな鈴の音色が鳴り響いた。店内は簡素な造りで、受付カウンターらしきものの前に横長のベンチシートが複数設置されている。


「いらっしゃいませぇ〜……って、ジーク様じゃないですか」


カウンターで来客対応をしていた小柄な女性が、ジークを見て目をぱちくりさせた。


「やあ、アルノー久しぶり」


「ほんとですよ。もっとうちの子たちを使ってあげてくださいよ」


「なかなか忙しくてな。で、すぐに借りられるか? できれば二人で利用できるやつがいいのだが」


「ええ、そりゃもう。二人用ってことは、女の子と遊びにでも行くんですかぁ〜? 相変わらずモテモテですね、ジーク様」


「ばっ……な、何を……!」


途端に慌てふためき始めたジークを、じっとりと睨みつける。


「ふーん……ジーク、やっぱりモテモテなんだね」


「い、いや、違うんだ春香。アルノー、余計なこと言うな」


あたふたとするジークとは対照的に、私の存在に気づいた店員さんの目がどんどん大きく見開かれていった。


「え……! お、お、お務め様!?」


「あ、えーと……はい」


「やっぱり! 先日のイベント、私も足を運ばせていただきました! とっても素晴らしい歌声でした!」


カウンターから身を乗り出して興奮気味に叫ぶアルノーさん。嬉しいけどちょっと恥ずかしい。


「あはは……ありがとうございます」


「おいアルノー。時間が惜しいから早くしてほしいんだがな」


コホン、とわざとらしく咳払いしながらジークが言った。


「あ、すみませんジーク様。ええと、二人用のウシウマでしたね」


頷くジークの隣で、私はまたまた首を傾げた。


「ねえジーク。ウシウマって?」


「長距離の移動なんかに使う動物だよ。人間よりはるかに速く走れるから、重宝されてるんだ」


なるほど……まあ、馬のようなものなんだろうな。


「元気な子が残ってるのでちょうどよかったです。では、裏の厩舎へご案内しますね」


カウンターの内側からこちらへ出てこようとするアルノーさんを見て、ジークが思わず眉根を寄せた。


「おいおい、アルノー。料金は先払いのはずだろう?」


「料金は不要です」


ジークと目も合わせず出入り口の扉へ向かおうとするアルノーさん。怪訝な表情を浮かべたジークが、彼女の華奢な肩を掴んだ。


「何を言ってる。最近はただでさえ観光客も減って経営が厳しいと聞いた。料金くらい払わせ──」


「いいんですっ」


アルノーさんが語気を強めたことで、私もジークも思わずハッとした。よく見ると、彼女の華奢な肩は小さく震えていた。


ああ、そうか……。アルノーさんは、直感的に理解したんだろう。ジークの、ハメリア家としての役割を果たす日が近いことを。これが、最後になることを。


「アルノー……」


「ほ、ほらっ、早く行きますよっ。それに、観光客なんかいなくたって、うちの経営は順風満帆そのものなんですからねっ」


「……そうか。すまんな、アルノー」


「何を謝ってんですかっ。ほら、いつまでお務め様をお待たせする気なんです? 行きますよっ」


苦笑いを浮かべるジークとともに、店を出ていくアルノーさんについていく。案内された厩舎には、見たことのない大型の動物が何頭もロープで繋がれていた。


馬のような牛のような、何とも言えない大型動物。でっぷりとした体は栗色の毛に覆われ、頭からは大きなツノが二本生えている。


「これが、ウシウマ?」


「ああ。見た目はちょっと怖いかもしれないが、とてもおとなしい草食動物なんだ」


「へえ……」


たしかにとてもおとなしい。それに、つぶらな瞳がとってもキュートだ。


「ええと……あ、いたいた。ジーク様、この子です」


アルノーさんが一頭のウシウマを指さした。


「今いる二人用ウシウマのなかでは一番元気な子、ウララちゃんです」


「おお、なかなか立派だな」


「でしょう? 女の子ですが足も速いし、膝も柔らかいので乗り心地も文句なしですよ」


「そうか。じゃあさっそく、行こうか春香」


ウシウマこと、ウララちゃんの首元を撫でていたジークがこちらを振り返る。


「う、うん。でも、これってどうやって乗るの?」


「ん? こうやって」


言うなり、ジークがひらりとウララちゃんに飛び乗った。さすがの身体能力。これを一般のJKにやれと?


「いやいやいや、無理だから!」


小さく首を振る私を見て、ジークは不思議そうな表情を浮かべた。いやいや、何を「ホワイ?」みたいな顔してんのよ。ちょっとイラッとしちゃったよ。


「お務め様、こちらを使ってください」


アルノーさんがにこやかな笑みを浮かべながら、ウララちゃんの足元に階段状になった踏み台を設置してくれた。


「ありがとうございます!」


踏み台のてっぺんに立ち、ジークに手を引いてもらって何とかウララちゃんに跨ることができた。


おお……意外とふかふか。お尻痛くならないかちょっと心配だったけど、これなら大丈夫そう。


「よし、じゃあ行こうか。春香、動くからしっかり俺につかまってるんだよ?」


「……へ?」


目の前にはジークの広い背中。


え? つかまる? って、つまり、ジークに後ろから抱きつくってこと?


「しっかりつかまってないと、振り落とされるかもしれないぞ?」


「う、うん……!」


少し前へ体をずらし、そっとジークの腰へ手を回した。


「お務め様、もっと密着してぎゅーってしがみついたほうがいいですよ。本当に落ちちゃうかもしれないので」


「は、はい……!」


ジークに体を密着させ、今度はお腹のあたりへ手を回す。


やば……今、絶対に顔赤い。ほっぺためちゃ熱いし。それに、こんなにくっついたら、心臓がバクバクしてるのバレちゃうかも……!


「春香、大丈夫か?」


「う、うん! 全然大丈夫!」


「? じゃあ行くよ」


手綱を掴んだまま、ジークが膝の内側で軽くウララちゃんのお腹を蹴る。ゆっくりとウララちゃんが動き始めた。


「わ、わわっ……」


体がリズミカルにふわりふわりと浮き上がるような不思議な感覚。ジークにしがみついている手につい力が入る。


「それじゃアルノー、借りていくぞ」


「はい。お務め様も楽しんできてくださいね」


にっこりと微笑んで腰を折ったアルノーさんに「はい!」と応え、私とジークはスヴニル湖へ向かうべくその場をあとにした。

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