第15話「騒動なのじゃ」
リスタ王国 教授通り 白毛玉 ──
白毛玉は、学園祭の最中「貸し衣装」や「刺繍教室」など、可愛い女の子たち向けのイベントを開催……する予定だった。
しかし現在は店を閉め、店内を針子や革職人などが駆け回り、さながら戦場の様相になっていた。
「布が全然足りないじゃない! 仕入れ係は、なにやってるの!」
「すみませ~ん、まさかこんな事になるなんてっ」
この未曾有の大混乱は、先ほどリリベットが発した「次の入学時から、学園の募集要項が変わる」という言葉が影響しているのだった。その噂を聞きつけた子供を学園に通わせたい母親たちが、制服を求めて白毛玉に殺到したのだ。そのため白毛玉でも処理しきれず、店を一時閉める状況に追い込まれていたのだった。
「店長! 問屋がもう材料がないって言ってますっ!」
「なんですって、あの狸親父! この機会に高騰させるつもりね! いいわ、私が言って話を付けてくる。メアリー、貴女も休んでる暇はないわよっ!」
普段はお淑やかと評判の美人店長も、この状況にさすがにピリピリしており、休憩していたメアリーを指差して叱り付ける。
「は……はいっ!」
メアリーは慌てて立ちあがると、大量の発注書を抱えて
「ナディアちゃんったら、この前会ったとき、こんな話してなかったじゃな~い!」
と泣きごとを言いながら、各職人に配って廻るのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 教授通り ──
白毛玉が、そんな事になっているとは露知らず、王家一行は祭見物を楽しんでいた。さすがにいつもの視察とは違い、国民たちも遠慮して話し掛けて来たりはせず、遠巻きに見ているだけである。
それでも女生徒を中心に、黄色い声援を送ったりしている。
「きゃ~フェルト様よ、相変わらず凛々しくて素敵ね。陛下と並んでいると美男美女で絵になるわっ」
「レオン王子も可愛い~」
レオンは少し照れたように俯いているが、フェルトは慣れたものなのか笑顔で手を振って声援に答えている。その横でリリベットは少し不機嫌そうに頬を膨らませて、腕を組むようにフェルトの腕を引っ張る。
「私の旦那様は、相変わらず女性に人気なよう……じゃなっ!」
「おっとと……そんなに引っ張ったら痛いよ、リリー」
そんな風にじゃれあっていると、十歳ちょっとぐらいの男子生徒を中心に、こちらに向かってくる女生徒の集団が見えた。リリベットはそれを見て軽く笑うと、茶化すようにフェルトに言う。
「あはは……向こうの子のが人気のようじゃな?」
「ははは、やっぱり三十歳より、同年代の子のほうがいいのだろうね。まぁ僕には、リリーがいるからね」
「……うむ、わ……わかっておればよいのじゃ」
フェルトの優しい笑顔に、リリベットは少し顔を赤くして視線を逸らした。
その中心にいた男子生徒が、リリベットたちの姿に気がついたのか、集団を離れて駆け寄ってくる。そして、リリベットの前までくると傅いて挨拶をする。
「陛下、お久しぶりでございます」
「うむ、お主はケルン卿の息子のジークじゃな? 立つがよい、このような往来で傅く必要はないのじゃ」
ジークと呼ばれた少年は、膝についた土を払いながら立ちあがると、改めてお辞儀をする。この金髪碧眼の美男子は、ジーク・フォン・ケルンといい。リスタの騎士副団長のライム・フォン・ケルンの長子で、かの大戦前夜に産まれた子供である。今は王立学園の中等クラスに所属している学生だった。
ラケシスなどから、その容姿と性格で女生徒には大層人気があると聞いてはいたが、久しぶりにみたジークの顔は、確かに女性に人気のありそうな顔立ちをしていた。それでもリリベットは、フェルトの顔を一瞥すると勝ち誇ったような表情を浮かべるのだった。
しばらくジークとリリベットたちが歓談をしていると、護衛として同行していたラッツが女生徒たちの集団の中から、娘たちの姿を見つけて声をかける。
「やぁ、二人とも……なんだい? ひょっとしてお前たちも、あの男に興味が……」
ラッツがそこまで言うと、ラケシスとイシスの二人は嫌そうな顔をして
「お父様には関係ありません!」
「そうです、仕事に戻ってくださいっ!」
と言いながら、ラッツを押し戻そうと二人掛りで押しはじめた。
「えっ、ちょ……そんなに邪険に扱わなくても……」
仕方がなくスゴスゴとリリベットたちの元に帰っていくと、まずサギリから怒られる。
「護衛中に勝手に抜けないでください、隊長!」
「あぁ、すまない……気を付けるよ」
さらに呆れた表情のマリーからも窘められる。
「まったく……あの年頃の娘は繊細なのですから、言葉には気を付けてくださいね」
「め……面目ない」
完全に落ち込んで肩を落としていると、マリーに抱っこされていたヘレンが、ラッツの頭をポンポンっと叩きながら心配そうに尋ねる。
「おじちゃん、ぽんぽんいたい? だいじょうぶ?」
ラッツは少し泣きそうになったが、さすがに泣くわけにもいかず姿勢を正して
「はい、殿下。大丈夫です!」
と笑顔を作りながら答えた。
◇◇◆◇◇
しばらく後、リスタ王国 教授通り ──
その後、ジークたちと別れて祭見物を再開したリリベットたちは、しばらくしてヘレンが眠ってしまったので、そろそろ帰ろうということになった。そして、学園に待機させている馬車を目指して戻っていると、突然女生徒たちの悲鳴のようなものが聞こえてきた。
さすがのリリベットも家族がいる手前、飛び出したりせずラッツに命じる。
「何事じゃ!? ラッツ、確認してくるのじゃ」
「はっ! サギリ、ここは任せるぞ」
ラッツはそう言ってサギリに護衛を任せると、声がした方向に走り出した。
走ってすぐに、数人の男子生徒に絡まれている女生徒の集団と、彼女たちを守るように前に立っているジークを見つけた。
「おらぁ、女どもを侍らせて道ふさいでんじゃねぇーぞ」
「前々からてめぇ気に入らなかったんだよっ! ちょっと顔がいいからって調子に乗ってんじゃねぇ!」
明らかに男子生徒側がくだらない理由で絡んでいた。そして殴りかかってきた男子生徒にカウンター気味にパンチを食らわせるジーク。
「やめてくださいっ! 怪我しますよっ!」
そのジークの雄姿に女生徒たちは黄色い声援を送っている。ジークも騎士家なので腕は立つだろうが、さすがに多勢に無勢といった感じだ。
ラッツは走りながら、子供同士の喧嘩に大人が加わるのはどうかと考えていた。
「また娘に嫌われても嫌だしなぁ……」
と呟いたが、女生徒たちの声援が気に障ったのか、男子生徒の一人が近くにあった棒を掴むと、彼女たちに向かって振りまわしはじめた。
「うるせぇんだよ、てめぇら!」
「きゃぁぁぁ!」
ジークは助けに行こうとするが、数人に囲まれてしまっていた。
男子生徒が棒を振り上げた瞬間、ラッツ譲りの正義感なのかラケシスとイシスの二人が女生徒たちの前に、飛び出して身を挺して他の女生徒たちを守ろうとする。
ガッ……ヒュン!
男子生徒が振り降ろした棒は、軌道を変えて地面に突き刺さった。振り降ろされた瞬間、ラッツが飛び出して腰の短剣を鞘ごと引き抜くと、棒に合わせて軌道を変えたのだ。これがラッツの師であり、今は亡きコウ老師の剣技「王者の護剣」である。
そのままラッツが棒を持った男子生徒の顎を肘で撃ち抜くと、男子生徒は力無く崩れ去った。そして大声で警告を発した。
「静まれっ! 近衛隊長のラッツ・エアリスだ! 女王陛下の御前を騒がせる輩は容赦しないぞっ!」
この国において、女王の名前を出されて抵抗を続ける気骨のある男子生徒などはおらず、因縁を付けてきた男子生徒は、駆けつけてきた紅王軍の隊員たちに連行されていった。
ジークは握手を求めながら、ラッツにお礼を述べる。
「ありがとうございます、ラッツ近衛隊長。聞いてはいましたが、凄い技ですねっ!」
「ははは……なに、君もあの大人数相手に一歩も引かないとは中々やるな」
目を輝かせているジークに、ラッツも悪い気はしなかったのか握手に応じる。その後の方では女生徒たちがヒソヒソと話している。
「ねぇ、あの方……エアリスさんたちのお父様よね? 凄いね、格好いいお父様で羨ましいなぁ」
ラケシスとイシスは、少し恥ずかしそうに微笑むと
「一応……自慢のお父様ですから」
と答えるのだった。
◆◆◆◆◆
『お詫びとお礼』
その日の夜、寝室のベッドの上でラケシスとイシスが寝転がっていた。
「今日のお父様、格好よかったねっ!」
「うん、凄かったっ!」
二人はラッツや他の生徒の前とは違い、眼を輝かせながら父親の戦っている姿を話している。
「いつもお母様のお尻に敷かれてなければ、もっと格好いいんだけど……」
「そうね、お母様には弱いからなぁ……」
二人は思い出しながら、クスクスと笑う。そして、何かを思いついたのかラケシスがイシスに言う。
「今度、クッキー焼いて職場に持っててあげようか? 今日のお礼とお詫びに」
「それはいいアイディアよ。お父様ならきっと泣いて喜ぶわ」
その後、二人は眠るまでラッツやジークの話で盛り上がったのだった。




