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第147話「聖女なのじゃ」

 リスタ王国 王城 女王執務室 ──


「さすが陛下は、わかっとるな~」


 リリベットに理解されていたことが嬉しいのか、ファムは尻尾を振りソファーをパタパタと叩いている。


「世辞は良いのじゃ」

「ほな、まずはこれを見てや~」


 ファムは鞄から書類を取り出すとリリベットの前に置いた。彼女はそれに目を通すと、そのままヘルミナに渡す。その書類には、狐堂が備蓄している膨大な穀物のリストが書かれていた。ヘルミナは驚いた顔をしてファムを睨みつける。


「そんな怖い顔せんといてや~、ウチはこの備蓄した穀物を、王家に無償提供するつもりや」

「あっ、貴女が、む……無償で提供!?」


 リスタ王国で、一二を争う勢いでお金に煩いファムとヘルミナである。この状況で彼女の口から「無償」の言葉が飛び出したことに、ヘルミナが一番驚いていた。


 そんな中でも冷静なリリベットは、静かにファムを睨みつけると


「それで要求は何なのじゃ?」


 と問いただした。確かにこれだけの量の穀物があれば、この危機を脱することができるかもしれないのだが、ファムが要求もなしに提供など口にするわけがないと思っているのだ。


「無期免税でどうやっ!」

「ダメに決まっているじゃろう」


 ファムの思い切った提案に、リリベットが即答で拒否する。ファムは残念そうに天を仰ぎながらも、耳をピコピコと動かしている。王国側が断ることは計算済みなのだろう。


「ほな、一年でどないや?」

「一年か……どうじゃろうか?」


 リリベットは首を傾げながら、隣に座るヘルミナに意見を求めた。ヘルミナは少し考えたあと、ファムをジッと睨みながら答える。


「提供された穀物を適正価格で流通させても、彼女が納めるべき税とさほど変わらないと思います。しかし、この人のことですから、いったい何を企んでいることやら……」


 ヘルミナの厳しい疑いの眼差しに、ファムは苦笑いを浮かべながら、手をパタパタ動かして誤魔化そうとする。


「嫌やわ~、ウチとヘルミナちゃんとの仲やないの~、そないに疑わんでも~」

「誰がヘルミナちゃんですかっ!」


 リリベットはため息をつくと、改めてファムに尋ねる。


「もしその条件を飲むとして、提供された穀物をどう使えば良いか意見が欲しいのじゃ」

「そうやなぁ、ウチの情報やと件の商人どもは、資金的にもうアップアップや! 敵対してるウチに話を持ってくるぐらいやからなぁ。そこに大量に流通に流せばどうなるやろなぁ?」


 ファムは楽しそうに笑っている。ヘルミナは呆れた表情を浮かべながら答えた。


「まぁ高騰は止まるでしょうし、国民にも穀物が流通しますね。買い占めていた商人たちは大打撃でしょうが……」

「うむ、つまり敵対している商人に打撃を与えつつ王国にも恩を売り、免税で提供分の損を補填するつもりなのじゃな?」


 リリベットが導き出した結論に、ファムは満面の笑みを浮かべながら尻尾をバサバサと振るだけだった。



◇◇◆◇◇



 クルト帝国 エンドラッハ宮殿 庭園 ──


 リリベットたちが穀物問題に対処している頃、サリマール皇帝は庭園を散策していた。忙しい政務の間にある僅かな憩いの時間である。


 しかし、そんな憩いの時間を乱すものが、宰相レオナルドから届いたのだった。駆け寄ってきたレオナルドにサリマールは怪訝そうな顔で尋ねる。


「レオ、そんなに慌てた様子でどうしたのだ?」

「実は弟から手紙が届いたんだ、その内容なんだが……」


 レオナルドは書状を手渡しながら、書かれていた内容を口頭でサリマールに伝える。その書状にはレグニ領から難民が流れてきている件と、その問題が財政的負担になっているため支援を求める件、難民から聞き取ったレグニ侯爵の所業が書かれており、その内容を見たサリマールは怒りに震えながら書状を宰相レオナルドに突き返した。


「レオ、これはどういうことだっ!」

「……真実であればレグニ卿の暴走、しかし弟とは言え他国の者だ。まずは真偽を確認したほうがいいだろう」


 ここで迂闊な対応をすれば、レグニ侯爵が反旗を翻す可能性も考慮したレオナルドは、まず事実確認をするつもりだったが、サリマールはそれを許さなかった。歴代の皇帝の中では穏健派なサリマールであったが、自国民に対して損害に関しては誰よりも怒りを覚える人物だった。


「手ぬるいぞ、レオ! 直ちにフェザー公に向かわせよ! 真偽を確認させ真実であれば、公の判断を持って対処させよ」

「……わかった。では、早急に父上に使いを出そう」


 サリマール皇帝の覚悟を察したレオナルドは、それ以上は何も言わず踵を返した。そして自身の執務室へ向かう途中で呟く。


「レグニ侯爵、もう少し聡明な人物だと思っていたのだがな……」


 その後、彼は父であるヨハンに対して、レグニ領の調査と対応を要請する書状を伝令に託したのだった。



◇◇◆◇◇



 クルト帝国 レグニ領のとある町 ──


 燃え盛る町の外で、千ほどの騎兵がその炎を見つめていた。町の中からは、悲鳴が聞こえてきている。


 騎兵の中で、他の者より少し豪華な装飾が施されている鎧に身を包んだ男性に、騎兵の一人が近付くと戸惑いを隠せない様子で尋ねる。


「隊長、本当に良かったのでしょうか? いくら賊軍を炙り出すためとは言え、町ごと焼き払うなど……」

「今更何を言っておる。なんとしても賊軍を壊滅させねばならんのだ! その為には手段を選ぶなとの侯爵の指令である。この町には多くの賊軍が隠れているとの情報があったのだ」


 その時、燃える町から逃げるように人々が駆け出してきた。その隊長と呼ばれた中年男性は、手を軽く上げると彼らに向けて振り下ろす。


「た……助けてぇ……うっ!」

「ぎゃぁ……」


 騎兵から放たれた矢は、逃げてきた者たちを容赦なく射抜いていく。矢を何とか避けることが出来た人々も、騎兵たちが一人ずつ槍を突き入れていく。


「一人も逃がすな」


 騎兵たちの隊長は無慈悲な瞳で炎を見ながら、そう告げるのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 東の城砦 難民キャンプ ──


 日々増え続ける難民は、すでに六百人程度まで膨れ上がっていた。リリベットがお触れを出したことで、食料や衣服などの支援物資が国民から提供され、何とか維持できている状況である。


 多くのボランティアも炊き出しや、テントの設営などに参加している。そんな中、難民たちの中で一つの信仰が生まれつつあった。


 難民キャンプのテントを、一つずつ丁寧に診てまわる女性の姿がある。第一陣からずっと難民たちに治癒術を施していた修道女のサーリャである。侍医であるルネは長く王城を留守にするわけにはいかず、娘のミルと共に第二陣の医療班と交代したが、彼女だけはそのまま残り治療を続けていた。


 難民たちはサーリャを見かけると拝み始め、次々と彼女に感謝の言葉を口にする。


「おぉ、リスタの聖女さま!」

「ありがとうございます、聖女さま!」


 サーリャは困ったように微笑むと首を軽く横に振った。


「あはは、聖女なんて呼ばないでください。そんな大した者ではありませんから」


 しかし難民たちはどんどん集まってきてしまう。難民たちの間では、献身的に治療をしていた彼女のことを「リスタの聖女」と呼び、ある種の信仰の対象になっているのだ。


「聖女さまっ! 息子を助けていただいてありがとうございました」

「あっ、あれからどうですか?」

「はい、すっかり元気になっております」


 サーリャは治癒術の他にも困っている人たちに声を掛け、その声を衛兵隊や騎士団に繋ぐ役目も担っていた。その彼女の優しさに多くの者が癒されているのだ。いつの間にか難民たちが集まりすぎて、身動きが取れなくなっているとサーリャを呼ぶ声が聞こえてきた。


「ちょっと退いてくれ……サーリャさん、大丈夫ですか?」

「えぇ、だ……大丈夫です」


 人混みを割って入ってきたのは、彼女の恋人のコンラートだった。サーリャは彼の顔を見ると安心したような表情を浮かべたあと、恥ずかしそうに俯いてしまう。コンラートは彼女の肩に手を回すと、再び人混みを分けるように脱出する。


「すまない、ちょっと少し通してくれ!」


 人混みを抜けたサーリャは振り返って、難民たちにお辞儀をすると何とかその場を後にするのだった。





◆◆◆◆◆





 『リスタの聖女』


 リスタの聖女として、難民を中心に信仰の対象になりつつあったサーリャは、愛を司る女神ラフスを信仰しているラフス教会の修道女である。そのため多くの難民は、次々とヘベル教からラフス教に改宗し始めていた。


 ちょっとしたことで暴動を起こしやすい難民たちが大人しくしているのは、彼女の存在と王家や国民からの温かな支援があるためだった。

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