第133話「案内人なのじゃ」
リスタ王国 王都 路地 ──
地図を片手に海洋ギルドに向かったエリーアスだったが、大通りから路地に入った時点で迷っていた。入り組んだ路地が方向感覚を失わせたためである。
エリーアスは困った顔だったが、ある種感心した様子で地図を眺めていた。
「要所、要所に防衛しやすい場所が用意されているのか……これでは上陸しても容易に落とせなかったかもしれんな」
リスタ王国の王都は都市開発の段階で、海上からの侵入者に対して防衛しやすくするために路地を複雑化している。これは建国当初は海上防衛が脆弱だったためで、近年は強化したため利便性を高めるため再整備が行なわれている。
エリーアスが迷い込んだのは、そんな整備前の古い地区だった。この地区には船乗りが多く、この時間では出払っているため、人に聞こうにも人を見かけない。そんなエリーアスの背後から、あまり感情の起伏が感じられない声が聞こえてきた。
「あなた……旅行者? 案内しようか?」
エリーアスが振り向くと、そこにはいかにも街娘といった格好にケープを羽織った少女が立っていた。
「あぁ、やっと人に会えた。お嬢ちゃん、海洋ギルドに行くにはどうすればいいのかな?」
「私は大人、お嬢ちゃんじゃない……付いて来て」
少女はそう言うと、くるっと背を向けて歩いて行ってしまう。エリーアスは慌てて少女の後を追った。
「それは失礼した親切なお嬢さん。私の名前はエリーアスという。良ければ名前を教えていただいても?」
「……リュウレ」
リュウレに感情の起伏が感じられないので、彼女が怒っているのかどうかがわからないため、エリーアスは困った顔をしている。それでも会話をしないで、ただ着いていくのも味気ないと感じた彼はリュウレに話しかける。
「よく私が旅行者だとわかったね」
「……地図、そんな地図を持ってウロついているのは旅行者」
リュウレの答えに、エリーアスは自分が持っている地図に目をやると笑いはじめる。
「はっはは、確かにその通りだ」
そんな感じでぎこちない会話をしながら歩いていくと、リュウレとエリーアスは東リスタ港にたどり着いた。リュウレは港の中心にある一際大きな建物を指差す。
「あの大きいのが、海洋ギルド……後は一人でいける」
リュウレはそのまま踵を返して帰ろうとすると、エリーアスが呼び止めた。
「ありがとうリュウレさん、とても助かったよ。何かお礼をさせて貰いたいのだが……」
「……じゃ、これ」
リュウレは懐から一枚の紙を取り出して、エリーアスに差し出した。彼は首を傾げながら、それを受け取って中身を確認する。紙には、宿『枯れ尾花』の名前と地図が描かれていた。
「これは?」
「うちの宿……宿が決まってないなら泊まりにきて」
エリーアスは、なぜリュウレが旅行者を親切に案内してくれたのかを疑問に思っていたが、実は宿の宣伝のためだと分かり逆に安心した。
「なるほど、君は宿屋だったのか……ふふ、ぜひ泊まりに行かせていただくよ」
そして微笑みながら答えると、リュウレは何も言わずにそのまま歩いて行ってしまう。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 リスタ港 海洋ギルド『グレートスカル』 ──
エリーアスが海洋ギルドに入ると、どこの港町でも見られる光景が広がっていた。商人と漁師や船乗りの商談の声、一仕事終えた船乗りが酒を煽って歌っていたり、いかにも屈強の船乗りが受付の女性を口説くが素気無く振られている姿だ。
「どこも変わらんな」
エリーアスはそう呟くと、振られて肩を落として帰っていく船乗りと、交代で受付の女性に声を掛ける。
「お嬢さん、すみませんがグレートスカル号の船長と会いたいのだが」
「はい、ログスの旦那ですか? ただいま航海中ですね。三日後に帰港する予定です」
「そうか、ログス殿というのか……わかった、では三日後にまた来るとするよ」
エリーアスがお辞儀をすると、カウンターの奥から大きな声が聞こえてきた。
「ミャーリィ、通せっ!」
彼が声の方を見ると、奥の部屋の前で褐色の女性が手招きをしている。受付の女性は慌てた様子で、エリーアスを呼び止める。
「すみません、お客さん。マスターが用があるみたいなんですが、お時間は大丈夫ですか?」
「私に? あぁ、構わないが」
エリーアスが首を傾げながら答えると、受付嬢は立ち上がりお辞儀をすると彼を会長室まで案内する。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 海洋ギルド『グレートスカル』 会長室 ──
受付嬢に連れられて会長室に来たエリーアスは、受付から褐色の女性の紹介を受けた。
「お客さん、こちらが当ギルドのマスター、レベッカ・ハーロード会長です」
「エリーアス・フォン・アロイスです」
レベッカが手を差し出すと、エリーアスは握手を交した。レベッカが受付嬢に向かって戻るように伝えると、彼女はお辞儀をして部屋を後にした。
「まぁ座りなよ」
レベッカにソファーを勧められると、エリーアスは軽く会釈をしてからソファーに腰掛けた。そして対面にはレベッカが座り、そのまま話をはじめた。
「さて、あんた……クルト帝国の西方艦隊提督だろ?」
エリーアスは自分のことを知っていることに少し驚いた顔をすると、小さく首を振って答えた。
「いいや、元提督だ。今はただの無官だからね」
レベッカは鼻で笑うと、突然腰のナイフをエリーアスに突きつけた。
「フッ、アンタよくここに顔を出せたねぇ? あんたが大戦時に沈めた船のほとんどはうちの船だ。アンタを恨んでる奴だってたくさんいるんだよ」
「私は帝国軍人として、任務を全うしただけだ。それにあの戦いでは、私の部下も大勢死んでいる」
はっきり答えたエリーアスに、レベッカは目を細めてからナイフを机に突き刺すとそのまま手を離した。
「覚悟は出来てるようだね……まぁいいだろう、それで親父に用があるんだって?」
「貴女の父上?」
エリーアスが首を傾げて尋ねると、レベッカは呆れた様子でログスについて答えた。
「私の親父、グレートスカル号の船長のログス・ハーロードに会いにきたんだろ?」
「なるほど、お嬢さんだったのか」
「それで何の用だい? 商売の話なら親父じゃなくても聞けるが?」
レベッカが尋ねると、エリーアスは首を横に振る。
「はっははは、いいや、そういった込みいった話ではない。ただ……グレートスカルの船長とは、一度酒でも酌み交わしたいと思っていたんだ」
少し照れながら答えたエリーアスに、レベッカは思わず噴きだした。
「あはははは、アンタ面白いねっ! いいだろう、親父が帰ってきたら連絡させる。アンタどこに泊まってるんだい?」
「まだ行ったことはないんだが、こちらの宿にしようかと思っている」
エリーアスは先ほどリュウレから受け取った紙をレベッカに見せる。
「へぇ『枯れ尾花』か……ボロ宿だからね、覚悟していくといいよ」
「それでは、連絡を待っているよ」
エリーアスはソファーから立ち上がると、軽く会釈をしてから部屋を後にするのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 宿『枯れ尾花』 ──
海洋ギルドから出たエリーアスは、地図を片手に枯れ尾花に訪れていた。老舗と言えば聞こえはいいが、だいぶ古びた外見に彼は呟く。
「だいぶ古いな」
彼が枯れ尾花に入ると、コーヒーの良い匂いがしてくる。建物内は外観に比べれば、よく手入れがされており、一先ず安堵のため息をつく。
「いらっしゃいませ~、一名様ッスか?」
エリーアスが入ってきたことに気がついたケラが声を掛ける。エリーアスはカウンターに近付いて尋ねる。
「リュウレさんはいるかな?」
「えっ、アンタ誰ッスか!? リュウレさんの……ガッ!?」
どこからともなく木製のカップが飛んできてケラの頭にヒットする。彼は椅子から転がり落ちて蹲っている。そんな彼にエリーアスは心配そうに声を掛けた。
「き……君、大丈夫かね?」
「よく来た……何泊?」
いつの間にか、エリーアスの横にいたリュウレが尋ねる。
「あぁ、リュウレさん。しばらくお世話になりたいと思っているんだが、とりあえず一泊いくらかな?」
「……これ」
リュウレは手にしたメニュー表を彼に突きつける。エリーアスはそれを覗き込んで、しばらく考えるとカウンターに金貨を一枚置いて答える。
「とりあえず一月ほどお願いするよ」
「わかった」
蹲っているケラを余所にカウンターから、鍵を取り出すとエリーアスに渡す。
「二階の一番手前の部屋……付いて来て」
リュウレがそのまま二階に昇っていったので、エリーアスはその後を追って二階に昇っていった。一人残されたケラは後頭部を押さえながら呟いた。
「うぅ……リュウレさん、ひどいッスよ~」
◆◆◆◆◆
『監視する瞳』
道に迷っているエリーアスを、後ろから監視している小さな人影があった。シグルからの依頼でエリーアスの監視・護衛を依頼されたリュウレである。
いつまでも迷っている彼に、面倒になってきた彼女は声を掛けることにした。そこにはついでに『枯れ尾花』に泊めれば、色々楽という思惑があったのだった。




