第111話「不足なのじゃ」
リスタ王国 王城 女王執務室 ──
リリベットたちが戦場から帰国してから二週間後、グレートスカル号がリスタ王国へ帰港していた。そしてログスから聞き取り、ヘルミナが書いた報告書を受け取ったリリベットは、それを見ながら眉間に皺を寄せていた。
彼女が渋い顔をしているのは、まず今回の海戦でかかった費用、そして捕虜にしたノーマの海賊の数と、それの収容にかかる費用が算出された金額、クルト帝国への輸送費などの出費などである。
「随分かかるのじゃな……一時金として、貯蓄資金の使用を許可するのじゃ、最終的には全額をジオロ共和国のトウキ殿に請求するようにするのじゃ」
「陛下、さすがに全額では通らないかと」
リリベットの思惑に反して、ヘルミナは小さく首を横に振って答えた。リリベットは面白くないといった表情で尋ねた。
「では、七割ではどうじゃ?」
「六割程度が限界かと……」
「むぅ、ヘルミナに任せるのじゃ。可能な限り負担させるのじゃ。貯蓄資金とて無限ではないのじゃからな」
「わかりました」
貯蓄資金とは、再出発として生活していたが、再び罪を犯してしまい全財産の没収になった者たちから集めた資金のことである。税収で賄っている国家予算とは別枠の存在であり、国家予算が逼迫した際に王家の許可で利用される。また孤児院の予算などは貯蓄資金から賄われている。
注意をしながら資料を捲ったリリベットは、さらに頭を抱える。これにはヘルミナも弱った顔をしている。
「クイーンリリベット号の運用における要員不足……また頭を抱える問題なのじゃ」
クイーンリリベット号は、リスタ王国の所属の軍艦になるが処女航海では乗組員は全員民間人だった。本来であれば海軍を新設しなくてはならないのだが、その予算も伝手もないのである。
「しばらくは海洋ギルドから、人員を借りるしかないじゃろうな」
「はい、しかし機関部に関しては、早急に人材を確保したほうがよろしいかと」
ヘルミナの言葉に、リリベットは首を傾げて尋ねる。
「なぜじゃ?」
「今回の処女航海の機関運用は大工房のドワーフたちが手伝ってくれましたが、彼らは基本的に国の運営に興味がありませんから……」
「確かに……そうじゃな。しかし、あの機関はかなり特殊じゃろう? わかる者はおるじゃろうか?」
「そうですね……ルネ先生に聞いてみてはいかがでしょうか?」
突然侍医のルネの名前が出てきたことで、リリベットは不思議そうな顔をしている。
「ルネは医者じゃぞ? う~む、まぁこの後健診があることじゃし、ヘルミナが言うなら聞いてみるのじゃ」
「私のほうでもミュラー卿と相談して、人材を捜してみます」
「うむ、よろしく頼むのじゃ」
ヘルミナはお辞儀をすると部屋から出ていった。その背中を見送りつつ、リリベットは首を傾げながら呟いた。
「しかし、なぜルネなんじゃろうか?」
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 医務室 ──
リスタ王国の王城には、常に侍医が待機している医務室がある。この医務室は基本的には王族専用ではあるが、リリベットが許可しているため近衛が訓練中に怪我をしたり、調子が悪いメイドなどがよく利用していた。
リリベットがマーガレットを引き連れて、医務室に訪れると椅子に座ったルネが気安い感じで挨拶をしてくる。
「おや陛下、今日はちゃんと来たんだね」
「別に逃げているわけではないのじゃ」
リリベットには定期的に診察の予定を組まれているが、忙しいという理由で後回しにしてしまい、なかなか医務室に姿を見せないのだ。
「まぁいいさ、とりあえずそこに座って、軽く診察しよう」
リリベットは大人しく指定された場所に座ると、簡単な指診を受けている。くすぐったいのかモジモジと動いていると、ルネは呆れた顔で笑う。
「ヘレン殿下でも、もう少し大人しいですよ」
ヘレンが大人しいのは医務室に来るまでに散々逃げ回っているからであり、ルネの前に連れてこられた時には、すでに観念しているからである。
「むぅ……くすぐったいのじゃから仕方ないのじゃ」
指診が終わるとリリベットの舌や目などを軽く確認して、パンッと手を叩いた。
「はい、大丈夫でしょう。少し寝不足っぽいですが……まぁ若い内はお盛んですからね」
「さ、最近はそこまで無理はしてないのじゃ」
リリベットは必死に言い訳をしていたが、ルネは聞く耳を持たずカルテを書いていた。フェルトが今朝早くに帝都に向けて出発したため、別れを惜しんで寝不足になっているのは事実である。そんなやり取りを見ていたマーガレットは、耳打ちするようにリリベットに伝える。
「陛下、ルネ先生に聞きたいことがあるのでは?」
「む……そうじゃったな。ルネよ、実は……」
リリベットはクイーンリリベット号の人材不足、特に機関関係が特殊で専門家の必要性、ヘルミナにルネに尋ねるように言われた旨を伝えた。ルネはクスッと笑うと両手を広げて見せる。
「それは……プリスト卿からは紹介しづらいでしょうね」
「ふむ、誰か心当たりがあるのじゃな?」
「聞いた感じでは、その機関は魔導工学の分野でしょ? そうなると、私が知っているのは一人だけですね」
「誰なのじゃ?」
リリベットが首を傾げながら尋ねると、ルネは少し恥かしそうに告げた。
「私の娘のミルです」
その予想外の言葉に、リリベットは少し考え込む。
「お主の娘じゃと……確か、かなり昔に一度会っていたような……私が結婚してしばらくあとに赤子じゃったから、たぶん十歳ぐらいじゃろ!?」
「十一歳です。親の私が言うのも憚れますが、あの子は魔導工学の天才ですよ」
少し自慢げに答えるルネに、リリベットは疑惑の視線を送る。
「むぅ……その子は、今は何をしておるのじゃ?」
「ミルはまだ学生ですよ、王立学園の高等部に通ってますよ」
「高等部じゃと……ふむ、そこまで言うのなら一度会ってみたいのじゃ」
高等部と聞いて興味がわいたのか、リリベットはルネに尋ねた。それに対してルネは少し困った表情を浮かべる。
「一応、登城するように言ってみますが、研究に没頭しているとなかなか動かなくて……」
「それなら、こちらから会いに行ってみるのじゃ。高等部なら学園の研究室じゃな?」
リリベットはそう言いながら席を立つと、ルネに診察に対する感謝を述べてから部屋を後にするのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王立学園 高等部 研究室 ──
王立学園の中でも高等部となると、本当のエリートしか進むことができないと言われている。現在高等部まで進んでいるのは五名しかいないことを考えれば、かなり狭き道であると言える。
基本科目に関してはアルビストン学園長が自ら教えるが、高等部はより専門的な知識を追求する場所であり、それぞれの分野で特別講師が招かれて授業をしている。
研究室の前まできたリリベットは、護衛としてついてきたラッツに研究室の扉をノックさせたが、一向に出てくる気配がないのでそのまま乗り込んでいく。
研究室の中は無人のように静まり返っており、床には雑多に荷物が転がり、お世辞にも綺麗だとは言えなかった。リリベットたちが荷物を踏まないように慎重に進むと、棚のところで無数の手足が山積みになっているのを発見した。
「バ、バラバラ死体の山なのじゃ!?」
「いえ、陛下。これは義手や義足ですね……かなり精巧なものですが」
咄嗟にリリベットの前に出ていたラッツが、冷静に一つ拾ってリリベットに見せる。
「ふ~……驚かせるのじゃ。……って、キャァ!」
突然義手義足の山の一角が崩れ、飛び出た一本の手がうねうねと動いている。それを見たリリベットは悲鳴を上げて数歩後退した。ラッツも腰の剣に手に掛けたが、すぐに生身だと気がつくと慌ててソレを掘り起こしはじめた。
しばらくして引っ張りだされた少女は、燃えるような赤い髪に黄色い服を着た少女だった。
「た……助かりました、突然崩れてきて死ぬかと思いましたよ」
助け出された少女はラッツにお辞儀をする。そして、顔を上げ後ろにいたリリベットと目があうと、驚いた表情を浮かべ頭を抱えながら唸りはじめた。
「おかしいのです……いるはずがない人物が見えるのですよ。頭を強く打ったかもしれません。こんなところに女王陛下がいるはずが……」
「幻ではないのじゃ。お主がルネの娘のミルじゃろう?」
少女はさらに驚いた表情を浮かべると、深々と頭を下げて名乗りはじめた。
「は……はい、女王陛下。わたしがルネの娘ミルです。お……お会いできて光栄です」
ミルは目を輝かせながらリリベットを見つめている。この国の子供たちは、赤子の頃からリリベットの活躍を聞いて育ってきているため、基本的に崇拝レベルで憧れになっているのである。
「お主は魔導工学に詳しいと聞いたのじゃが、本当じゃろうか?」
「えっ? はい、そうですね。専攻は魔導工学です」
ミルはその辺りに散らばっている、義手を拾い上げると話を続けた。
「この国は船乗りさんを中心に、戦争や事故で手足を欠損してしまった人が多いですから、少ない魔力で動かせる義手とかを研究してます」
憧れの人に尋ねられ、ミルは少し恥かしそうに答えた。リリベットは少し納得したように頷くとラッツに目配せをした。ラッツは小さく頷くと、『循環式精霊力型動力炉』の設計図と仕様書をミルに差し出す。
それを見たミルは目をさらに輝かせて、食い入るように分析をはじめた。
「こ、これは凄いです。抽出したエネルギーを循環させることで維持しつつ、過度の負荷が掛からないように……」
その後もぶつぶつと分析をしていくが、その姿を見ていたリリベットはボソッと呟く。
「……この子でよい気がして来たのじゃ」
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『見習い魔導技師ミル』
侍医ルネの長女であり魔導工学、特に医療系魔導工学に精通している才女。彼女の父が義手だったことが、彼女が魔導技師を目指すきっかけになった。父と同じような人々に不自由のない生活をしてもらうことを目指して、彼女は日夜研究に勤しんでいる。




