【書籍化記念SS】疑惑の手紙
フランシス様へ
フランシス様が王都を離れてどのくらい経ったでしょうか。
あなたのいなくなった城は灯りが消えたように静かになってしまいました。
フランシス様の朗らかな笑い声が懐かしく、毎日忙しい中でも、ふとあなたのことを思い出すのです。
あの日頂いた宝石は、大切に保管してあります。
いつかこれが似合う大人になったら、見せに行きますね。
どうかお体に気をつけて。
あなたのプリンセスより
♦︎
「………………」
アデルは盗み読みしてしまった手紙を持ったまま、硬直していた。
──これはなんだ?
フランシスの机の上で開かれていた手紙。読んではいけないと思いながらも目に入り、気になって手に取ってしまった。
上質な紙と独特のデザインの便箋。少し幼い字で、しかし丁寧に記されたそれは、結婚した夫の行いを疑わざるを得ないものであった。
「むむむ……」
どうやら相手は王都にいるらしい。心当たりはない。
結婚前の秘密の恋人だろうか? と考えて、それは違うと首を横に振った。
フランシスは遊んでいそうに見えていたが、実際のところは誰かと不純な関係を持っていたわけではないことは知っている。
留学から帰ってきてからは、自分とばかり会っていたし、特定の恋人がいたようには思えなかった。
だとしたら、フランシスに片思いしていた女性だろうか?
「いや、違うか……」
手紙によると、宝石を贈ったようなのだ、あのフランシスが。
アデルが過去に彼からもらったことがあるのは、友達の印にと渡された金時計の鎖だけだ。その他、一般的に貴族の男女間で贈られるような貴金属や服飾品をもらったことはない。
そんな彼が宝石を渡すなど、よほど大切な相手に違いないではないか。
アデルはため息をついた。
気になる。
けれど、聞いてしまっていいのであろうか?
『この手紙のお相手は誰?』と。
それとも、貴族の妻として、見て見ぬ振りをするべきなのか──。
「どうしたの?」
「わっ!!」
思案していたところで急に声をかけられ、アデルは驚いて飛び上がった。
「あっ、あ、フランシス様……!」
「ああ、落ちてた?」
持っていた手紙に気付かれてしまい、盗み読みしていたことは明白。
だがフランシスは全く気にしていない様子で、妻の手からそれを抜き取った。
「…………っ」
アデルは言葉に詰まった。
勝手に読んでしまったという後ろめたさもあり、内容について問い詰めるのはよくない気がする。
だが──。
もう実家から出てきて、誰に遠慮する必要もない。自分のことは自分で決めるし、思っていることを言っていい。
なにより、それを教えてくれたのは目の前の彼だ。
アデルは意を決して、口を開いた。
「──フランシス様! そのお手紙のお相手は!?」
「ああ、姪っ子」
数秒、固まって。
「………………めいっこ!?」
目を剥いて、アデルはフランシスの手から手紙をひったくった。
王弟フランシスの姪っ子といえば、国王の娘、王女殿下である。
「王女様って……、まだ小さい女の子ではありませんでしたか!?」
「五歳くらいになったんじゃない?」
「でもこんなにしっかりしたお手紙……」
「教育係に下書きしてもらったんでしょ、上手に書けてるね〜」
改めて手紙に目を落とす。
なるほど王族の姫は早くから教育されているらしい。だが、その内容は?
「で、でも、宝石をありがとうって」
「アデルも一緒に採ったじゃん」
「えっ?」
「河原で」
「ええっ!?」
慄いて手紙を二度見する。
宝石、河原、わたしも一緒に──?
「えっ! あの時の石ですか!?」
記憶が蘇った。
目的地を告げられずにフランシスに連れられ、河原でスカートを濡らしながら綺麗な石探しをしたのだ。
確かに、あの時フランシスは『姪っ子に宝石が欲しいって言われてさー』と言っていた。
「本当に宝石だと偽ってお渡ししたんですか!?」
「うん、あげたよ。喜んでた」
「そんな……」
眩暈がしてふらつく。
半分冗談かと思っていたのに、まさか本当にそんな嘘をつくとは。いや、彼ならあり得るか。
よろめいたアデルの腕を、フランシスが掴む。
「ねぇアデル」
「?」
「よくない手紙かと思った? 君の知らない、僕の親しい女性とか」
「…………」
意地の悪い笑顔で問われ、アデルは唇を噛んだ。
普通はそう思ってしまうじゃないか。こんな意味深な手紙を読んだりしたら。
「……ええ、思いました」
「そんなわけないのに」
言い返そうかと思ったけれど、やめた。
フランシスが、嬉しそうな甘い瞳で見つめてきたからだ。
彼の唇が額に落ちてきたので、アデルは目を閉じた。
「僕には君以外いないよ」
《 おしまい 》
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