36.話し合い(ライオネル)
オクレール侯爵家に着くと、屋敷の中で騒いでいる声が聞こえた。
あれは侯爵の声か。
「いったいどういうことなんだ!どうして書類が受理されない!」
先ほど、王宮から書類を受理しない通知が届いたのは知っている。
知っていて、それに合わせて訪ねてきたのだから。
何も知らないという顔でヨゼフが迎え入れてくれる。
ヨゼフは、あの夜すぐに侯爵家に戻っていてもらった。
ヨゼフがジュリアについているとわかったら、
侯爵は油断しないと思ったから。
侍女と二人で出て行ったのであれば、
ジュリアは助からない、そう判断するはずだと。
それも腹立たしいけれど、
侯爵にはうまくいくとぬか喜びさせてから落とすつもりだった。
ジュリアに今までしてきたこと、俺は簡単に許そうとは思わない。
俺の話を受け入れたとしても、報復はするつもりだ。
ヨゼフの案内で執務室まで行くと、
中で何かが壊れる音が聞こえてきた。
腹立たしいあまり、暴れているらしい。
「旦那様、お客様です」
「なんだ!客の予定なんかなかったはずだぞ!」
「ですが、ジョルダリの第二王子殿下がお見えですので」
「はぁ?ジョルダリの王子が今さら何の用だ!
ジュリアはもうとっくにいなくなったんだぞ!」
「邪魔するよ」
めんどくさくなって、そのまま執務室へと入っていく。
投げ散らかしたのか床には書類が散乱している。
これが王宮から届いた通知とかかな。
俺が執務室に入ってきたのを見て、
侯爵は慌てて貴族らしい微笑に変えた。
内心はヨゼフに怒鳴りたいだろうけど、この辺はさすがというべきか。
「これはこれは……本日はどのような御用で?」
「あぁ、うん。ジュリアの除籍届は受理されなかっただろう?」
「は?」
「ジュリアは俺が保護しているから」
「なんだと!?」
俺に向かって怒鳴った後、後ろにいたジニーににらまれて、
侯爵はびくっとおびえた様子を見せた。
俺のことは王子だとしても若造だから怖くないとでも思ってるのかな。
勝手にソファに座ると、侯爵も座るように指さす。
従いたくないのだろうが、嫌そうな顔をしながら座る。
「あの日、追い出されたジュリアはすぐに俺が保護した。
学園も休まずに通っているし、体調にも何の問題もない。
だから、除籍届を出しても受理はされない。理解したか?」
「……そうでしたか。保護していただいてありがとうございます。
では、すぐにジュリアを帰してもらえますか?」
「嫌だよ。こんな屋敷に戻したら、何されるかわかんないだろう?」
「御冗談を……娘ですよ?」
神妙な顔をしているけれど、調べはついている。
ばさりと報告書を侯爵の目の前に置くと、怪訝な顔をしながらも受け取る。
何枚かめくって読んだ後は、見るからに顔色が悪くなっていく。
「あの日、破落戸にさらわせる予定だったんだろう。
計画を邪魔して悪かったな」
「いや……あの」
「ご丁寧に、三組もいたそうじゃないか」
あの日、調べたらジュリアをさらうために破落戸が雇われていた。
そいつらは侯爵家の近くでジュリアが出てくるのを待っていたが、
ヨゼフが馬車で連れ出したためにわからなかったようだ。
破落戸には娘が歩きで外に出ると説明していたから、
まさか使用人用の馬車で逃げ出すとは思わなかったんだろう。
本当にヨゼフを雇っておいてよかった。
侯爵家でのジュリアの扱われがおかしいとは思っていたが、
これほどまでの仕打ちをするなんて。
「どうして実の娘にそこまでするんだ」
「……ジュリアに継がせるわけにはいかないのです」
「なぜだ?」
「オクレール侯爵家を女が継いだことはありません」
「無くても、問題ないだろう。
今まで嫡子として教育させてきたのだから」
「私は……ジュリアを嫡子として認めたことはない」
「侯爵が認めなくても、王家が認めているんだ」
「それはそうでしょう。
王家は貴族家を弱体化させたいのですから」
吐き捨てるような言葉に、少し疑問に思う。
王家に不信感でも持っているのか?
「どうしてそうだと?」
「あなたは知らないかもしれませんが、
昔、この国の公爵家が消えた時、侯爵家は五家ありました」
「五家?」
この国の侯爵家は三家だったはずだな。
オクレール家、クルーゾー家、ディバリー家。
「二家は女が継いだことで没落しました」
「それはたまたまなんじゃないのか?」
「たまたま?侯爵家が没落するのが?
そんなわけないでしょう。
女が継いだことで侯爵家は伯爵家にすら見下され、
他の侯爵家も助けてくれなくなる」
それがいつのことなのかはわからないが、
たしかにこの国で女性が継ぐと嫌がらせのようなものがあるとは聞いた。
だからこそ、女性が継いだ領地が手を取り合って助け合うと。
「私たち侯爵家は女に継がせてはならないと言われて育ちます。
クルーゾー家だって長子は女だった。
あの家は王太子妃としてうまく逃がした」
「だったら、ジュリアもそう言って育てればよかっただろう」
「最初から王族の妃になんて言って育てられるわけがない。
この国は政略結婚を認めない。
王族が気に入らなければ終わりなんだ」
じゃあ、俺が最初からこの家に婚約を申し込んでいたら、
ジュリアは王族に嫁ぐために育てられたんだろうか。
いや、違う気がするな。
ジュリアはずっと放置されてきた。
おそらく、必要じゃないからどこにでも勝手に行けと思わせるためだけに。
「だから、死んだ長男の代わりを連れてきたのか?」
「仕方ないでしょう。もう一人産めと言ったのに、
アンディじゃなくては嫌だとあいつがわがままを言うから」
「それで似たような男子を愛人に産ませ、アンディと名付けたと」
「すべてはオクレール侯爵家を存続させるためです。
そうでなくては父上に顔向けできません」
深刻な顔をして言ったとしても、そこに正しい理由はない。
ただ侯爵がそう思っているだけだろう。
いや、そうやって何代も思わされてきたのかもしれないが。
「だからと言って、アンディという子が継ぐことはできないぞ。
本妻の子を押しのけて庶子が継ぐのは認められない」
「アンディは私と妻の子です。
妻に聞いてもらえれば」
「嘘なのはわかってる。ほら、その報告書も入ってる。
分家の娘に産ませたんだろう?契約書の写しもある。
王宮に提出させたら、侯爵家は別な意味で終わるな」
この国は貴族が力を持とうとするのを嫌う。
政略結婚だけではない。
男に継がせたいから長子の娘を虐げたとなれば、処罰対象になる。
ジュリアを殺してまで嫡子を交代させようとしていたことがわかれば、
侯爵は平民落ちしてもおかしくない。
その場合は、オクレール侯爵家は王家預かりとなる。
第二王子が臣下に降りるときに賜るかもしれない。
それに気がついたのか、侯爵が真っ青になっていく。
「オクレール侯爵家でジュリアがどんな扱われ方だったのか、
アンディという子が誰の子なのか、
ジュリアを追い出すために侯爵が何をしたのか。
王宮に提出したら、オクレール侯爵家は消えるだろう」
「……お願いします。見逃してください。
この家を、侯爵家を守るためだったんです」
「そのためなら何でもすると?」
「私にできることなら、何でもします!」




