28.つまらない(アマンダ)
さすがに午後の授業を受ける気分にならなくて、
そのまま屋敷に帰った。
「まったく何なのよ。途中でブリュノはいなくなってるし。
本当に使えない男ね!エレン!」
「はい!アマンダ様!」
「商会の副会長を呼んで!」
「副会長?ロベルト様をですか?」
「そうよ!今すぐ!」
「はい!かしこまりました!」
うちの商会の副会長を呼べと命じたら、
侍女のエレンは不思議そうな顔をした。
なぜ忙しい副会長を呼ぶのかとでも思ったのだろうが、
そんなことは侍女が考えることではない。
私に命令されたら、そのまま応じるのが侍女の仕事だ。
それから二時間も待って副会長はやってきた。
長い金髪を一つに束ね眼鏡をかけた細見の男は、
あいかわらず飄々としていてつかみどころがない。
もう三十をこえたはずだが、ここ数年は変わらないように見える。
「アマンダ様、私を呼んだと聞きましたが?
めずらしいですね。何か用事でもあったんですか?」
「ええ、欲しいものがあるの。
ジョルダリ国でしか流通していない精霊石を手に入れたいの」
「ジョルダリの精霊石ですか……無理でしょうね」
「どうしてよ。うちの商会はジョルダリでも有数なはずでしょう?」
うちの商会はこの国だけじゃなく、ジョルダリでも店を構えている。
貴族の顧客も多く、それなりに力があるはずだ。
宝石の一つや二つ、簡単に手に入るはずなのに。
「他のものならともかく、精霊石は無理です。
ジョルダリの貴族ですら手に入れることができません」
「そういえば、ライオネル様が言っていたような。
側妃の生家が管理しているとかなんとか」
「ええ、その通りです。第一側妃の生家、
ペリシエ侯爵家が代々管理していると聞いています」
「じゃあ、そのペリシエ家に売らせればいいんじゃないの?」
「何を馬鹿なことを言ってるんですか?」
「馬鹿って何よ!」
この副会長ロベルトは従兄弟でもあるので、私に遠慮がない。
商会長はお父様ではあるが、忙しくて商会を運営するのが難しいため、
実質商会を動かしているのはこの副会長だ。
精霊石を扱っているのがペリシエ家だけなら、
その家から買えばいいと思うのは普通のことだろうに。
なのに、馬鹿って。
「あいかわらず成績が良い割には頭が悪いですよね。
ペリシエ家がどういう家なのか知らないのですか?」
「ジョルダリの貴族家なんて知らないわよ」
「はぁ。当主になるつもりがあるなら、このくらい知っておいてください。
ペルシエ家は侯爵家ではありますが、ジョルダリで一番の貴族家です」
「は?ジョルダリって公爵家もあったじゃない」
「ありますよ。公爵家が二家。でも、それよりも歴史があるんです。
ジョルダリの初代王家が誕生した時の正妃の生家で、
今でも一番権力があると言われている貴族家です。
第二王子なのにライオネル様を王太子にという声があるくらいですから」
ライオネル様が王太子に?じゃあ、妃になったら王太子妃?将来の王妃?
そんなの聞いたらますますライオネル様が欲しくなった。
「どうしても精霊石が欲しいんだけど。
そういう伝手はないの?」
「はぁぁ。また欲しがり病ですか。いいかげんにしてください。
ペリシエ家だけが管理して、王族だけが持つことを許されている宝石なんて、
手に入れた時点で商会がつぶされますよ」
商会がつぶされる?うちが?そんなわけない。
「うちをつぶしたら、王家が黙ってないでしょう。
さすがにジョルダリで一番の権力があっても無理じゃない?」
「甘いですね、本当に甘い。
……当主になっても、商会長にはならないでくださいね」
「はぁ?私が継ぐに決まってるじゃない。
そんなことばかり言っていると、私が継いだ後にクビにするわよ!」
「できるのなら、どうぞ」
呆れたようにつぶやいて、副会長は出て行った。
本当に腹が立つ。結局、精霊石は手に入らなそうだし、役立たずめ。
こうなったら、お父様にお願いして、
ジョルダリ国に直接おねだりしてもらうしかない。
どうしてもあのブローチの石が欲しいと思った。
奪えなかったからだけじゃなく、とても貴重なものだとわかったから。
そんな貴重な宝石は私が持つべきだもの。
でも、そうだ。王族なら購入できるって言ってた。
じゃあ、ライオネル様と仲良くなってから、
ライオネル様に贈ってもらえばいいんじゃないだろうか。
今日はあんな風に怒らせてしまったけれど、
ここから仲良くなるためにはどうすればいいだろうか。
お詫びに商会から何か贈るのはどうだろうか。
ジョルダリでは手に入りにくいものも取り扱っているはずだ。
早いうちに商会の店舗に顔を出して、
ライオネル様への贈り物を用意しよう。
そして、ライオネル様が滞在している屋敷を訪ねて行って、
ジュリアに邪魔されないうちに仲良くなれたら。
今はジュリアの隣にいるから、ジュリアをかばうのであって、
あの手の人間は私と仲良くなれば私をかばってくれる。
……その時、ジュリアが裏切られたと悲しむのが想像できて、
声に出して笑ってしまった。
「あの……アマンダ様」
「なによ、エレン」
「旦那様が王宮から呼ばれて慌てて出て行ったそうなのですが、
何かあったのでしょうか?」
「いつの話?」
「さきほど、ロベルト様がおかえりになる時に、
旦那様は王宮に呼ばれていったから帰りは遅くなるだろうと」
「ふうん。私にはわからないわ」
お父様が王宮から呼ばれて?なんだろう。
これが学園からの呼び出しだったのなら私のことかと思うけれど、
王宮なら領地のことなんだろう。
その日、結局お父様は帰って来なかった。
次の日になって学園に行くか迷った結果、やめておくことにした。
商会の店舗に行ってライオネル様への贈り物を探していると、
私が来たことを知った副会長が出てきた。
「これはこれは。何をお探しで?
まさか精霊石ではないでしょうね?」
「探したって、店にはないんでしょう?
いいから、放っておいて」
「昨日、伯爵様が王宮に呼ばれたまま戻らないんですが、
今度はいったい何をしたんですか?」
「どうして私のせいになるのよ」
「王宮からの呼び出し状を読んで真っ青な顔をしていたんで。
何かやらかすとしたら、伯爵じゃなくてアマンダ様だろうと」
「私は何もしてないわよ」
「本当に?じゃあ、どうして精霊石だなんて欲しがるのですか?
まさか、王族から奪おうとしたんじゃないでしょうね?」
「してないわよ!」
失礼な男だ。私が何かしたと思い込んでいる。
話が終わってもつきまとうので、嫌になって何も買わずに帰ってきてしまった。
本当は買い物をした後、ライオネル様の屋敷に訪ねる予定だったのに。
ライオネル様が滞在している屋敷はまだ調べてないけれど、
商会に聞けばわかるはずだと思っていた。
ライオネル様が留学するにあたって、
使用人や護衛などたくさん連れてきている。
その人数分の食料など、どこかの店が屋敷に届けているはずだから、
そういう情報は入ってきているはずだ。
計画が台無しになって、私室に戻った後、エレンに当たる。
そうでもないと、いらいらして止まらない。
「何よ、このお茶。まずいわね。
せっかくの茶葉なのにおいしく入れられないわけ?」
「……申し訳ありません」
「ほら、早く入れなおして。
失敗した分だけ、お給料から引かせるわよ」
「はい、すぐに!」
青ざめて入れなおそうとするが、それを邪魔しては、
美味しくないと入れなおさせる。
泣きそうな顔になるエレンを見て、少しすっきりする。
はぁ……ジュリアのこんな顔を見たら、楽しいだろうに。
最近はジュリアの怒った顔しか見ていない。
つまらないわ。怒った顔なんて。
十数回目のお茶を飲んで、一口でやめる。
もうお茶でお腹いっぱい。
入れなおせと言わなかったからか、エレンは礼をして出て行った。




