彼氏
≪うォオオオオ!!エントリーナンバー三番の勢いが止まらない!!!葉っぱを剥がしながら食べているのにダントツで山が小さいぞ!!!まさかの時間制限内に完食、来るかー?!≫
ワア、ワアアアアアアアアアアア!!!!
炎葉山中腹に大々的に設営されている桜まつりメインステージが沸いている。真っ赤な舞台の上には、ややのんびりと桜餅に手を伸ばす、細身の男性二人にお相撲さんみたいなおっさんが一人、今どきのギャルにメガネのおじさん……、そして猫耳を装着し、メイド服に身を包んだ、弾けそうな肉体を揺らしつつぷくぷくした両手でテンポよく桜餅を口に運ぶ…よく見知った東浦先輩の姿!!!
僕たちは森川さんの絶品懐石をいただいた後、揃って大食い大会を見るためにイベント会場までやってきた。
ちょうど選手紹介が始まったあたりで到着したんだ。和気あいあいとインタビュー?に受け答えしている参加者ののほほんとした様相が実に平和で、田舎のイベント感を醸し出していたんだけど…、スタートの合図で豹変してさ。なんていうか、大食いの神聖さ?を目の当たりにして正直ドン引きしている僕がいる。
みんなきれいに食べていて、一昔前のガツガツ食べてなんぼのショーではなく、きちんと美味しい食べ物を美味しくいただいているのが伝わるというか。丁寧に作られた桜餅に対して、敬意を払っている真摯な態度?向き合う姿勢がひしひしと伝わってくる。しかし、その食べる量は尋常じゃない、このギャップ?桜餅が、大きなトレイの上に山になって運ばれてくるのを見た時、こんなの絶対食べられっこないじゃないかと思ったんだけど、みるみるかさが減っていく様子から目が離せない。
「ももちゃんすげえなwww普通一口サイズの桜餅でも5個くらいしか食べられねえのにあのサイズwwwあれ全部食っちまうんじゃねえのwww」
「てゆっか、あたしあれ後で買ってこよう、あんな大きな桜餅、見た事ない!みんな美味しそうに食べてるから、食べたくなっちゃったよ!」
「ちゃんとした道明寺の桜餅だよね、私も食べてみたいかも……。」
大食い大会の参加者が食べているのは、一つの大きさが手のひらサイズくらいある桜餅だ。大きすぎて桜の葉っぱで巻けず、上にペロッとのせてあるのがなんとも言えない。司会者の人の説明によると、このジャンボ桜餅は和菓子の老舗が販売している人気の季節限定商品で、柳ヶ橋商店街と桜祭り会場でも販売されているんだって。ひとつ200円、100グラム。随分リーズナブルだけど、あんこは自家製だし、本場の道明寺粉が使用されているとかなんとか。それを、まさかの…50個、12000kcal、総重量5キロ!! 12000kcalなんて一体どうやって消化するんだ、完全に蓄積されて身になるとしか思えない、東浦先輩の体積がさらに膨張してゆく未来しか想像できないぞ。……でもなあ、普段からかなり食べてるからなあ、もしかしたらものすごい基礎代謝が高いタイプなのかもしれない。人体の神秘というのは、案外身近にあるもんだな。
≪アアッ!!エントリーナンバー三番、猫耳女子大生が、最後の一個を口に…入れた、アアッ!!食べた、食べ終わりましたアアアアア!!!優勝、優勝ですぅううう!!!≫
ワア、ワアアアアアアアアアアア!!!!
「ゆ、優勝しちゃった……。」
「ありえなす……。」
「まだ余裕ありそうだよ……?」
あっけに取られている女子が、僕の横に、三人ほど。森川さんからへらへらした笑みが抜け落ちている、それほどまでに驚いているというのかい。
≪はい、それでは勝者にインタビューをしましょう、どうですか、感想を一言!≫
≪めちゃめちゃおいしかったです!優勝したら帰りにお土産もらえるって聞いたんで、テンション上がりました!≫
あれだけ食べて、さらにお土産まで期待しているというのかい。
大食いの資質を持つ人の偉大さに、開いた口がふさがりそうにない。……由香の横でみっともない表情を晒すわけにはいかないな、口を閉じて、舞台の上の勝者の様子に注目せねば。……あ、東浦先輩と目があった、手を振っているな、よし…、振り返して差し上げよう。
にこやかに微笑みつつ、そっと手を振ってみる。
≪おっと!!あれは彼氏さんですか?!せっかくなんで、舞台に上がってもらってお祝いの言葉をもらっちゃいましょう、どうぞ、こちらに!!≫
ワア、ワアアアアアアアアアアア!!!!
ちょ、ちょっと待って、何この流れ!!!歓声が大きくなって、東浦先輩の否定している言葉がかき消されている!!
最前列の端っこで観戦していたのが幸いした。イベントのADさん?と思われる人が腰を低くしてこちらにやってきて、あれよあれよという間に、ス、ステージの方に!!!
≪彼女の大活躍、いかがでしたか!≫
テンションの高い司会者から、ピンク色のマイクをズズッと向けられる!!!
ここで彼女じゃないですと言えば……、東浦先輩に恥をかかせることにならない?!かといって彼氏面してインタビューに答えるのも!!!この場合どうするのが正解なんだ、焦る気持ちで観客席に目を向けると、森川さんと布施さんが大爆笑している、由香は…両手をグーにして、肩のあたりで上下させて…ムム、口元は、ガ・ン・バ・ッ・テ・!って!!完全に楽しんでいるな!!!
≪吸い込まれるように飲み込まれてゆく桜餅から目が離せませんでした。≫
少々憮然として、インタビューに答える。
≪この子は大学の後輩です!!彼女は別にいて!!≫
≪ああ、まだ後輩なんですね、今日から関係性が変わっちゃうかも!……うん?確か女子大って言って≫
♪ちゃーん♪ちゃーちゃ♪ちゃーん♪ちゃーん♪
微妙な表情を僕に向けた司会者の声を遮るように、表彰式のBGMが流れ始めた。
≪は、はい、では、表彰式でぇーす、第八回桜まつり大食い大会優勝者は、エントリーナンバー三番、ええとー東浦桃花さん!おめでとうございます、記念の盾と、記念品の桜餅、飲食チケット一万円分です!…はい、彼氏は重たいものを持ってあげてね!
ADのお兄さんから渡された、桜餅の入った袋を受け取る…。めちゃめちゃ重いな、和菓子がいっぱい詰まってるのがちらりと見える。
≪はい、それでは、大食い大会を締めさせていただきます、このあとは30分の休憩をはさみましてのど自慢大会を開催いたしますので、よろしくお願いいたしまあす!≫
「石橋くぅん、ごめんね!なんか変なことになっちゃって!彼女怒ってない?!……笑ってるからいっか!!!」
「はは、由香は心が広いんで大丈夫です。先輩お疲れさまでした。すごいですね、優勝しちゃうなんて。びっくりですよ。」
ステージの段差を下りながら、東浦先輩の雄姿に目を瞠る。改めて間近で見ると迫力がすごい。縦ロールの巻き髪にふわふわとした猫耳が実にマッチしている、ヘッドドレスも実にかわいいな、メイド服って華奢な子にしか似合わないと思ってたけど、ダイナマイト体型も相当似合っててかわいいぞ、むちむちとした絶対領域が…僕の中の別の嗜好を呼び覚ましそうだ。ミニスカートの端からは猫しっぽが!なんだ、このパワフルな見た目にそぐわない、あざとい感じは。
「ももちゃんおつwww」
「すごかったです!!感動した、崇めてもいいです?!」
「相変わらずの食欲ですね、おなか大丈夫ですか?」
「はは!崇めるとかウケる!平気平気!ごめんねえ、なんか彼女の位置取っちゃった、お詫びにこれ。一パックあげるね!」
近づいてきた三人娘に、あの食欲魔人の東浦先輩が、桜餅のパックを差し出しているぞ!!!鬼の霍乱ってこういうこと言うんじゃないの!?
「わあ、いいんですか!ありがとうございます!ねね、みんなで一個づつ食べよう♡」
「わーいwww買わなくて済んだ、めっちゃうまそう!」
ついさっきおなかいっぱいになるまで美味しいものを食べたばかりなのに、よく食べられるね……。甘いもの好きの女子の底力、恐れ入る。僕も甘いモノは好きだけどさ、ここまでは、うん……。
「いただきまーす!カナキュンの分、はい!!!」
「あ、ありがとう。」
差し出されたからには、食べないといけないよね。……まあ、食べられないことは、ないか。布施さんから、手のひらサイズの桜餅を受け取って…、一口……、ムム、案外さっぱりとした甘さで、さわやかな桜の香りと葉っぱの塩気が…モグモグ、これは上品で繊細な美味さだ!!いくらでも食べられそうな…いや、それでも50個は絶対に食べられないけど!!!
「「「「美味しい!!!」www」」」
「でしょう!!!あたしまだ食べられる!!帰りに追加で買っていこうと思ってるんだー!!!」
あれだけ食べて、さらに入る余地があるというのか!!!もうさ、胃袋の中に胃次元空間でも広がってるんじゃないの。
にこやかに話す大食漢を目の前にして、僕と由香、森川さん、布施さんは、ただただ目を丸くして桜餅をモグモグする事しか、できなかった。




