卒業式
「もう!彼方ってば全然LINEグループ見ないんだもん、ダメじゃない!他のお手伝いの皆さんにちゃんと謝ってよ?」
さっきまで赤い顔をしてじたばたしていた由香は、腰に手を置き、空に向けた人差し指を小刻みに動かしながら僕に説教をしている。
……新しいヘアスプレーでも買ったんだろうか、鼻腔をくすぐる香りが、ほんの少し、甘くなったような。そういえば、いつも風にふわふわと揺れる、毛先のカールした髪が…今日はやけにおとなしく纏まっている。活発な由香らしくない、大人の雰囲気を纏ったエレガンスなウェーブ。へえ、同じ髪型でも、ずいぶんイメージが変わるんだな……。
感心しつつ、手触りはどうかと、さりげなく手を毛先に持ってゆく。…うん、いつもより若干、しっとりとしているな。跳ねている髪先を指先で丸め直しているふりをして、と。あんまり遊んじゃうと怒られちゃうから…、この辺でやめておくか。
「うん…、正直忘れてた、あとで直々に謝るよ。」
そういえば結城先生がお手伝いラインを作ったとか言っていたなと、当日になって思い出している僕がいる。あんまり人数が集まらなかったこともあって、好奇心があまり持てなかったというか、当日の配置が外と中に分かれることもあって、あまり接点が持てそうにないという先入観がチェックを怠らせて…うん、これは言い訳だな。
「…彼方のスカート見られるかなって思ってたんだけどなあ。」
少し不満そうにこちらを見る由香。
「……なんだい、もしかしてそのためにお手伝いを買って出たんじゃないだろうね。」
「さあ?どうでしょう、ふふ!」
ずいぶんニコニコしているじゃないか。怪しいな……。
そんなに僕のスカート姿を、見たいというのだろうか?高校生の時は普通に制服でスカートを着用していたんだけどな。
そこまでご要望があるのであれば……ものすごく可愛らしいフリルたっぷりのカントリーファッションワンピース着用で、ラタンバスケットにサンドイッチを詰め込んで参上してみようか。一度くらいはやってみたい気もする。もちろん頭には大ぶりのリボンが付いた麦わら帽子をかぶり……、いや、ヘッドドレスの方がいいかも?足もとは白い靴下にバルーン・トゥの厚底シューズをはいて……うん、絶対に合わないな、やめておこう。
頭の中で描いた己の不似合いな様相を振り払いつつ、気を取り直して微笑みを携え、由香を見る。
「僕は今日体育館の中で受付をするんだけど、由香はずっと外で案内?」
「私は午前中正門前に立って、会場案内のお手伝い。そのあと謝恩会も行くことになってるよ。」
今日のお手伝いは全部で13人、そのうちの5人は午前中だけ参加で、残りの8人は県庁横の謝恩会会場まで参加なのだそう。午前中組は、ドレスコードの関係で謝恩会参加をあきらめた人達らしい。大学構内での案内だけなら、普段着でもオッケーなのだそうで。
なお、お手伝いしてくれた人には、学生部から薄謝が渡されるとのこと、なんだそれ、初めて聞いたぞ……。まさか学生会役員はタダ働きなんてことはないだろうね。見返りが欲しいわけじゃないけど、わりと身を粉にしているんだから少しくらいは労いのようなものを見せてほしいというか。
「あ、そうなんだ、じゃあ、一緒に謝恩会会場に行かないかい。僕会場行きのバスの最終便の見届けすることになっててさ。」
謝恩会会場へは、三つのグループに分かれて向かう事が決定している。
先発の河合先生、三上先輩、早瀬先輩、森川さん、ティア、佐藤さんは卒業式終了後速やかに謝恩会会場に向かう。会場入り口でドアの前に立ち、侵入者を止める要員だ。河合先生の車で移動する手はずになっている。
次発組は、相川先輩、楠先輩、東浦先輩、柴本さん、お手伝いの皆さん。卒業生達を誘導しつつ、自分のタイミングで会場行きのシャトルバスに乗り込むことになっている。到着後、会場で先発組と合流しドア前に立つ。
後発組は、僕と結城先生。シャトルバスの最終便を見送ってから、大学構内に謝恩会参加希望者が残っていないかチェックをして移動する。
卒業式は全員参加が決められているものの、謝恩会は自由参加なので出席しない人もいるらしい。最終便まで残る人は毎年まずいないそうで、多人数いなくてもいいっていうから、じゃんけんに負けた僕が引き受ける事になっちゃってさ。大学構内にシャトルバス最終便のお知らせ放送をし、会場に行きたいのに行けない人がいないことを確認してから、ここを出ることになっているのだ。
地味に結城先生の車ってあんまり乗りたくなかったというかさ。なんていうか、車の中がこう…お菓子のクズだらけっぽいし。ひとり寂しく、電車で向かおうかなと思っていたんだけど、由香がいるなら楽しく移動できそうだ。
「うん、知ってる!だから今日、車で来たの。助手席、乗るでしょ?この辺りの事も、グループルームで結城先生とやり取りしてたんだよ?全然既読付かないから彼方に連絡しようとしたら、河合先生が面白がっちゃって、もう言わないでおこう、当日驚かせようって話になってね……。」
僕の知らないところでいろんなやり取りがあったらしい。わざわざコミュニケーションを妨害してくるとかさ、人としてどうなんだ。あのおっさんは、本当にどうしようもないな……。
お手伝いの皆さんに頭を下げ下げ、不愉快なおっさんににらみを利かせつつ卒業式の受付に精を出す事30分。ずいぶん混雑も落ち着いたので、ほぅとひと息ついて、ティアの横にあるいすに座ろうと一歩踏み出した、その時。
体育館の端の方から、パタパタと足音が聞こえてきた…、こちらに向かってくる、チビッ子…あれは!!!
「いっしばっしく―ん!!ちょっともー、何そのイケメン!も~、お姉さんナンパしちゃうぞ♡」
どう見てもお姉さんに見えない、早季先生のご登場だ。グレーのリクルート?スーツが実に似合っていない、完全にスーツに着られている、どう見ても中学生がお母さんのスーツを興味本位で着てみたって感じだ。これで16歳・6歳の子持ちとか、何かおかしな生体治験でも試してるんじゃないの。
「ナンパされてもなびきませんよ。僕にはとびきりかわいい相手がいるので。」
「Hang on, what did you say?!」
「え!!!そうなの?!」
会議用テーブルの向こう側で、ティアと佐藤さんが目を白黒させている。なにか英語で話してるけど、よく聞き取れないな。なに言ってんだろう。
「ああ!由香ちゃんでしょう!!!さっきここ来る前にパパと一緒に挨拶してきた!!大丈夫、腕組んでもいいって許可は取ってあるから、あとで一緒に写真撮ろうね!!お姉ちゃんが見たいってうるさくってさ!!!謝恩会行くんでしょ!!あたし謝恩会一発目のあいさつ任されててさあ、いつもパパと並ぶとざわつかれるからね、今年は若いツバメ風に行こうと思ってて!エスコート頼みたいんだよね!!」
この人間関係学科心理学部の元名誉教授は、いったい何を言っているんだろう……。
「はは、僕、会場でドリンク係やるんで無理ですね。例年通り結城先生にエスコートしてもらってください。というか、結城先生を会場に放ったら卒業生たちの食事がヤバいので、絶対に捕獲しておいて下さい、お願いします。」
「ええー!けち!!!」
≪≪間もなく第38回卒業式を始めます。学生の皆様、保護者の皆様、来賓の皆様はお席に着かれますよう、お願い申し上げます。なお、携帯電話の電源はお切りいただくか、マナーモードに設定をお願いいたします≫≫
体育館の中に、落ち着いた早瀬先輩の声が響き渡る。ざわついていた空気が少し引き締まる。
「早季先生、早く行かないと。ほら、壇上の端で羽矢先生が手招きしてるじゃないですか。」
「ホントだ!じゃあまたあとでね!」
パタパタと走り去ってゆくチビッ子を見送り、椅子に腰かけようとすると、今度は後ろの方からどすどすという地響きが。
クルリと振り向くと、東浦先輩と楠先輩だった。楠先輩が来たという事は、外の案内係もそろそろこっちにやってくるかな?相川先輩は…ガウンの箱をチェックしているのか。あ、こっちにきた。反対側で記念品を配っていた森川さんと柴本さんもこちらにやってきたぞ。
「お疲れー、段ボール後ろに置いてきたよ!回収の時フォローよろしくね!」
「おつー!ガウン、あまりが10だったよ。ねえねえ、式が終わるまで外で何か食べてたらまずいかな?あたしおなか空いちゃったんだけど!」
「おつおつwww」
「……で、す。」
「おちゅかりさまでつ、ちょりあえず式の最中はドア締め切りでちたから、おとなしく座っておくべきだす、はひ。謝恩会でたらふく食べれるですで!」
式の最中、仕事のない学生会役員とお手伝いは体育館の後ろで椅子に座って待機する事になっているんだけど…。目の前でおなかの鳴る音がけたたましく聞こえてきてるのが非常にこう、目立つというか。今は少しざわついてるからいいけど、しんと静まり返ったら、卒業式の厳粛な雰囲気がぶち壊しになったりしないかい。
「おぃっす!どお、欠席者いた?景品余った?」
「欠席者は三名ですね。ガウンの余りが10だそうですよ。」
「景品は6余ったよwww要らねって人が二人いたw」
体の大きさに合っていないスーツを着込んだおっさんがやってきた。去年の入学式の時は普通にカーキのスーツを着こなしていたのを見た覚えがあるから…、この一年で相当増量したんだな。この調子では、来年袖を通すこともままならないに違いない。
「じゃあ、余った分とチェック済みの名簿は事務局に持ってくから!それ終わったら外で待機、またはここで待機ね。ちなみに外組は今カフェで芝さんの差し入れ食ってる、腹減ってる人は行ってきて!俺も行くけど!」
「あたしいこ!」
「あたしも!」
「わ私は、まてますひゃい。」
「……ってます。」
「ひあうぃごー!」
「待ってます。」
「あたしゃいいだよw」
……うーん、お腹は空いていない、しかし由香に会いたい、だけど来年の卒業式の運営の事を考えるとここにいてしっかり見学しておいた方がよさそうだ。
「僕も残ります。由香によろしく。」
「わかったよ!まったくこのスケコマシがっ!」
≪≪これより第38回卒業式を始めます。学生の皆様、保護者の皆様、来賓の皆様はご起立をお願いいたします≫≫
腹立たしいおっさんに文句を言おうとした時、卒業式が始まったのであった。




