面接、終わる
「じゃあ、三年生の方から、お呼びしますね。ええと、十和田真紀さん。」
ここからの進行は三上先輩だ。立ち上がってカンニングペーパーを手にしているちびっ子は、心なしか、緊張しているような気がしないでもない。まあ、さっき一瞬、場の空気がおかしなことになったからな……。
「あ、今帰っちゃった子だよ!」
緊張感のないへらへらした様子で、ゴージャスなソバージュヘアの女子が声を上げる。……じゃあ、この人がもう一人の三年生かな?確か三年生は二人だったはず。あれ?でもなんか微妙に違和感が・・・。そうだ、三年生は二人で、そのうち一人は美学の先輩だったはず。
「えっと、じゃあ、あなたが楠さん??」
「あたしは垣内だよ!留年しちゃって!!二年なんだよね!!えへへ…!!」
この大学って、留年するのか。微妙にびっくりだぞ。なんていうか、平和な田舎の大学だし、みんな順調に卒業していくものだとばかり思っていた。
「そっか、じゃあ、先に楠さんからお話聞こうかな、ええと、楠瑞希さん……美学の三年生の方。」
「ははははははい、わた、わた!!ご、ごめんなさい、えっと緊張が緊張で、その―!!!」
めちゃめちゃテンパってるな、手を上げてくださいって言われたのに、立ち上がって胸の前で激しくバイバイ?をしている、かわいらしいブレスレットが吹き飛びそうだ。…あれ、手作りだよね。めちゃめちゃセンスいいな、カントリー調のウッドビーズのチョイス、羽の色、革ひもの長さ・・・ただモノではないな。
「あ、立たなくて大丈夫、緊張しないでね?えっと、この応募用紙の「思い出が作りたい」って一言だけ書いてあるの、すごくインパクトあったんだけど、その意図を聞かせてもらってもいい?」
ぽすんと若干跳ねる感じで腰を下ろしたテンパり女子。
この人の申込用紙は実に印象深かったんだ。僕がぜひとも入ってほしいと願った人。美学三年という事は、この大学の美学学科創設時の入学者であり、第一期生。四年生のいない美学学科で最先端を行く、貴重な先輩!ゼミの事とか、授業のレポートとか、テスト対策や裏情報なんかを学生会活動の合間に、ぜひとも恵んで欲しい!学生会メンバーとしてというよりも美学の先輩として切望しているあたり、目的がずれているわけだけど、まあ、それはそれという事で。
「ええとー!私は、こんな調子なので、その―!なんていうか、毎日必死過ぎて、いい思い出が作れず―、もう四年だし最後の一年くらいは自らきっかけを得ようと―!!!」
悪い人じゃなさそう、むしろ、質問しているこっちが追い詰めてるみたいで罪悪感が……。
「わ、わかりました、じゃあ、次、えっと、垣内誉さん?人間関係の二年生…時間を有効活用したいって書いてあるけど……。」
「へーい、あたしはね、留年しちゃって、時間余っちゃってんのよ、だから面白そうなことやってる学生会に入りたいなって思ったんだ!」
時間が余っているという割に、派手に遅刻をしてきたんだけど、そこらへんはどうなんだろう。…なんか早瀬先輩が渋い顔をしているような気がしないでも、ない。そうか、同じ人間関係の三年生になっていたかもしれないわけで、顔見知りなのかもしれないぞ。
「さっきあなたが来る前に皆さんには話したんだけど、学生会に入ったら毎日ここに来ないといけないの、……これそう?」
「もちろん!っていうか、むしろここで過ごさせてほしいかも!空き時間多くて、居場所がないんだよねー!」
早瀬先輩が口をはさむかと思ったんだけど、何も言わないな。……これは明日の選考会議が荒れるかもしれない。
「わかりました、それじゃ、次…人間二年、東浦桃花さん。」
「はーい、モグ、もぐ。」
食べ終わったドカベンの中に、リンゴの芯とおにぎりのゴミ、サンドイッチのフィルムを几帳面に詰め込みつつはち切れそうな左手を上げる、肉弾女子。すごいな、あの量を全部食べ切ったのか。…うちの大ぐらいのおっさんが渋い顔をしているような気がしないでもない。大食い連盟所属者として、負けてなるものかと闘志を燃やしているのかもしれないぞ。
「えっと、毎日の学生生活に変わりがないので新しいことをやりたいと思ったって書いてあるけど……。」
「私、食べる事しか興味が持てなくてこんなんなっちゃったの。毎日おいしいもの食べて幸せだけど、これ以上大きくなるとやばいから、何か始めたいって思ってて。部活はお金かかるし、それくらいならおいしいもの食べたいから、お財布に優しそうな学生会を選びました!」
ものを食べるのをやめたら、結構はつらつとしたテンポのいい声が弾んでいるじゃないか。なんかめちゃめちゃいわゆるロリボイスだな、どこから声出してるんだろう。さっき口に物が入ってしゃべってる時はこんな声してなかったのになあ、どういう仕組みなんだ。
「わかりました、それじゃ、次…人間関係一年、柴本小恋さん。」
「……。」
無言でそっと手を上げる、今にも消えてなくなりそうな、小さなショートカットの、女子……。
「ええと、入学して半年たつけど友達が一人もいない、…親睦旅行が楽しかったので、学生会に入って来年も行きたいってことだけど……。」
「…ぃ、そぅ、で……。」
蚊の鳴くような声、いや、蚊よりも小さい声で、呟く女子……。応募用紙を読ませてもらったけど、この人、めちゃめちゃ切実な事書いてたんだよね……。全文読んじゃうと悲壮感が漂っちゃうから、三上先輩は要約して読み上げてたけど、なんていうか、いわゆるコミュ障の最先端にいるようなイメージ?なんでも、親睦旅行の時、自分から話しかけることはもちろん話しかけられても何も返せず、孤立していたところを早瀬先輩に助けてもらって、その恩返しではないけれども来年は自分が助ける側になりたいと思って勇気を出したって事だった。……変わりたいと願う人だったら、全力で応援したいと思う、自分がここにいる。
「えっと、じゃあ、次……英米一年、宮森ティアラ要さん?」
「はーい!!Hiya!!ティアラはミドルネームでーす!!ティアって呼んでくださーい!」
めちゃめちゃニコニコしている金髪女子が元気よく両手を上げて…こちらのテーブルに向けて手を振って、左手を腰に、右手でサムズアップ、ばっちりつけまつげの大きな目を、ウインク!!なんだこのアメリカンな感じは!!全身ボーダーファッションで決めていて、パリピ感がハンパない…ド派手なプラチナブロンドの割には髪型はおとなしめのロングストレート、ネイルはゴテゴテのギャル感満載、まつげはモリモリだけど唇はヌーディーカラー……なんというか、ちぐはぐ感がすごい。リュックは普通のスポーツブランドのものなんだけどなあ……。
「ええと、小さい頃から海外に行ったり来たりで、あまり日本語が得意じゃない、学校組織に所属して正しい言葉遣いを学びたいってことだけど…。」
「私は、少し人づきあいが苦手なのです!Why do things go wrong……、言いたいことがうまく伝わらないことがあるので、入学後、いくつか部活をやめました…Bitter…。ここは、厳しいですか?」
「There are only kind people in this organization,もぐもぐ、There’s nothing to worry about!」
なんか、ものすごく流暢な英語?!突如爆食のおっさんの口から不届きな吐息以外の言葉が飛び出して…混乱がすごいぞ。クリームパンの袋をひねりつぶしながら発して良いセリフじゃ……ない!!!
「There are two people who can speak English, and there are many people who can only speak Japanese…is that okay?」
右上の方からもアメリカンな発音が聞こえてきて、驚いた。三上先輩の本気を初めて目の当たりにして、若干引いてしまっている僕がここにいる!!思わず右隣を見上げ、口をあんぐりと…ダメダメ、今は面接中だ、気を引き締めなければ!!ぎゅっと唇を閉じて、目を見開いて先輩を凝視する。この人……ただのチビッ子じゃ、ない!!!
「おおすげえなwww何このワールドワイド感www何言ってんだろ、石橋君分かる?」
「分かるわけないでしょ、僕は語学に…明るくないんだ。」
緊張感のない声が左隣から聞こえてきたのでそちらに顔を向けると…森川さんがワクワクしている。その隣の相川先輩は…つやつやのパールピンクの唇を思いっきり開けたままで呆然としているぞ。その奥の早瀬先輩は…手元の資料に目を落としている。ああ、そういえばこの女子の応募用紙は、半分英語で半分日本語で…達筆すぎて英語が読めなくて、三上先輩の訳を読ませてもらったんだった。
「May I speak English? ありがとう、上手な日本語は話せないです、難しくなったら英語が出ます、よろしくお願いしまーす!」
ほっとしたような表情で、明るく笑顔でテンポよく話す金髪女子。この子が学生会に入ったら、明るさが二倍増しになるな、きっと。
今の学生会は、どんよりとはしていないけど、なんていうか、弾けるフレッシュさというか、底抜けの天真爛漫さというか、そういうのがないんだよね。そういう意味では、ぜひとも欲しい人材だ。
「あと英米の一年、佐藤珠美さんは欠席ですね。じゃあ、一応今日の面接はこれで終了になります。今週中に最終決定をして、靴箱に連絡を入れますので、それまでお待ちください。何か質問のある方は、このあと聞きに来てください。本日はありがとうございました。…ええと、今日はこれで解散です、はい。」
今の時間は…12:55、もうそろそろ三時間目の授業のために移動を開始したい時間帯だ。
慌て者の女子、おなかいっぱいになったであろう女子、消えそうで消えなかった女子、ゴージャスなマイペース女子が学生会室から出ていく。…陽気な金髪ギャルは結城先生と何やら話している。やけにオーバーアクションで、それでいて表情がくるくる変わる金髪女子に対して、でっかいおっさんはペットボトルのお茶をぐびぐび飲みながらよくわからない言葉を返している。…あ、三上先輩も仲間に入った。縦にも横にもでっかいおっさんと、縦に大きな女子を見上げるちびっ子……かわいい……。
「何言ってんだかさっぱりわかんねーwww」
「あたしもわかんない、ねえ、あれ、何人の会話?」
「日本人の会話だよ……。」
森川さんのつぶやきに相川先輩が賛同し、早瀬先輩が穏やかに突っ込む。いや、しかしひょっとしたら外国籍の留学生の可能性もある。結城先生はまあ、ただの大喰らいの日本人だとは思うけど。しかし思わぬところで信じられない特技が判明するもんなんだな。わりとかなり相当驚いた、これは由香に話さねばなるまい。
「結城先生はアメリカ暮らしが長かったんだよ。ジャンクフードにハマって身も心も太ったってのがさ、忘年会の十八番なんだ。海を渡って帰ってきたら体重が三倍になってたって話でさあ。」
きれいに食べつくされた学食のトレイを持って、河合先生が話に乱入してきた。……この人面接のとき一言もしゃべらなかったな、おそらく今日のダブルどんセットがおいしすぎて食べることに夢中になっていたに違いない。学食のサラダうどんのおいしさはとても一言では語れず、牛丼のまろやかでしっかりコクのある堂々たる人気メニューっぷりは類を見ず……。
「なに、人って三倍にまで膨れ上がれるのwww」
「あの人昔50キロしかなかったらしいんだよ!俺写真見て腰抜かしたもん。」
「すごい!!!あたしもアメリカ行って胸だけ膨れてきたい!!」
「胸以外が三倍になる可能性の方が高いんじゃない?」
「つか結城先生の写真見たいなwww」
「あれは見といたほうがいい、人生変わる!!」
「あたし見せてもらったことあるよ!!わりと人生変わったもん!!」
「早季先生に頼んだら見せてくれるよ、今度来た時お願いしてみたら?」
なんだ、やけに話が盛り上がってきたぞ。
「はいはい、その話はまた明日、選考会議で。もう一時過ぎたよ、三時間目の授業、遅れますから。・・・はい、出るよ!!」
時間があったら会議机をしまおうと思ってたんだけど、ちょっと無理そうだ。明日に持ち越しだな、そんなことを考えつつ、わいのわいのと騒ぐ学生会メンバーを出口に追いやる。
「お疲れでーす、また明日!!」
「おつwww」
「お疲れー!」
「うぃーっす。」
「会長、カギ頼むね。」
「あ、私ももう行くよ、結城先生、カギ掛けといてください!」
「会長さーん、あたしも帰る!」
「おわー、俺カギ持ってきてない!出るからあとよろちく―!」
なんだ、この騒がしさは……、いつもの事か。




