面接
水曜、由香と一緒に〈タコテリア〉に行って十時のおやつを食べた僕は、珍しく学食を買わずにサンドイッチを抱えて学生会室に向かった。
意外とたこ焼きっておなかにたまるんだなあ、いつもだったら心地良くおなかが鳴り始める時間なのに、全く鳴る気配がないぞ。
……もしかしたら、一味マヨネーズを食べてしまったので、胃袋がボイコットを起こしているのかもしれない。僕の辛いもの嫌いは、胃袋からきていたんじゃないの……。今度食べに行った時はネギポン酢にしよう。
「なんかユカユカ、生き生きしてるねwww石橋君のイケメンっぷりも上がったし、いやあええもん見せてもらってる感パないっす、拝んでいい?」
「はは……、やめてくれる?」
僕の横で、くりっくりのヘーゼルアイをキラッキラさせながらニヤニヤと見上げているのは、森川さんだ。
月曜、由香と和解?仲直り?意思の疎通?今後の意識改革を共にすることが決定した僕は、先週の憂さ晴らしをするがごとく、遠慮という二文字をポイとゴミ箱に投げ込んで自由気ままに振舞った。
由香が通りかかればすかさずちょっかいをかけ、あんぐりと口を開ける垂れ目少女を横目にリップサービスに努め……、それだけでは飽き足らず、チャンスを見つけては頭ポンポン、髪先クルクルをお見舞いし。
真っ赤になった由香の強烈なツッコミを受けつつ、実に満たされた日々を送らせてもらってだね。調子に乗った小学生男子みたいだと言われてしまったわけだけど、まあ、そんなに悪い気はしない。
僕と由香の関係性が少し変わったことに目ざとく気が付いた森川さんは、何やら思うところがあったようで、前髪を上げるようになったんだ。
昨日、パソコンの授業前に由香と三人で話をしたんだけど、森川さんも変わる決心をしたんだってさ。しばらく目が泳ぐかもしれないので、大目に見てくれってお願いをされたわけだけど、大きな目が揺れるのは実にこう、ついつい追いかけたくなるというか、いつまでも見つめていたくなるっていうか。まあ、それを伝えたら、速攻由香にタラシてるって怒られたわけだけれども。
「あれ、珍しいね、学食じゃないの?」
「一時間目にタコテリア食べてきたんですよ。まだおなか空いてなくて。」
学生会室に向かう途中、早瀬先輩に遭遇した。先輩は相変わらずお昼はコーヒーで済ます模様。この人全然食べないんだよね、めちゃめちゃ細いから心配でたまらないんだけど……飲み会の時は普通にバクバク食べてたからなあ、夜しか食べないタイプなのかもしれない。
三人で並んで、面接の話をしながら歩いていたら、学生会室の前あたりで何やら後ろの方からどたばたと足音が聞こえてき……「あああああのー、ええっと―!!私はですね、面談があると聞いてですね、伺った次第ですけです、はわわ、すみません、ひーん!!!」
やけにテンパったお嬢さんが、目を白黒させながらじたばたしている。……面接の人だよね。そんなに緊張?あわてるほど、うちの学生会は畏まってないんだけどなあ、もっと落ち着いたらどうなんだ。
「面接の方ですね?応募ありがとうございました。今から僕たちも学生会室に行くので、ご一緒しましょう。よろしく、お願いしますね?」
にっこり微笑んで、右手を差し出すと。あれ、何で口をパクパクとしてるんだ、なぜ手を胸のあたりでパタパタさせてるんだ。…あ、右手が出てきた、そっと握って、さらに追加で笑顔を向ける……。
「石橋君のタラシっぷりに磨きがかかってる?!」
「ユカユカロスの煽りがこんな所にwww」
「何言ってるのさ!!」
「ひ、ヒィイイイイイ!!!ごごごごごめんなさいぃいいいい!!!」
クラシカルアレンジの三つ編みが、僕の声でぴょんとはねた。めちゃめちゃおとなしそうな、お嬢様っぽい雰囲気の人なんだけど、こう、口を開くと途端に……。大丈夫なんだろうか、心配になってきたぞ。
「ああー、ごめんごめん、今開ける、今開けるから!!!」
「ウイーっす、面接の人、来てるー?」
パタパタと駆け寄ってくるちびっ子……三上先輩が、慌ただしく学生会室のドアを開ける。後ろからのっそり現れたのは、モンブラン二つと牛丼とサラダうどんのセットをトレイの上にのせた河合先生だ。
「おぅ、楠くん。なに、学生会入るんだって?」
「ハハハハハはいー、入ろうと思ったんです、ダメですかねえ、ダメそうならかえります、すみませんです、はい……。」
うん?どうやら河合先生の知り合いらしいぞ。昨日の事前打ち合わせでは何も聞いてないんだけどな。地味に重要な事なのに、何で言わないんだ。
多分、美学学科の先輩だよね?だとしたら、絶対に残ってほしい所だ。僕は部活に入っていないこともあって、美学の先輩に伝手がない。さりげなく、チェックをしつつ、学生会室の中に入って行く……。
「ええと、では面接の方は、こちら側に並んで座ってお待ちください。お昼食べながらでいいので、持ってる人は食べてくださいね。」
三上先輩の言葉に従って、美学の先輩?と金髪の背の高い女子が着席する。
面接は12:30スタート予定。昼休みが12:10~13:10なので、お昼を食べながら面接を行うしかないんだよね。面接のためにお昼抜きにするわけにもいかないってことで、お弁当持参で学生会室に来てくださいと通達済みだ。
昨日、いつも僕らが囲んでいる大きな会議机をたたみ、四人並んで座れるサイズの会議机を四つ並べたんだよ。真ん中に空間を開けて長方形に並べ、面接者が八人、学生会メンバーが七人、対面するような形にセッティングしたんだけど、地味に端っこ同士の距離が遠すぎるような気がしないでもない。
今の時間、12:15、さっきの慌ただしい先輩?と、金髪女子が並んで、何やら楽しそうに話をしながらお昼を食べている。
その横に、入り口に立つ早瀬先輩の誘導で入ってきた肉弾系女子が座る……すごいな、めちゃめちゃ大きなお弁当箱と、サンドイッチが、三つ?!……ちょっと待て、かばんから何か取り出してるぞ、あれはおにぎりとリンゴ!!ひいふうみい……五個も食べるの?!思わず目を瞠る、目が離せない、目を皿のようにして注目!!!
隣の森川さんも、サンドイッチを食べながら目を真ん丸にしてるぞ!!めちゃめちゃかわいいんですけど!!!
「おぃーっす!!おわ?!何この弁当!!めっちゃ食うな!!あ、これ新作のおにぎり!!俺買いに行ったとき品切れてたのにー!!!」
「三軒回ってモグモグ、確保したんですよ、ング、執念足りないんじゃないですか!」
両手にレジ袋いっぱいの菓子パンを抱えているというのに、実にひもじそうな表情で人のおにぎりを見つめる、爆食中年!!!
「ねーねー、二年の島さんね、友達落ちたから辞退するって連絡あったよ!」
やけに朗らかに残念なお知らせを口にする相川先輩の登場だ。
その後ろから、ものすごいばっちりメイクの真面目そうな眼鏡女子がやってきて、スマートに席に着いた。……あれ、爆食女子に気を取られている間に、いつの間にかこじんまりとした女子が座ってる、肉弾女子の横にいるからか、めちゃくちゃ小さく見えるな。なにも食べてないし飲んでないけど、大丈夫なんだろうか。
「お昼持ってきてなくて大丈夫ですか?よかったら、コーヒー飲む?」
じっと机の上を見つめている小さな女子に、早瀬先輩が声をかけている。
「ぁ、大丈夫、で、……。」
めちゃめちゃ声小さいんだけど!!!結城先生の鼻息で吹っ飛んで行きそうだ。
「あの、もう時間ですけど、始まらないんですか。」
眼鏡女子の声で、12:30になっていることに気が付いた。今いるのは、五人。一人辞退したから、あと二人足りてないことになるんだけど、待つべきか、それとも。
「少し人数足りないけど、始めましょうか。……ええと、では、石橋君、お願いします。」
三上先輩に促されて、手元のカンペを手に、立ち上がる。
「皆さんはじめまして。学生会副会長の、美学一年、石橋と言います。この度は学生会役員募集にご応募いただきまして、ありがとうございました。」
学生会の活動内容と年間行事を、淡々と口頭で説明させていただく。
手元をじっと見つめながら耳を傾ける女子、こちらをニコニコしながら見つめている女子、こちらに注目しつつ口と手は食べ物をしっかり捕らえて離さない女子、手を膝の上に置いて消え入りそうなか細さを前面に出しつつこちらを伺う女子、ものすごい目力でこちらを睨み付ける女子……。
書いてあることを読みあげてるだけなのに、実にこう、疲労感がハンパないんですけど。
「すみませーん、遅れちゃいましたー!間に合わなかった―!」
卒業式の説明の最中、ずいぶん派手な髪型の女子が滑りこんできた。柳ヶ橋のアパレルのお姉さんを思わせる、くっしゅくしゅのソバージュポニーテールが、勢い良く座った瞬間ばさりとはねた。
時間は12:43、うーん、遅刻の理由にもよるけど、ルーズな人は困るかなあ……。わりと僕は時間に遅れる事を、良しとしない、十分前行動を推奨するタイプだったりするんだよね。
「あれ!!トワじゃん、あとで詳しいこと教えてね!!」
「ちょっと!今説明してもらってる最中でしょ!!静かにして!!!」
どうやら、眼鏡女子と遅刻女子は顔見知りらしいぞ。
「……では、学生会の活動内容について、ご質問がある方、いましたら挙手してください。今から質疑応答をして、そのあとこちらから質問、自己紹介
「役職は何が余ってるんですか?私会長やりたいんですけど!」
眼鏡女子の言葉に、少し空気が、変わった。右隣の、三上先輩が息をのんだ気が、する。その隣の結城先生も、一瞬クリームパンをつかむ手が、ぶれた。河合先生はどうだろう、まあおっさんはほっとこう。
……今、僕の言葉をさえぎって、質問したよね。もしかして、桜井さん系の人の可能性、あったり、する?
「何年生ですか?一年生か二年生だったら来年なることもありますけど
「今三年なんで、今年なりたくて。今って後期でしょう、後期会長になれるんじゃないんですか?」
「会長は一年間の任命なんで、無理だね。役職なしになるけど、それじゃあダメなの?」
「役職が付かないと履歴書に書けないから……すみません、やっぱり、学生会辞めます。」
眼鏡女子は、椅子から立ち上がり、そのまま学生会室から出て行ってしまった。うーん、本当に役職目当てで学生会をやろうとする人、ホントにいるんだな……。わりと心底驚いている自分がいるぞ。
「悪いんだけど、役職欲しくて来てる人、他にもいる?いたら自主的にお帰り願いたいんだけど。」
結城先生が、チョコだらけの指を舐め舐め、ややテンションの低いオーラを纏いつつ、一言。やや憮然としているのは、昔あった出来事を思い出しているのか、それとも目の前で食べられている新作おにぎりがうらやましくてたまらないからなのか。
残った五人は、きょろきょろはしているけど、立ち上がる様子はない。
「他、何か聞きたいことがある方、見えますか?」
もじもじしてたり、ニコニコしてたり、バクバク食べてたり、じっとしてたり、へらへらしてたりはしてるものの、手の上がる様子はない。
「じゃあ、応募用紙を見ながら、こちらから質問させてもらいますね、お名前呼ばれたら、手を上げてくださいね~。」
応募用紙には希望動機が書かれているので、それを確認しつつ、人となりを見ていこうという作戦だ。……どうぞ、難しい人がいませんように。
祈るような気持ちを込めて、一人一人応募者の皆さんを見つめて、僕は着席したのだった。




