場所
あれだけ僕に向かって罵詈雑言を浴びせたというのに、打って変わって落ち着いた雰囲気で、穏やかに微笑みを浮かべる…結城先生の、奥さん。ついさっき血走った目で僕を睨み付けていたのが嘘のようだ。
「石橋君は…強引な人、苦手なんでしょう?なので、強引に攻めてみました、…怖かった?」
じっと僕を見つめる目が、わりと…笑っていないぞ。なんだろう、観察しているような、目?優しいんだけど、厳しさのようなものが、向けられて、いるような。
「怖いというか、困惑しました。…すごく、耳が痛かったというか、そうですね、自分を、改めて、再確認できた感じ、です。」
…そうだ。
奥さんは、実に僕の悪い所を、突いて、くれたのだ。
間違った気の使い方。自分の意見を言えない弱さ。いまいち踏み込めない、踏み込もうとしない、一歩引いた立ち位置。自分が我慢すればいいという、おかしな、自己犠牲。
自分の、いびつな部分を、これでもかと…叩きつけられた。
「私、昨日小学校でね、四年生の子に同じような説教したの。石橋君は…それくらい、ごめんね、…幼いよ?ケンカとか、しないで大きくなった感じ?」
「ケンカは…したこと、ないですね。軽い言い争いなら、ありますけど。」
誰かと、争うのは。
非常に、怖いもので、あると。
―――よそもんは今すぐ、出て行け!!!
―――あんたが出ていけ!!!
―――やめないか!!!
――に、兄ちゃん…。
―――彼方、海行こうぜ!!
―――彼方!!気にしなくて、いいから!
…あれは、中学生になったばかりの、頃、だ。
いつも、黙って耐えていた、母親が。
突然、爆発、したのだ。
…いわゆる、嫁、姑問題。
陰険で意地の悪い祖母は、何かと母にきつく当たっていた。
事あるごとに、ねちねちと文句をつけて、そのたびに、母は頭を下げていた。
―――申し訳ありません。
―――謝って済むなら警察はいらないんだよ!
―――申し訳、ありません。
母は、自分が、我慢すればいいと、思っていたのだ。
母は、自分が謝って、丸く収まるならと、頭を、下げ続けていたのだ。
・・・だが。
その、矛先は、いつしか。
―――女らしい恰好ができないのかね!!
―――男らしい恰好ができないのかね!!
―――みっともない!!!
―――憎たらしい顔だよ、嫁そっくりだ!!!
とりわけ、母と面立ちの似ている、僕と次兄が、ターゲットになった。
事あるごとに、非難をされて、そのたびに母親が切れるようになって。
いつも、家の中が・・・ピリピリとしていた。
爆発が起きた時は、いつも長兄と次兄が、僕を連れ出してくれた。
ケンカの醜さを、攻撃性を、知ってしまった僕は。
ケンカというものが、出来ない人間に、なってしまったのだ、多分。
ケンカになりそうな因子を、ことごとく潰さねば安心できなくなってしまったのだ、おそらく。
だから、いつだって、中立を貫き、言葉を、意見を、選んで、当たり障りのないことを口にし……。
「言いたいこと、言えてる?誰かの返事を予測してばかりだと、疲れちゃう。期待に応えるのが、会話じゃ、ないんだからね?」
「石橋君ね、学生会ではけっこう言いたいこと言えてるのwでもね、一般人多いと、おかしくなるのさwww」
森川さんの言葉に、少しだけ、驚いた。僕の事、わかって、いる……。僕の事を、ちゃんと見てくれていた……。
どうせ、誰も、僕の言葉なんか。どうせ、みんな、自分の言いたいことしか言わない癖に。……頭のどこかで、いつもあきらめていた。人の輪に入りながら、いつだって心は輪の外に置きっぱなしの、僕。だけど、学生会では…いつだって、ど真ん中に、心が。
…僕が、失くしたくない場所…学生会。僕が、言いたいことが言える…場所。
「なんだ、場所があるなら、大丈夫かな?そこからさ、自分の言葉が出せる場所を広げていくといいよ。言いたいこと言える人、ちゃんといる?」
「……います、よ。」
由香、森川さん、布施さん、学生会のメンバー、コミュニケーションを取る相手は、たくさんいる……
「石橋君ね、多少変なこと言っても、あたしやユカユカやフーさんは突っ込むだけだから安心せいwww遠慮せずに話して良いのさ!」
・・・なんだ、この。
・・・なにかが、こみ上げて、くる。
・・・なんで、僕は。
目が、潤んで、いるんだ・・・?
「ぼ、僕は……。」
「っ、ねーねー!!ところでさあ、さっきから気になってるんだけど、このいいにおい、何?!」
「あ、これね、結城先生に賄賂として差し出そうと思って私焼いたのwwwスコーンだけど食べます?」
「え!!ほんとに?!パパ、パパ―!!いいもんもらったー!!!」
・・・ちょっと!?
何?!なんだ、この急展開は!!!
人がしんみりしてたら、これだよ!!!
僕の事けちょんけちょんにした&的確な助言を与えてくれた人とは思えないぞ!!!
何このフレンドリーな会話、穏やかなほっこり感!!
紙袋を手に、ちょこまかと走っていく、女子っぽい、奥さん!!!ぱっと見は僕と同世代にしか見えない…!!!これがいわゆる、美魔女?!いやいや、魔法少女と言っても過言ではない!!!
「…奥さんさあ、今は小学校でスクールカウンセラーやってるんだってw言ってることめっちゃ…すげえ的ついてるな、さすがだ…。拝むか…。」
森川さんが両手をあわせて拝んでいる!確かに偉大な指導者の風格がものすごいけどさ、あの大きさでは小学生に間違われてもおかしくはない…!!!スゴイな、結城先生と並んでいる姿…、どう見ても親子にしか見えないぞ。なんというか、混乱が、押し寄せてくるんだけども!
「もりかわくぅん、ありがとー!全部もらっていいの?」
「どぞどぞwwwその代わりぜひともユカユカの護衛をおねげえしますだwww」
図書館カウンターからみちみちと抜け出して、どすどすこちらに歩み寄る熊男に向かって、揉み手をしながらへらへらしているちびっ子が僕の横に!!!
「いーよ!っていうか、さっきさあ、なるべく図書館においでって言っといた!司書室でパートさんたちお昼食べてるから、一緒に食べなよって言っといた!多分来るかな?確か三浦さんって芝さんと仲良かったでしょ?」
芝さんというのは、この図書館に毎日来ているパートさんの事だ。雑誌の管理を主にしていて、たまに由香とレシピ雑誌の話で盛り上がっているのを見かける。なんでも、同じ小中学校出身なんだってさ…。
「芝さんがいるなら…安心です、よろしくお伝えください。」
「おっけー!」
昼食時は結城先生も学生会室に行ってしまうから、危険だ。だけど、司書室に入ってしまえば回避は可能なはず。学生の立ち入りは基本的に許されてはいない。
「もぐもぐ!!これ、もぐ、ちょーおいしいじゃん!!さくらこちゃんさすが!!!ねえねえ、また食べさせてね!!うわあ、一袋はお姉ちゃんとぐみちゃんに持って帰ろ!!!」
「さきちゃん俺の分まで食べちゃやだよ!!もー!これ没収ね!!!」
「触んないでよデブ!!あと50キロ落ちたら食べてよし!!!」
「ひどーい!!!いいもん、食べちゃお!!パク、パク…!!!」
「ちょっと!あたしの食べかけ!」
「うーん、気のせい気のせい!もぐもぐ!」
・・・なんだ、この夫婦は。仲がいいんだか悪いんだかよくわかんないな。漫才見てるみたいだ。
「ちょーウケるwwwいいな、こういうのwww」
「おもしろいけど、なんか違う……。」
朝から信じられないくらい…感情が揺さぶられて。
ずいぶん、心が、摩耗した気がするけれども。
やけに、胸が…晴れやかなのは。
奥さんの、ショック療法が、効いたんだろう。
森川さんの、一言が、身に染みたんだろう。
大丈夫。きっと、僕は…戦える、はず。
大丈夫。飲み込まれたり、しない。
騒がしい、図書館ロビーのソファーの上で、僕は…戦う覚悟を、決めた。




