冷える、心
一限目の授業中である時間帯だというのに、学食には、ちらほら、人がいる。二時間目まで時間を潰しているらしき人、朝ご飯を食べている人、ケーキとお茶を前にして、ノートパソコンを広げている人も何人かいる。…卒論っぽいな、四年生の人かな?
「カナキュンはケーキ何にする?」
「いや、僕は…おなかすいてないから、コーヒーだけにするよ。」
学食のコーヒーは一杯100円という安さでありながらドリップ式のもので、しかもかなりサイズが大きいのが魅力だ。空き時間はだいたい図書館に行っているし、昼休みは学生会室に行っているから…僕はあまり飲む機会がないけれど。お昼にランチメニューを頼みながら、いつか飲みたいなって思ってたんだ。いつもは、食後に飲むものはお茶だと決めているからね。
…いい機会だと、思っておこうか。券売機に100円を投入し、出てきた食券を持って受け渡しコーナーに向かう。
「あれ、珍しい時間に来たね。」
顔なじみのお姉さんが声をかけてきた。ランチメニューをここから持ち出して学生会室に向かう僕を気遣って…毎回ラップをかけてくれる、気配り上手のお姉さんだ。
「はは、コーヒーを飲みに来たんです。お姉さんの入れてくれるコーヒーが、ずいぶん美味しいって噂だから。」
「あらま!!!じゃあ、美味しく入れるね!!!」
僕はこのお姉さんとのやり取りが…ずいぶん、好きだったり、する。年の功なのか、僕のちょっとしたいたずら心のある言葉をさらっとスルーするんだ。
「なんかこういうの、久しぶりー!」
「カナキュン囲むのなんて、なにげに四月以来初じゃなーい?」
「あー、たしかに!」
「なんかなつかしいー!」
ケーキの乗ったトレイを持った女子が五人、わいわいしながら…六人掛けのテーブルを一つ、占拠する。僕は、空いた席に腰を下ろし、コーヒーカップをテーブルの上に置いた。…いい香りが、鼻をくすぐる。
一口コーヒーを飲んでテーブルを見回すと、ニコニコした女子が全員、こちらを…見ている。
ああ、四月に初めてこの学食に来た時、こんなシチュエーションがあったな。女子大の、肉食系の女子のすごさを目の当たりにして、ずいぶんげっそりしたんだった。
「カナキュン学食で食べたことあるの?うち、見たことない、いつもトレイ持ってどっか行ってるよね?」
「うん、いつもは、学生会室で活動しているから。学生会に入る前に、一回だけ、一緒にランチしたんだよ。」
秋元さんが驚いている…そっか、四月のハーレム騒ぎの時は、八木沼さん…ヤギーがこの中にいたんだ。親睦旅行の後あっかりんと仲良くなって、このグループからいつの間にか…移動したんだった。人と人のつながりも、所々で、変化していくもの、か。
「秋元は親睦旅行の後からうちらといるようになったから、知らなかったんだね。カナキュンはー、あたしとはっちが初めに唾つけたんだよ!でもなんかすぐに学生会入っちゃって!あの時のランチはね、正に幻の一回なんだよ、ちょー貴重!」
川村さんにも、大崎さんにも…唾を付けられた覚えは、ないんだけどね…。ここで僕が一番初めに出会ったのは、…由香だ。
「そっかぁ、ご飯も自由に食べられないほど忙しいんだね、だから学生会メンバー、募集してるってこと?」
ケーキをつつきながら、笠寺さんがこちらを見る。…ご飯を食べられないほど、忙しいわけでは、ないと思う。むしろ、ゆっくりご飯を食べる場所として、学生会室を利用しているといった方が正しい。
「いや…そういう、訳ではないよ。なんか、イベントで盛り上がっちゃった人が多くて、その対応に追われて、募集せざるを得なくなったというか。」
学生会メンバーは、確かにもう少し欲しいと思う。だけど、メンバーを欲しいと願って、ランチをゆっくり食べる時間もなくなるほど忙しくなるのは本末転倒も甚だしい。冷たいランチメニューなんて、僕はもう食べたくないぞ!!学生会業務を滞らせるようなメンバー募集ならば、しない方が良かったに決まっている。現に、昨日やる予定だった反省会は開くことすらできず、おそらく今日もてんてこまいになるはずで…。
「あー!ラブワードショー!あれすごかったもん、盛りあがりハンパなかった!」
「動画撮っとけばよかったってめっちゃ後悔した!」
「うちなんか五通も応募したのに全然選ばれなかったんだよ~!!!」
「学生会に入れば、あたしもカナキュンに抱きしめてもらえたのにって思ったもん!」
やけにみんなのテンションが高くなってきたぞ。
「手振ってくれた時にものすごく優越感あってさー!!」
「大声張り上げたかいもあったっていうか!!スゴイ満たされたよね、あの時!!」
「カナキュンがうちらにウィンク飛ばした時なんてね、後ろの高校生がめっちゃ喜んでてすっごくウケたもんね!!!」
「完全にカン違いしててねー!!!」
…しまった、僕の悪乗りがおかしなところで効果を発揮していたらしい。ライトが眩しくて適当にウィンクを飛ばしたことは…黙っておいた方がよさそうだ。
「あたしは…三浦さんが出てたから…はらはらしたけど、ね。」
桜井さんの言葉を聞いて、僕の胸が、ピリッと、はねた。
・・・三浦さん?
・・・由香の事か!!!
「・・・なんで?」
なんだろう、ものすごく…胸が。
…心が、冷えている。
「だって、あの子、いつ全部ぶち壊すか…心配っていうか。」
「ぶち壊す…?」
なんだろう、この、妙に、落ち着いた、感じ。
僕は、今…どんな、表情を、している…?
「あたし、あの子とおな高なんだ。…あの子の本性、知ってるっていうか。なんか男子の事いっつも顎でこき使ってて、いっつも怒鳴り散らしてて…めっちゃ女子に嫌われてて…同じ学校に合格したって知った時ね、めっちゃやだったの。第三希望のガッコにしようか迷ったくらい。ここは第二希望だったんだけどー!」
「第二かよ!」
「うちなんかここしか受からなかったからここに来たよ!」
・・・桜井さんの言葉に、僕は、何を、感じて、いる?
・・・これは、怒りなのか?
・・・これは、驚きなのか?
・・・これは、悲しみなのか?
「あー!わかった、わかった!大学デビュー?しようとしてるんじゃない?」
「化粧もいつもかわいい系で頑張ってるけど、なーんか似合ってないって思ってたんだよね、そっか、怖い人だったんだー。」
・・・大崎さんの言葉に、川村さんの言葉に、僕は、今、何を、感じて、いる?
「彼方くん、あの子に騙されてるんじゃない?アノ子ね、高校の時、なんていうあだ名だったか知らないでしょ。ミウラミとか呼ばれててさあ、すっごく怖かったんだから。」
・・・桜井さんの言葉に、僕は、今、何を、感じて、いる?
「なんか昨日さ、短大行ってる同級生も来てて、めっちゃミウラミとケンカしてて。すっごく怖かったんだよ!」
・・・桜井さんの言葉に、僕は、今。
「でもさ…もしそんな子なんだったらさ‥‥もうそろそろ…化けの皮の限界も近いんじゃない?」
「ある日、いきなりカナキュンの事…けちょんけちょんにしたりして!!!」
「やだー!こわ!!」
「全力でカナキュンを、守ろー!」
「「「「おー!!」」」」
・・・・・・僕は。
・・・僕は。
僕、は。
初めて、得体の知れない、感情に、揺さぶられて。
今にも、口から、飛び出しそうな、得体の知れない、気持ちの悪い、悪すぎる、…何かを。
冷めてしまった、コーヒーで、飲み、下し、た・・・。




