八方美人
僕の目の前には、やけに存在感がある布施さん。僕よりも身長は低いけれど、僕は今、完全に布施さんの大きさに…委縮してしまっている。おかしいな、このたれ目の女子はこんなにも恐ろしさを醸し出すような人だっただろうか。
森川さんも参戦するようだ、いつの間にか僕の前に立ちはだかり、布施さん同様腰に手を置き、僕の前に立っている。ずいぶん小さいものの、いつもより五センチくらい大きく見えるのは怒りのオーラが漂っているからだろうか。
少々怯えつつ、促されるままに隣の教室に入って…近くの座席に腰を下ろす。
「や ら か し ま し た ね 。」
「や っ ち ま っ た な !!」
「…何のことか、よくわからないよ、僕は。」
腕を組み、あごを引いて僕を見据える布施さん…迫力満点だ。
腕を組み、あごを引いて僕を見据える森川さん…あまり迫力はないけど、何やらシリアス感が漂う。
僕が何をしてしまったのかはわからないけれども、なんとなく、状況というか…この二人が言いたいであろうなにかは、思い浮かぶ。さっき由香が言っていたことは、おそらく。
「イケメンも昨日ひどい目に遭ってたから…仕方ないと言えば、仕方なかったんだけど、気付くことぐらいは、できたはず。」
「カナキュンの受難、昨日モーリーから聞いたけど。それを知ってもなお、私はユカユカを気の毒に思う。それぐらい…昨日は、酷かった、かわいそうだった。」
昨日、あの騒ぎの後…僕は由香と話をするチャンスがなかった。
いつも…僕と由香は、朝ぐらいしか接点がない。同じ講義を受ける時でさえ、僕と由香の席はいつも離れていて、会話のチャンスがほとんどない。たまに教室移動の時にすれ違って、軽く言葉をかわすくらいの事は、する。それは、布施さんも森川さんも同じだ。
僕と由香と布施さんと森川さんは、いつも行動を共にする仲良しという感じではないというか。群れない女子なんだ、僕たちはさ。わりとみんな個人で行動することが好きで、たまに意気投合して同じ空間を楽しむような関係で。いつも誰かと連れ立って教室移動しているような、いつも誰かと一緒に過ごしていないと不安になるような…そういうタイプの女子では、ない。まあ、僕は一人で移動しても、いつも周りに誰かがいつの間にか…いたりするから、なかなか一人きりになることはないんだけれども。
…そういわれてみれば、昨日はあまり由香の姿を確認することがなかったかもしれない。あまりにも自分の事に精いっぱいで、周りを見る余裕がなかった。いつもなら窓辺で揺れる由香の髪を見るくらいはしていたはずだけど、見るチャンスがなかったように思う。…しまった、見ておけば、由香の様子に気が付けたかもしれないのに。
「あのさ、由香に何があったの。僕全然知らなくて。」
由香は口を閉ざしてしまったから、状況を知る誰かの情報が欲しい。
「あの子昨日…囲まれたの。」
「囲まれた?なに、どういう事、それ。」
由香も僕と同じように、知らない女子に囲まれたという事か…?
「イケメンファンが暴走したんだよ、・・・タラシまくりショーはちょっとやり過ぎた、マジで。」
ファンが暴走?
「外部の人が入ってきてて、モーリーと事務局の人が誘導してたんだけど、その時に一部の人が…ユカユカにひどいこと、言って。…多分、普段のラブラブっぷりに対しても、やっかみみたいのがあったんだと思う。」
「ユカユカが特別視されてることが許せない心の狭い奴らがいるんすよ、マジコワすな…。」
この言い方だと、由香に暴言を吐いたのは…外部の人では、ないって事、だよね。
「…それは具体的に誰なのさ。注意するから。」
僕の由香にひどいことを言うなんて…許せない。
「注意?!そんなことしたらますますユカユカが陰でいじられることになるよ?!ダメダメ、教えないよ、今は行動に移さない方がいい!普段通りに過ごすべき!」
「でも!僕は由香が傷つくのを見過ごすわけにはいかないよ、大切な‥
「大切に思うなら、今は引くべきだな。…女子の嫉妬は、実に…陰険だと、思う、よ、うん…。」
森川さんがやけにうつむいている。いつもの飄々とした軽口がないと…ずいぶん、何だろう、悲壮感が漂うな。なに、この、緊張感。
…今日はやけに心が…疲労、する。ついさっきも、由香と僕の間に緊張感が走ったばかりだ。
由香は、いつだって安らぎをくれて、絶妙なタイミングで言葉をくれて、僕の言葉を受け取ってくれて。
由香は、僕にとって、とても大切な存在で。
由香が悲しんでいるならば、横で寄り添うことぐらいはしたいじゃないか。
・・・僕が引く?なんで!一番そばにいたいときに、なんで僕が離れなくちゃいけないんだ!
・・・嫉妬?なんで!僕と由香が普通に時間を共有しているだけで、なんで他の人に妬まれないといけないんだ!
「僕は普通に…心を許せる由香だからこそ、いつだってそばにいて欲しいと思っているし、そばにいたいと…思ってるだけじゃないか!」
「そのポジションに入りたい人はいるんだよ。ユカユカになれると思ってる人は…いるんだよ。カナキュンはね、手の届く、手の届きそうな…高嶺の花なんだよ。手が伸ばせるからこそ、独り占めしたいと思う人が…いるんだよ。」
独り占め?なんだそれ!!!
僕は…おもちゃじゃないぞ?!
「犯人捜しをするよりも、イケメンはユカユカを守った方が良いと思う。ユカユカから離れることが、一番。マジ女なめてかかると、…ヒデェ目に合う。」
「なに、それ…。」
あまりの展開に、僕はただ混乱する事しかできない。
「あたしはさ、事務局の人が誘導した一般人引き連れて学生会室に行ったから、一般人いなくなったと同時にユカユカも解放されたと思ってたんだよ。そしたら、フーさんからユカユカの受難が終わらなかったこと聞いてさ。」
「一般人から質問攻めにあって、その波が消えた途端に…チクチクと、攻撃が始まったみたい。近くにいたラクロスの子から聞いたもん。言いがかりみたいなこと言われてかわいそうだったって。」
「どんなことを?どれくらい?ねえ、その見てたって子とあわせてよ、詳しく聞きたい。」
会って話を聞いて、勝手な思い込みで由香を追い詰めた状況を確認して…!!!
「カナキュン!!あの場所にいた子に会って何を聞くつもり?ユカユカに攻撃した人が判明したとして、会って何を言うつもり?まさかユカユカの事自慢するつもりじゃないでしょうね。まさかユカユカに謝れとかいうつもりじゃないでしょうね。」
「めちゃくちゃやりそうだ…ダメ、絶対。それ、悪手。」
悪手も何も!今この瞬間、由香が悲しんでいるのだとすれば!!その原因を探って、排除して、悲しみが癒えるまでそばにいたいと思うのは当然の事じゃないか!
「なんで!!僕はただ由香・・・
「あのね!!!ユカユカの事、大切に思うなら、もう少し大切にしてあげなよ!」
「僕はいつだって由香を大切に思っているし、大切にしていると思ってるよ!!」
しまった。
僕らしくないな、つい、声を大きく、張り上げて、しまった。
布施さんの垂れ目が…大きく、見開かれている。
森川さんの目もおそらく…長い前髪の下で見開かれているに違いない。
「・・・大切に思っているなら、もう少し自重しないとだめだよ!!」
「イケメンは八方美人過ぎるのがダメなんだってば。」
「どういう意味だい!!!」
八方美人?!僕はちゃんと自分の意見は言うし誰かの意見に乗っかることもないし適当に意見を合わせることもしないし相手の望むことを言うように心がけてるわけでもないしいやなことは嫌だって言うしそんな要素は微塵もない!!!!!!!!
「特別に思う気持ちがあるなら、それなりに線引きをしないと…自分に都合よく解釈する人が、出てくるよ?」
「みんなにいい顔してると、痛い目に合う、それが今の状況だね、おつ。」
「僕は別に‥いい顔なんてしていない!」
「「めっちゃしてる!!!」」
なんで声をそろえて反論するんだ!!!
「自覚がない?ド天然?これは大問題だ…。」
「違う、カナキュンはわかってない。だから勘違いする人が出てくるんだよ、これはキケンだわ…。」
なんで、僕は、布施さんと森川さんに…呆れた目を向けられている?この、空気はいったい、何。
「キケンって何なの。僕はいたって普通だよ。」
「…ともかく、昨日の今日で、ユカユカも…ちょっと凹んでる。悪いんだけど、しばらくユカユカに近づかないであげて。落ち着くまで、私がそばで見張ってるから、ね?」
なんで勝手に決めるのさと、立ち上がろうとした、その時。
「あっ!!カナキューン!!こんな所にいた!!!もー、探しちゃったじゃん!!こっち席取っといてあるよー!」
「ねーねー、学生会選出ポスターの紙無くなってたよー!」
ドアの向こうに、騒がしい二人組の姿が見える…川村さんと大崎さんだ。相変わらず元気だな。…もしや、この二人が由香を・・・いや、あの時この二人は学生会室前に並んでいたはずだ。
「はは、ありがとう。・・・森川さん、昼ちゃんと学生会室来てね?布施さんは…あとでライン流すから。」
立ち上がった僕は、かばんを抱えて、一歩踏み出し。
「・・・こういうとこだよ。」
「モーリー、監視頼むね。」
ぼそぼそと聞こえてきた呟きに少々苛立ちながら…講義の始まる教室へと、向かった。




