揺れる、瞳
昨日はひどい目に遭った。冷たくなった照り焼きチキンを食べ終わった後、空のトレイをもってクラブ棟を出た僕が見たのは、まさかの出待ちの女子!!!女子!女子!!!
さんざん河合先生にいじられて、握手をして回ることになって!結局学食にトレイを返しに行く時間が無くなって、僕はドイツ語Bの講義をだね!!トレイを持ったまま受けることになってだね!!!
しかも帰り際に校門でも待ち伏せされてさ。なんで僕が女子高生と一緒に写真を撮らなきゃいけないんだ…。とはいえ、無下にするのも悪いかと思ってさ!!!
桐ヶ丘の駅まで向かう間、女子高生二人組と話をしたら…二駅ほど離れたところにある女子高で僕が!!僕がブームになっているって話で!!!なんでも、来年うちの大学を受験しようと思う学生は先生の勧めもあって、自主的に毎年文化祭に顔を出してるんだって…。
…うちの大学は、実は短期大学が併設されていて、広いグラウンドの向こう側には古めかしい学舎があったり、する。短大の方が歴史が古くて規模が大きいため校門がずいぶん離れた位置にあり、通学の時に利用する駅がさ、違うんだ。なんとなく敷地が分けられている事もあって、普段あまり隣接していることを意識していないんだけどね。
僕は全然知らなかったけど、昨日は短大の方でも文化祭をやっていたらしい。つまり、短大受験希望の学生もこちらに流れてきていたという事なんだな、道理で人が多いと思った!!こういう情報は教えといてくれないと困るよ…。まあ、教えてもらったところで、どうにもならないけど!
いやだなあ、今日も人がいっぱいいたらどうしようか。昨日結城先生がポスターを作ってくれてるはずだから、少しは騒ぎがおさまってくれると思いたい。…なんでこんなことになっちゃったかなあ、もう。
『桐ヶ丘、桐ヶ丘です』
ああ、いろいろと考えてたらあっという間に駅に到着だよ。長距離通学とはいえ、二時間なんてあっという間だ。電車を降りると、ちょうど反対側の線路に小さな電車が入ってきた。いつも由香が乗っている電車だ。さあ、いい笑顔で由香におはようを言って、気分を入れ替えよう!
まだ早い時間だから、いつも下車するのは由香一人なんだ。今日の由香はどんなかわいさを僕に見せてくれるのかな、そんなことを思いつつ、乗降口を、見つめる。・・・?あれ、由香がいない?
ふ、ふしゅーっ・・・!!!
小さな路面電車は、誰一人降ろさずに、出発してしまった。…由香も寝坊すること、あるのかな?
昨日に引き続き、一人で大学へと、向かう。…やっぱり一人だと、ずいぶん寂しいな。由香は騒がしく話すタイプではないけれど、絶妙なタイミングで返事を返してくれるから、無言の時間でさえ言葉が乗っているような…心地のいい空間をいつも僕に与えてくれるんだ。考える時間をくれる会話というのは、実はなかなか難しいものだと、思うんだよね。
ノリのいいスピード感のある会話も楽しいけれど、僕としては、こう…含みのある会話を楽しみたいというか。いろいろと含ませてくれるからこそ、由香には、いろいろと、うん・・・、そうか、僕が知らず知らずにタラシているというのは、もしかしたら。由香は僕に時間を与えてくれるから、ついつい言ってみたいセリフを口にしてしまうのか、なるほど。一人で通学する時間は、僕の謎を一つばかり、解明してくれたようだ。
昨日由香がストレッチをしていたグラウンドのベンチに一人座り、空を仰ぎ見ると、飛行機雲がつうと伸びてゆくのが見えた。のどかだなあ、そんなことを思いながら、由香の到着を、待つ。
雲一つない空に伸びてゆく飛行機雲は、やけにシャープで、少しだけ…突き刺さるような、鋭さを持っていた。…空気が乾燥し始めてるからかな?ずいぶん空が澄んでいるように感じる。…もうじき季節も変わるからなあ。来月になればもう11月、山間部に位置するこの大学は、ずいぶん冷え込むだろうと予測できる。ウォーキングも雪が降る頃にはできなくなるかもしれない。
「遅いな…。」
もしかしたら、何かあったのかもしれない。30分ほど一人で体を伸ばしたりグラウンドを移動したりしていたけど、一向に姿を見せない由香を思って、不安が過る。事故とか、体調不良とか…。ラインを確認するけど、通知は…ない。こちらからメッセージを流してみる。…ああ、すぐに返事が来た。先に教室に入っていて欲しいらしい。体調でも悪いのかな。…心配だ。
本校舎に移動して、一限目の芸術学の授業がある教室に入ると…まだ、誰もいない。僕は一人で、教室の電気をつけて、窓を開け、いつも由香がすわっている窓際の席に座った。今日は風が吹いていないから、カーテンも揺れずにただ、垂れさがっている。今日の授業中は、由香が髪を押さえる仕草が…見えないだろうな、少し残念だ。風、吹かないかな、そんなことを思いながら、窓の外の木々を、眺める。
「彼方…。」
びっくりした。
僕が窓の外を見ていて気が付かなかったってこともあるけど、足音ひとつ響かせずに…由香が僕の横に現れたから。
「由香!遅かったね、どうしたんだい。」
・・・?なんだろう、やけに顔色が、悪いような。
「あのね、彼方、ちょっと…お話があって。」
「?何、どうしたの、改まって。…とりあえず、座ったら?」
立ったまま、やけにこわばった顔で僕を見つめる、…いや、目を逸らしている、由香。肩から掛けたかばんを、机の上に置いて、椅子を引いて…腰を下ろしたけれど。なんで、僕の方を見ない…?
「…由香?何かあったの?」
なんだろう、この…胸騒ぎは。
「・・・。あのね、すごく、言いにくいんだけど…。しばらく、朝のウォーキングとか、なしにしても、いい?」
「・・・なんで?」
入学式以来、ずっと続けてきた、ウォーキングを…やめる?
「・・・えっと。ちょっと、その、落ち着く、まで、って、言う、か…。」
なに、この、緊張感。
「落ち着くって?」
僕と由香の間に、こんな緊張感が走るなんて…初めてだ。
「あのね!なんか、彼方のファンの子が、すごく、彼方の事を、好きみたいで!私が一緒にいると、すごく、すごく、気分が悪く、なるん、だって…。」
「なに、それ・・・。」
思わず、思考が、止まる。
…もしかして、昨日。
僕がひどい目に遭ったように。
由香も、何か、ひどい目に、あっていた…?
しまった、完全に自分の事しか考えていなかった。僕は、学生会室で仲間たちが一緒に対応してくれていたから…あの程度で、済んでいたのかもしれない。…由香はいつも一人で食事を取っていたはずだ。
「ごめんね、彼方の事が嫌いになったとかじゃないの、でもね、落ち着くまで、近くにいることは避けた方が良いと思う。…図書館で、別の席に座って、本を読むくらいなら、良いと思うけど…。」
「ごめん、由香、僕は自分の事ばかり気にしていて。…何があったの?教えて。」
由香は、伏し目がちに反らしていた目を、まっすぐ、僕の方に向けて。…潤んだ、瞳で、僕を、見つめて。・・・瞳が、揺れているのは、きっと、涙が、浮かんでいるからで!!!
「私が少し気弱になっただけだよ、彼方は何も心配しなくていいよ!」
すごく無理をしている、笑顔だ。…こんな笑顔を、僕は、由香に、作らせてしまっている…!!!
「由香、僕は!!」
「うぃーっす!おはおはー!!」
緊張する空気をぶち破るかの如く、森川さんが乱入してきた。…まだ九時前だけど?!いつもより早い登場じゃないか、これはいったい。
「よーし!イケメン、確保!!!ユカユカは安心して読書に勤しむようにwww」
「…ごめんね、ありがとう、モーリー…。」
僕は!!!やけに強引な森川さんに引きずられるかのごとく!!由香から引き離されて!!!出入り口に連れていかれて!!!よろめきながら、教室を出た、その瞬間!!
「カナキュン。…説教です!!!」
両腰に手を置き、仁王立ちする布施さんが、僕の前に…立ちふさがった。




