ドライブ
ぶぁん!ぶぁん!!
路面電車の走る県庁所在地の交差点で、警笛が激しく鳴り響いた。結構音量あるなあ、いきなり聞くとびっくりするよ。
「どうしよう、電車が怒ってるよ!!」
「怒ってない、大丈夫、前を見て?」
夏休みに頑張って自動車学校に通った由香は、無事に免許を取得することができた。今僕は、つい先日免許を発行したばかりの由香の車に乗っているんだ。ボンネットとリアウィンドウ下には初心者マークが輝いていて、運転する由香の顔はやけに強張っていたり、する。
「ね、ここ通っちゃだめな道なんじゃ?!」
「軌道敷地内通行可って書いてあるから…右矢印が出るまでここにいていいと思うよ。…ほら、電車用の信号、×が付いた。」
すぐ横に、大きな電車が並んだら…びっくりしちゃうよね。電車に乗ってるときはあんまり意識しないけど、軽自動車だと、小さな路面電車が途端に大きく見えるから不思議だ。この前親睦旅行でバスに乗った時でさえ、並んだ電車に触れそうなくらいの距離で並んで走って圧迫感がすごかったんだ、軽自動車の由香の恐怖は相当なものに違いない。
由香の運転は、慎重かつ丁寧なハンドルさばき、優しいブレーキに車間距離を考えた走行と、僕から見たら100点満点なんだけどな。…ほら、今だってこんなにもスムーズに右折した。さっきの警笛はあれだよ、初心者がんばれっていうエールだったんじゃないの。
「ああー、なんとか無事切り抜けられた、うう、路面電車怖い…。」
「その怖さに立ち向かって路上教習して免許取れたんだから、自信持っていいと思うよ。」
過酷な環境は、由香をみっちり鍛え上げてくれたに違いない。
「あまりにも過酷すぎて、自信無くなったもん…。卒業検定受かったの、奇跡としか思えないよ、だって一度も路面電車に出会わなくって!!」
ずいぶんエキサイトしているけど、目はきちんと前を向いており、時折サイドミラーやルームミラーに視線を向けている。ちゃんとした優良初心者ドライバーだと思うよ。
「まじめな運転手には、運も味方してくれるんだよ。」
身内に不真面目な運転手がいるとね。真面目な初心者の運転が尊く思えてくるんだ。
思えば、長兄が免許を取った時。まだ小学生だった僕は、高校生の次兄と共に長兄の運転する車に乗り込んだ。父の車を勝手に拝借した長兄は、家のガレージの壁をこすって外に出るわ生け垣に突っ込むわ砂浜で砂煙あげるわドアを壁にぶつけるわ縁石乗り上げるわ…。相当に豪快、いや破壊的な運転をし、ひどい目にあったんだ。
さらに、次兄が免許を取った時。中学生になっていた僕は、相変わらず豪快な走りをする長兄と共に次兄の運転する車に乗り込んだ。長兄のぼろぼろの車に乗り込んだ次兄は、かすり傷ひとつ付けずに道路に向かい、速度をきっちり守り、マナーの悪い車を車内で罵倒し続け、道路交通法について蘊蓄を延々聞かされ…。相当に細かい、いや神経質な運転をし、ひどい目にあったんだ。
長兄は黄色はススメと言うし、次兄は黄色はトマレといい。
長兄はスピードは時と場合を考えて出せと言うし、次兄は速度を守らねば道路に出てはいけないという。
どうにも両極端な兄たちに挟まれて、僕は早々に運転教本に目を通すようになっちゃったんだよ!!免許こそ持っていないけど、知識は普通以上にあると思っていたりする。あとは運転技術なんだけど、こればかりは運転してみないと、なんとも言えない。
「ふふ!不真面目な運転手なんて、いるの?」
「いる。由香も知ってる人だよ。」
夏の海で散々僕たちをこき使った兄二人がね!!
「ああー、ふーちゃんかあ…。」
そうだ、布施さんも相当な運転技術の持ち主、だった…。
優秀な運転手である由香の車は、繁華街を抜け、田舎道をすいすい進む。一方通行に動揺することもなく、あぜ道を軽くかわし、停止線で優雅に止まり、歩行者のために優しく道を譲り…!!!ねえ、ここに運転の神、女神がいるんだけど。
「由香…僕は、君の助手席に座れたこと、心から嬉しく思うよ…。」
「ッ!!な、何?どうしたの…?」
赤信号で止まった由香に、ついつい…本音をこぼす。こんなにも安心をくれる、心の安らいだままで乗っていられる車なんてどこにもなかったんだ、今まで。…今後も現れないかもしれないぞ。
「この席は…僕の指定席にしたいな。」
「いっ、いつでも、どうぞっ?!初心者の運転でよければっ!!」
あれ、なんで由香は赤くなってるんだ。暖房はそんなに効いてないけどな。風を入れようかと思い窓を少し開けたら、いつも通いなれた緑の多い土の香りがふわりと香った。このドライブの目的地は、もうすぐそこだ。
「おう!お疲れ!!」
「買い出し、ありがとう!」
「ねえねえ、コーヒーと紅茶どっちがいい?好きなのとって飲んでね!」
駐車場に車を停め、僕と由香が荷物を抱えてクラブ棟に向かうと、河合先生と三上先輩、相川先輩が出迎えてくれた。僕と由香は、相川先輩の差し出してくれたミルクティに手を伸ばす。
「早瀬先輩はいないんですか?」
「結城先生のとこでコピー取ってる。」
来週の土日、うちの大学で文化祭が開催されるので、その準備に追われていたりするんだ。由香が免許を取ったと聞いて、ドライブと称して買い出しにね、連れて行ってもらっていた、というわけ。ずいぶん図々しいお願いに、二つ返事でOKを出してくれた由香。いわく、「初心者だし、誰も乗ってくれないと思ってたからうれしい!」だそう。
なお、車を出してくれたお礼は、結城先生がくれた、駅前のケーキバイキング無料券。今日は由香のかわいいかわいい一面を、たくさんたくさん見せてもらったんだな、うん。やっぱり女の子ってのはさ、甘いものににっこり笑って幸せ噛みしめるのがいいんだよ。
ちなみに、森川さんは今週末にこっちに戻ってくる予定なので、不在。大学が始まるのは月曜からだからね、一日でも実家に長く居たいのだそう。
「テントののぼりと看板は業者に依頼したから。あとはコピー切って、袋に入れて当日の人員配置を決めたら終わりだよ。」
「ねえ、三浦さんは…来る?来たいよね?来て、お願い!!!」
人員確保といっても、そんなにたいしたイベントじゃないし、助っ人も来るんだ。バイトに忙しい由香を隙あらば学生会に引き込もうとする不届きものがここにいる!!
「またそうやって由香を巻き込む!!!」
「いいじゃん、嫁の独り占めはみっともないぞ!!」
「よっ…?!嫁っ?!」
ほら!!また由香が真っ赤になっちゃったじゃないか!!!僕の由香をそういう軽率な茶化しで怒らせるのはやめてくれないかな。こんなんだからいつまでたってもモテないんだ、今後もモテないに違いない!!!
「あっ!!ケーキ美味しかった?」
「買い出しありがとうね、全部あった?」
結城先生と早瀬先輩が段ボールを抱えて学生会室に入ってきた。うわ、あの量を全部切るのか…。
「無料券ありがとうございました!ピスタチオのムースが美味しくて…!!!」
「ああ!あれおいしいよね!前に出てきた瞬間にホールで取ったらめっちゃ店員さんに怒られた!怒んなくてもいいよねえ!プンプン!!!」
店員さんは、このおっさんを出禁にした方がいいんじゃないの。
「買い出しは何とか。100円ショップを三軒回って。」
「そんなに?!三浦さん、悪かったねえ。」
「いえ…私も車運転したかったので!またいつでもいってください!えっと、今日はちょっとこのあとバイトがあるんで無理ですけど…。」
時刻は間もなく12:00、そろそろお昼の時間か。
「腹減ったからさ、ピザでも頼んで食いながら作業しよ!!」
「俺デラックスコンボとウルトラチーズと明太マヨ!」
「あたしハニーチーズとポテト!!」
「アメリカン!!」
「私はコーヒーだけでいいや…。」
「僕もいいです…。」
「ッじゃあ、私は、これでっ!!」
由香が学生会室から退出する。僕はそのあとを追い、今日のお礼をしっかり伝える。できればね、手伝いはしてほしいと思っているんだ、実はね。でも…。
「由香、今日は、ありがとう…。」
「来週、手伝えるよ!彼方の…専属だけどね?ふふ、じゃ、月曜日!!またね!」
由香は神に違いない。
20分後、テーブルの上はピザで埋め尽くされてね?!全然作業が進まなくてね?!こんなんで来週一大イベント、ちゃんとやれるのか心配になってきたぞ。
「もうさー!イベントピザ食べ放題にしちゃおうよ!!」
「いいねえ、一律3000円払って食べ放題!」
「それただの注文でしょ!!!」
…不安はある!しかし!!僕には、由香がいてくれる!!森川さんだって戻ってくる!!できる、できるはず、できてくれないと…困る!!!
「石橋君、頑張ろうね…。」
「なんとかなる、なる。」
「やれることは、やりますけどね…。」
げっそりしながらも、僕はコピー用紙をカットするために…手を伸ばした。




