エピローグ
スコットは森の周辺を歩き回ったが、一向にジュリアの姿は見つからなかった。もしかしたら、先に屋敷に帰ったのだろうか、と思い当たったとき、森の奥に進む小道に気付く。
「まさか、こっちに……?」
暗い小道を進むと、人の気配があった。広い野原の中央にジュリアの姿が。やはり、練習を続けていたのだろう。リズムよくパンチを繰り出し、鋭い回し蹴りを放つ。それは、降り注ぐ月明かりを浴びながら、神に舞を捧げる儀式のようでもあった。
「あら、スコット先輩?」
「……こんなところにいたのか」
「先程見つけたばかりです。練習にうってつけの場所ですわ」
スコットは、念のためと持ち出しておいたタオルをジュリアに渡す。
「まだ体が痛むはずだ。安静にしていてくれ」
「そうですね……。でも、じっとしていると自分が弱くなってしまう気がして」
信じられない感覚だが、それがデュオフィラを目指すものの性なのだろう。
「足の怪我を見せてくれ。少しでも痛みを取り除いてやるから」
ジュリアは大人しく腰を下ろして、怪我した右足を伸ばした。暗闇の中、スコットの手元に癒しの光が灯る。しばらく二人は黙り込んでいたが、スコットが手元から視線を上げると、微笑みながら治療の様子を眺めているジュリアの顔が。なぜか酷く動揺して、また視線を落とした。
「……その、ありがとう」
「はい?」
「いや、だから……ありがとう。ちゃんと言ってなかったな、って」
ジュリアの視線を感じながらも、スコットは顔を上げられず、治療に専念するふりをする。
「わたくしは自分の夢のために戦っただけです。たまたま先輩の夢と合致しただけであって、お礼を言われるほどではありませんわ」
「それでも……言いたかったんだ。ありがとう、って」
「……そうですか。では、どういたしまして」
「でも、戦いはこれからだ。デュオフィラ選抜戦は64の学園によるトーナメント制。デュオフィラになるためには、6度勝利しなければならない」
そう、これだけきつい戦いを6度も強いらなければならないのだ。この少女に。しかし、ジュリアは立ち上がってから月に向かって人差し指を突き出した。
「上等ですわ! 強敵を片っ端から倒して、最強を証明する。それが私の目標なのですから。それくらい困難でなくては、やりがいというものがありませんわ」
月に勝負を挑むような勢いのジュリアに、スコットは目を丸くしたが、自然を笑みがこぼれた。気付かないうちに、ジュリアの人間性に少しだけ慣れてしまっていたのだろう。
「……君には本当に驚かされる」
「そうですか?」
「ああ。だが、そんな君だからこそデュオフィラ選抜戦のような無茶な戦いを勝ち抜けるような気がするよ」
「ええ、格闘家たるもの肉体だけでなく、精神も飛び抜けていなければ、やっていけませんから」
ジュリアの微笑みに特別な何かを感じたスコットは、改めて彼女の前に片膝をついた。
「ジュリア。もう一度誓わせてくれ」
「はい?」
「何て言うか、あのときは流れで誓ってしまったけど……。これから、一緒にデュオフィラ選抜戦に挑むうえで、ちゃんと誓っておきたいんだ」
そう、あのときは彼女しかいなかったから誓っただけだった。だけど、今は彼女だからこそ誓いたいと思っている。そんなスコットの気持ちを知らないであろうジュリアは、軽く肩をすくめた。
「はぁ……。変なところで律儀なのですね、先輩は。まぁ。わたくしは先輩の薔薇です。お願いされたことは、何一つ断れませんから」
「なんか誤解のある言い方だな……」
不満はあったものの、改めて誓えるのなら何でもよかった。スコットはジュリアの手を取る。
「これは誓いだ。ジュリア、君がデュオフィラとして咲き誇るその日まで、僕は君の盾となり、あらゆる障害から守護してみせる。だから……誓いを返してくれないか?」
「はい。喜んで誓います」
二人が頷き合い、スコットの唇がゆっくりとジュリアの手に落とされる。そんな二人の姿を隠すように、月明かりが雲に遮られるのだった。
翌日、ヒスクリフ学園から帰宅したスコットは驚くべき光景を目にした。
「な、何だこれは……」
屋敷の中へ次から次に運び込まれていく荷物。ジュリアだ、と直感的に理解したが、どれも生活必需品とは思えない、巨大な荷物ばかりだった。淡々と荷物を運ぶ配送業者たちの間から、恐らくずっと混乱していただろうセシリアが顔を出す。
「スコット。これ、全部ジュリアちゃんの荷物らしいのだけれど、どうすればいいのかしら?? コハルさんもいなくて困っているの」
「すみません、母上……。至急、ジュリアを問いただしてきます!!」
彼女はまだ学園だろうか。いまきたばかりの道を引き返そうとしたところで、コハルを引き連れたジュリアの姿があった。
「先輩、貴方のジュリアが帰りましたわー! あら? もう届いていたのですね。さすがはコウヅキ運送。即日配送を売りにしているだけありますわ」
「ジュリア! この荷物はなんだ?? いくら何でも量が多いし、大きいものばかりじゃないか!!」
「これは全部、トレーニング器具です。それから、昨日キスさせていただいた野原に、コノスフィアを作るので設置を手伝ってくださいましね?」
「な、な、なんだと……??」
混乱するスコットだったが、どうやらこのタイミングでファリスも帰宅したようだった。
「お、お兄様……昨日キスさせていただいたって……どういうことなんですか!?」
「ファリス!? ち、違うんだ。その話はあとで……。ジュリア、トレーニング器具とはどういうことだ??」
パニック状態のスコットに、ジュリアは涼し気に答える。
「これからの戦いに備えて、より激しいトレーニングが必要です。コウヅキカンパニーの最新器具を持ち込ませていただきました」
「待て待て! 屋敷に入りきらないぞ!?」
「それは先輩がどうにかしてください」
「僕がか!?」
噛み付いてくるファリスをいなしながら、困惑するスコットにジュリアは笑顔で言った。
「わたくしがデュオフィラとして咲き誇る日まで、先輩が支えてくれるのでしょう?」
「そ、それは……!!」
「必ず最強を証明してみせます。だから、よろしくお願いしますね、先輩!」
これからもヒスクリフの屋敷は騒がしくなるようだ。新しい戦いの気配を感じながら、ジュリアと共に戦いを勝ち抜き、グレイヴンヒース領を豊かにする未来を思い描くのだった。
―― 第1章 悪役令嬢と幸せの天使 ――
第1章を最後までお読みいただき、ありがとうございます。
続きは近いうちに更新予定です。おそらくは全7章になるかと。
この作品を気に入ってくれた、という方は別の作品も覗いてもらえたら嬉しいです!
■魔女たちの終末
https://book1.adouzi.eu.org/n0232ky/
■トウコの魔石工房
https://book1.adouzi.eu.org/n8487kd/
■[短編]レモンスカッシュ・アンサー
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