それでも人生は続く
プロヴィデンスによる、ロゼス決定戦が行われた翌日。スコットは生徒会室で、一人作業を行っていた。
「はぁ……。仕事を後回しにしていたツケがこれか」
スコットの前には、数えきれないほどの資料が広がっていた。生徒会長として、このすべてを確認とサインを記さなければならない。途方もない作業のように思われた。
「入るぞ」
そんな絶望的な状況の中、誰かが生徒会室の扉を叩いた。
「どうぞ」
資料に目を落としながら、何気なく入室を許可すると、思わぬ人物が姿を見せた。
「あ、アルバート!?」
そう、ずっと命を狙われ続けていたアルバートだったのである。
「な、何をしにきたんだ!?」
スコットは飛び跳ねる勢いで立ち上がり、窓際まで後退する。まさか、逆恨みで今度こそ殺されるのではないか……と警戒するが、生徒会室に入る彼は、仲間を一人として連れていないようだった。
「ふん、俺が襲い掛かってくると思ったか? 俺だってアリストスの子息だ。そこまで往生際は悪くない」
「そ、そうか。失礼した」
咳払いで誤魔化し、客人をもてなすための紅茶を入れる。二人は同じ学園で六年近く過ごしているわけだが、向き合って座るのは初めてだった。
「それで、何か用か?」
「……一つ頼みがある」
皮肉の一つでも言われると思ったが、アルバートは自分が孤児だったことを話し始めた。そして、父親との関係性を語り終えると、ゆっくりと立ち上がり、数秒だけスコットを見つめた。
「……スコット、頼む。このグレイヴンヒース領を豊かにしてくれないか。不幸な子どもが腹を空かしてさ迷うことのないように……。父上の信頼を勝ち取れなかった以上、俺はお前に願いを託すしかないのだ」
彼がどんな思いでやってきたのか。そして、どんな思いで昨日まで命を奪おうとしていた相手に頭を下げているのか。想像するだけで、スコットは苦い気持ちでいっぱいになった。だが、スコットも誠意を示す必要があるのだろう、と立ち上がる。
「アルバート・ウェストブルック。君と違って、僕はこのグレイヴンヒース領の都市化は進めるつもりはない。だけど……ここを豊かにしたいと思う気持ちは、君に負けないはずだ。もちろん、子どもたちが路頭に迷うようなことのない領土を目指す。だから……」
スコットは右手を差し出す。
「君の想い、僕に託してくれ。必ず……デュオフィラ選抜戦を勝ち抜いてみせるから」
「……ああ。頼む」
二人は固い握手を交わし、アルバートは黙って生徒会室を去った。一人残ったスコットは、右手に残る友の想いを握り締め、また始まるであろう戦いを見据えるように顔を上げる。……ただ、今は積まれた資料を捌くためにも、テーブルに目を落とすしかなかった。
その日、アルバートは珍しく父に呼び出される。父の書斎に入ると、彼は何やら書き物に集中して「少し待ってくれ」と言われ、隅で姿勢よく立ち続けるしかなかった。やがて、作業に区切りがついたのか、父はペンを置いてアルバートの方を見た。
「こっちにきなさい」
「はい」
有無を言わさぬような威圧感に、緊張しながら彼の前に立つ。
「デュオフィラ選抜戦にエントリーしたそうだな」
「はい」
「結果は?」
「ロゼスの代表決定戦に敗れました。ローレルは無事に学園代表としてエントリーできましたが……擁立者としての権利は放棄するつもりです」
「ほう。なぜ手放す?」
メガネの奥から鋭い視線を放つ父に、アルバートは冷たい汗で額を濡らす。だが、ここで黙るわけにはいかない。
「それよりも、共に新しい道を歩むべき人がいるからです。彼女がいなければ、私はデュオフィラ選抜戦に挑む理由がありませんから」
勝つまで勝ち続けろ。それがアリストスとしての生き方と言う父の前で、そんな考えを口にすべきではないのだろう。しかし、アルバートに既に決めている。これからの人生を。ただ、父に対する恩を忘れたわけではない。せめて、謝罪だけは口にするべきだった。
「……ウェストブルックの名に泥を塗るような結果になってしまい、申し訳ございませんでした」
どんな罰が待っているのだろうか。自分の爪先を眺めながら父の次の言葉を待ったが、それは意外なものだった。
「……ふむ。まぁ、若いうちに失敗は何度もしておくがいい」
「……はい?」
「ふふっ、私もそうだった。若いころは負けに負けを重ねて、何度も目標を変えたせいで叱られたものだよ。しかし、今では必要な経験だと思っている。だから、お前にも負けを恐れず色々なものに挑戦してほしい」
「……そう、ですか」
いつもと違う父の態度に、アルバートは何を言うべきか分からなかった。父は席を立つと自分の前まで移動する。そして、肩を叩くのだった。
「いつもは気恥ずかしくてこんな風に話せなかったが……悪くないものだな」
「……はい」
「これからは、もっと話をしよう」
「……はい!」
デュオフィラ選抜戦には出れなかった。ライバルとしていた男にも敗れた。しかし、父の言う通り、自分は大きなものを得たのだ、とアルバートは思うのだった。
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