恩返し
「勝った……。想像以上に、しんどかったですわ」
勝敗が決したにも関わらず、ジュリアはコノスフィアの中で座り込んでしまった。足の痛みは、スコットの想像をはるかに上回るものだのだろう。
「お嬢様、前半に実力を抑えすぎです」
疲れ果てているだろうジュリアに、コハルが無表情にダメ出しする。
「ファースト・プロヴィデンスからしっかり戦えば、完勝だったはずですが?」
ジュリアの笑顔がやや引きつる、
「だって……この世界のキックボクサーを相手に、どこまで私の立ち技が通用するか、試したかったんですもの」
「……ちょっと待った、シラヌイ殿。ジュリアは手加減していたのか??」
「て、手加減はしてません!!」
ジュリアはすぐに否定する。どうやら、突っ込まれたくはないらしいが、タイミングよく裁定者が声をかけてきた。
「ヒスクリフ陣営の皆さん、コノスフィアの掃除があるので、そろそろ退出してください」
「あ、すみません。すぐに!」
スコットがジュリアに「立てるか?」と視線を向けるが、彼女は首を横に振る。
「痛くて歩けませんわ。先輩、おんぶしてください」
「い、いやいや! だったら、すぐに魔法で治すから!」
「いいえ、先輩。コノスフィアの中で魔法は禁止です。だから、早くー!」
甘えるように手を伸ばすジュリアに、頬を引きつらすスコットだったが、アーサーが後ろから囁いてくる。
「良いではないか。ジュリア嬢は君のために死力を尽くしたんだ。少しくらいのワガママを聞いてやれよ」
「だったら、アーサー。君も肩を貸してくれ」
「シラヌイ殿! 貴方もまだ血まみれじゃないか。シャワールームの場所を教えるから、俺についてくると良い」
「ええ、お願いします。何か着替えがあると助かるのですが……」
「任せてくれ」
「ちょ、二人とも!」
アーサーとコハルは早々にコノスフィアを出て行ってしまった。振り返ると、ジュリアが手を伸ばしたまま待っているではないか。
「……ええーい! 仕方ない!!」
スコットは背中を差し出し、ジュリアを乗せてコノスフィアを出た。控室に戻りながら、彼女は言うのだった。
「しっかり勝ちましたよ、先輩。どうでしたか、私の足技は」
「ああ、凄かったよ。だが、今日の戦いはあくまで予選のようなもの。僕たちの目標は……六十以上の学園が参加する、デュオフィラ選抜戦に勝ち抜くことだ」
「ええ、そうですね。……これからも、よろしくお願いしますわ」
スコットはジュリアに知られないよう、静かに笑みを零すのだった。
メイシーはまだ体中が痛かったが、体育館から出て行こうとする観客たちの中から、母の姿を探していた。
「ママ! ママ!?」
デイジーは別の出口で探してくれているはずだが、既に帰ってしまったのだろうか。だが、いつか見た背中を見つける。
「ママ!!」
メイシーの声に、その背中が止まった。駆け寄って、もう一度呼びかける。
「ママ……。ママなんだよね?」
しかし、その女性は振り返ってくれはなかった。
「何かの勘違いなんじゃない。私みたいなロクでもない大人が、あんたみたいな立派なロゼスの親なわけがないだろう」
「ううん。だって、その声……間違いない。ママだよ!」
メイシーは手を伸ばし、その人の肩に触れようとした。しかし……。
「触るな!」
強く否定されてしまう。
「あんたは新しい生活を見つけたんだろ? 過去のどうしようもない記憶より、今を大切にしなよ」
「……でも、私はママの恩返しがしたい。そうじゃないとロクな大人になれないでしょ?」
女性は少し黙ったが、小さく笑ったのか、肩が揺れたようだった。
「何言ってんだよ。これだけ凄いロゼスになったんだ。あんたの親も……十分恩を貸してもらったって、喜んでいるはずさ。何よりも、子どもは自分が幸せになることが、親に対する恩返しなんだからさ」
女性は再び歩き出す。一度も振り返ろうとしない彼女を、メイシーは追えなかった。
「だから、あんたの親も、ずっとあんたを応援しているはずだよ。……じゃあな」
人混みの中に女性は紛れて、姿を消してしまう。メイシーには分からなかった。母親がなぜここまで来てくれたのに、立ち去ってしまったのか。
ただ、少しだけ過去の自分が報われたと思ったのは、確かなことだった。
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