幸せになる手段は
アーサーはコノスフィアの傍に設置された砂時計に目をやる。そこにはガラス板が貼り付けられ、魔法によって計測された時間が、数字で表示されていた。時間のカウントダウンはアーサーの焦りを膨らませる。
「このままだと、判定は怪しいぞ。勝ち切れるのか!?」
「やれるさ。彼女なら!!」
スコットはただ信じるだけだったが、メイシーのプレッシャーが強まり、ジュリアは金網際へ追いつめられている。金網に背中を預ける直前で、ジュリアはタックルを仕掛けるが、メイシーはそれを押し返す。再び金網に叩きつけられたジュリアは左右からボディに拳を叩きつけられてしまう。それでも、ジュリアは反撃のフックを振り回した。
「ちくしょう、倒れやがれ!!」
「そっちこそ……!!」
ジュリアは金網際から逃れ、再びコノスフィアの中央へ。メイシーもそれを追った。メイシーがパンチのフェイントから、ミドルキックを繰り出す。ボディを叩かれ、痛みに動きを止めてしまうジュリアだったが、咄嗟にメイシーの蹴り足を掴んで、今度は軸足を払ってみせた。
「ジュリア、抑え込むんだ!!」
スコットの指示通り、ジュリアは倒れたメイシーの上に覆いかぶさろうとする。だが、メイシーも必死に抵抗し、ジュリアはいいポジションを取れなかった。それでも、何度か拳を振り下ろし、メイシーにダメージを与える。
「立て、姉貴!」
スコットたちと反対の位置から、デイジーの声が聞こえてきた。
「ママが来ているんだ! 私たちを見ているんだぞ!! ここで勝たなかったら、いつ勝つんだよ!?」
メイシーが足を突き出してジュリアを引き離してから、鈍重に立ち上がる。その瞬間を見逃すことなく、ジュリアは蹴りを放った。頭を弾かれて揺らめきながらも、メイシーの目は死んでいない。
二人の拳が交錯し、お互いの顔面にヒットする。二歩、三歩と後退する二人は、どう見ても限界が近かった。
残り一分半。二人が同時に踏み込んだ。メイシーのパンチを躱しながら、ジュリアは膝を突き上げる。それは見事に鳩尾に突き刺さったのか、メイシーは崩れた。
「まだだぁぁぁ!!」
それでも、立ち上がろうとするメイシーだったが……。
「いいえ、これでおしまいにしましょう!」
背後から声があり、振り返ろうとしたが、人一人分の体重にのしかかられ、首に急激な圧迫感が。
「な、なにを……!!」
「いくら殴っても倒れてくれないなら、締め上げるまでです!!」
ジュリアの腕が首に巻きつき、急激に圧迫される。呼吸を奪われたメイシーの顔は赤く染まっていった。それでも、ジュリアの腕を引きはがそうとするメイシーだが、頭の中はパニックなのか、まともに対処できるようではない。首を締められながらも、立ち上がるメイシー。
だが、そこから何ができるというわけでもないようだ。ただ、歩いてアルバートたちの方へ。手を伸ばす彼女は、アルバートたちの後ろに、何かを見たようだった。
完全に足を止め、崩れたメイシーを見て裁定者が割って入る。
「プロヴィデンス・エンド!」
高々とゴングが鳴らされる。それは決着の瞬間だった。ジュリアがゆっくりと離れると、メイシーは糸の切れた人形のように、マットの上にぐったりと倒れる。目は開いているものの、焦点は合っておらず、完全に意識を失っているようだ。
「メイシー!」
「姉貴!」
金網のロックが外され、アルバートとデイジーがコノスフィアに駆け込む。それに遅れてスコットたちもコノスフィアに入ると、ジュリアが覚束ない足取りで近付いてきた。
「……大丈夫か?」
「足の骨、また折れてしまいました」
「後で回復魔法をかけてやるさ」
微笑み合う二人だったが、アルバートたちは違った。
「姉貴……!!」
デイジーの呼びかけに、メイシーも意識を取り戻したらしい。ゆっくりと身を起こしていた。
「私は負けたの……?」
アルバートの方へ視線へ向けるメイシーは、まだ意識がはっきりしていないどころか、直前の記憶も曖昧らしい。今にも泣き出してしまいそうに、瞳を揺らすメイシーの正面にアルバートは屈む。
「よくやってくれた、メイシー」
頭に手を置かれると、溢れ出す涙が止まらないようだった。
「ごめんなさい、私……不幸な子どもたちがいない世界を一緒に作るって約束したのに!」
それ以上の言葉は不要であると、首を横に振るアルバート。そして、彼女に肩を貸して立たせる。もちろん、デイジーも姉の肩を支えた。コノスフィアを去りながら、アルバートは二人の姉妹だけに聞こえるよう呟く。
「きっと……大丈夫だ。確かに、大きなことは成し遂げられないかもしれない。だけど、幸せになる手段はいくらでもあるさ。俺たちが……離れ離れになることがなければな」
そして、コノスフィアに残ったジュリアは、裁定者によって勝ち名乗りを上げられる。
「勝者、ジュリア・コウヅキ!」
再び歓声が会場を満たした。それは今日一日の歓声の中で、もっとも大きいものだったと言えるだろう。こうして、ジュリアはヒスクリフ学園の代表ロゼスとして決定したのだった。
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