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ファイナル・プロヴィデンス

再び一分間のカーム(静寂)に入る。


「凄いじゃないか! 後半、メイシーは何もできなかったぞ!」


興奮するスコットにジュリアは微笑みを浮かべる。



「言ったでしょう。巻き返す、って」


「ああ! セカンド・プロヴィデンスは確実に君が取った。次も同じ展開に持ち込めば……絶対に勝てるぞ!」



ジュリアは頷くが、明らかに口数が少なく、肩を上下させるほど息が荒くなっているようだった。どうやら、彼女も消耗しているらしい。そんなジュリアを見て、スコットは胸の中で何かがぐるぐると蠢くように感じられた。なぜ、自分は彼女にすべてを背負わせているのだろうか、と。



「ジュリア……」


すまない、と謝罪しそうになる。だが、それは彼女との間に積み重ねた信頼関係を否定するような気がした。


「ヘトヘトで、体中もあちこち痛いかもしれない。だけど……君ならやれる。最強であることを証明してくるんだ」



ジュリアは微笑みを浮かべて、ゆっくりと丸椅子から腰を上げる。しかし、わずかにジュリアの歩き方に違和感があった。足の骨が折れたのかもしれない。それでも彼女に想いを託すしかないのだ。スコットは軽く目を伏せて、彼女の勝利を祈ってからコノスフィアから出ると、黙っていたコハルが口を開いた。



「相手は思ったより強いようです。このまま勝ち切れるか……」


「そんなに競っているのか?」


「ジュリア様は何度も相手を倒すこと(テイクダウン)に成功していますが、あれはあれでスタミナを消費するようです。暴れる相手を抑え込むだけでも、かなり疲れますからね。この調子で、お嬢様がスタミナの消費を嫌ってテイクダウンに行けなかったら、立った状態(スタンド)の戦いが必須になるでしょう」


「そしたら……勝ち目はない、と?」



コハルが無言になってしまったため、スコットは金網の向こうに目をやるしかなかった。


そんなコノスフィアの向こう。ジュリアとメイシーが向き合っている。


これが最後だ。それは分かっていても、二人の顔に疲労が色濃く出ている。それでも、ジュリアは笑ってみせた。喜びではない。相手に対する好意でもなければ、賞賛でもない。ただ、相手を壊す瞬間を思い描いた、興奮のようだった。


そして、裁定者が中央に立つと、歓声と喝采ですべての音は支配される。ジュリアの笑顔とメイシーの鋭い視線が交錯する中、裁定者が最後の戦いを告げた。



「ファイナル・プロヴィデンス……エンゲージ!!」



ジュリアが先に動く。何度も体を上下しながら、タックルのフェイントを見せつつ接近する。メイシーは軽くステップを踏みながら、ジュリアの先手を待つようだった。


すぐに間合いが詰まる。同時に、ジュリアが低い姿勢から、投擲の動作に近い大ぶりのパンチを見せた。タックルのフェイントを警戒していたメイシーの顔面を硬い拳がかすめるが、深いダメージは入らず、瞬時に打撃を返す。突き刺さるような膝の一撃に、ジュリアが呻き声をもらすが、そのまま足を掴みながらメイシーを倒した。


ただ、背中をマットに付けたメイシーを抑え込むようなことはしない。やはり、スタミナの消耗を恐れているのだ。その間に、メイシーが立ち上がり、じわじわと距離を詰めてくる。



「ジュリア嬢、蹴って距離を作るんだ!」



アーサーが叫ぶ。確かに、セカンド・プロヴィデンスで見せた蹴りを出せれば、メイシーは沈むかもしれない。ただ、ジュリアは出したくても出せないのだ。それは分かっている。しかし、スコットはアーサーと同じように叫んだ。



「ジュリア、蹴るんだ! 七色の足技を……僕に見せてくれるんだろう!?」



スコットの声にジュリアがわずかに肩を揺らした、ように見えた。そのタイミングでメイシーが踏み込んできた……が、ジュリアは神速のミドルキックで、その進行を止めてみせる。さらに放たれたハイキックは、確かにメイシーの頭部を直撃し、彼女の動きを止めた。



「勝った!」



スコットとアーサーは確信した。現にメイシーの膝は、がくりと崩れかけているではないか。


だが、奇跡が起こる。そのとき、なぜか会場の音が消えたのだ。そして、たった一人の声がコノスフィアに届く。



「あんたに全部かけたんだよ、私の天使! だから、相手の鼻を折ってやるんだ!!」



誰もがその言葉の意味を理解できなかった。集中しているジュリアに関しては聞こえてすらいない。しかし、なぜか目の前にいるメイシーだけが、淀んでいた瞳に熱を取り戻していた。


ジュリアのタックルに、メイシーが反応する。体を受け止めてから、脇の間に腕を刺して、状態を持ち上げたのだ。そして、振り回すようにしてジュリアの体を突き飛ばす。



「タックルが切られてしまいました」


コハルは言う。


「いまスタミナの消耗と精神の疲弊具合としては、お嬢様が劣勢かもしれません」



スコットはただコノスフィアの中を見つめる。迫るメイシーはもう恐れていない。例えジュリアがタックルを仕掛けてきても、受け止めてみせるという気迫があった。



「負けられない……。ママが見ているかもしれないんだ。負けてられないんだよ!!」



ファイナル・プロヴィデンスも残り時間を半分切った。

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― 新着の感想 ―
ちょっと落ち着きを取り戻したのでこちらにも失礼。 ママ……!!これだから「◆」の罠は危ないんですよ…一気にジュリアちゃん窮地になるのがわかるじゃないですか… 格闘技って、なんとなくしか知らないと「と…
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