フェイスオフ!
プロヴィデンスの会場となる体育館は、既に非日常的で異様な空間と化していた。それは、中央に設置された金網に囲まれる八角形のスペース、コノスフィアだけが作り出したわけではない。前哨戦を目にして興奮した人々が、メイン・プロヴィデンスに対して抱く期待で溢れているからだ。
あらゆる娯楽を手放し、ただ強さだけを追い求めた二人が向き合い、どちらかがすべてを得て先へ進み、どちらかがすべて失って転落する瞬間。その恍惚と絶望が同時に渦巻くときを、今か今かと待ちわびている。まさに異常な空間であった。
「それでは、本日のメイン・プロヴィデンスを行います!」
進行役となる裁定者が拡声魔法を使って、会場全体に響き渡る声を発すると、それに勝る歓声が轟いた。進行役は一息ついてから、一輪のロゼスを呼び寄せる。
「メインゲートより、青コーナー、ジュリア・コウヅキの入場です!」
スポットライトが入口に集中し、ゆっくりと扉が開かれると、迫りくるような光に、スコットは思わず目を細めた。そして、先頭のジュリアが体育館に足を踏み入れると、嵐のような喝采が。称えている。美しい一輪の薔薇が咲き誇ろうとする様を。
普通の人間であれば、喝采の重みに足が動かなくなるところだろうが、ジュリアは軽やかに進んで行くため、スコットは足がもつれそうになった。そして、ジュリアは声援に応えるよう、手を上げる。
「ええ、皆さん。見ていてください。このジュリア・コウヅキが華麗に舞う姿を!」
ジュリアが体育館の中央にたどり着き、簡単なボディチェックの後、ついにコノスフィアに足を踏み入れると、さらに大きな喝采が空間上に波打った。ふと証明が落ちたかと思うと、再び進行役の裁定者が照らされる。
「続きまして、メインゲートより、赤コーナー、メイシー・ドノヴァンの入場です!」
先程と同じように体育館の入口が照らされ、扉が開くとメイシーの姿が。彼女はアルバートと妹のデイジーを引き連れ、中央へ歩き出すと、先程よりも強い喝采が送られた。万雷の喝采を浴びながら、メイシーは落ち着いた様子で、一歩一歩噛み締めるように中央へ向かう。その静かな歩みは、ギャラリーの声など耳に届いていないといった調子である。そして、彼女もコノスフィアに足を踏み入れると、会場の熱がさらに上がった。
「それでは、ロゼスと擁立者は中央に!」
進行役の指示により、コノスフィアの中央で審判となる裁定者を挟み、向き合うスコットの陣営とアルバートの陣営。もちろん、先頭に立つのはジュリアとメイシーだ。ジュリアはメイシーと目が合うなり、挑発的な笑みを浮かべる。
「あらあら、お仲間を引き連れていなければ、私の前には立てないと思っていましたが、食べカスほどにしかない勇気を振り絞って出てきたようですね」
アリストスの令嬢とは思えない言い草だが、それはメイシーも同じだった。
「抜かせ、クソのアリストスが。私たちに立てついたこと、一生後悔させてやるよ!」
「楽しみですわ。負け犬のように伏せる貴方の姿を拝見するそのときが」
二人の言葉が途切れた瞬間を見計らって、裁定者が告げる。
「我はプロヴィデンスの裁定人として、民を導くアリストスに問う。この戦いを、グロワールの平和を守るためのものとして、自らのロゼスを捧げることを承認するか? アリストス・ヒスクリフ!」
スコットは意志を確認され、わずかに息を飲む。ここまできたのだ。絶対に負けられない、最後の戦い。いや、最初の戦いの場に立っている。そして、この一言で彼女にすべてを託すのだ。
「承認する!」
つい先日とは、言葉に込める想いの強さが違った。しかし、それは相手も同じことなのかもしれない。
「アリストス・ウェストブルック!」
裁定者の確認に、アルバートも小さく頷いた。
「……承認する」
スコットとアルバートの視線が交錯する。そこには、おのれの覚悟だけでなく、両ロゼスに対する信頼が含まれていた。
「それでは、擁立者は外へ!」
裁定者の指示により、スコットとアルバートはコノスフィアの外に出た。スコットはセコンドとしてジュリアのサポートを許された、アーサーとコハルの元へ向かうと、ジュリアの背中を見守った。
「もはや言葉はない、か?」
アーサーの問いかけにスコットは頷く。隣からコハルの落ち着いた声が。
「安心してください。ジュリアお嬢様は強いですから」
「ああ、何も心配してはいないよ」
コノスフィアの中ではジュリアとメイシーの視線を遮るものはなく、二人の戦意がぶつかり、空間が歪むようだった。ジュリアは呟く。
「私は誰にも負けない。いつ、どんなときも目の前の敵を倒すだけ。そして……クラトスのベルトを巻くんだ」
その対岸で、メイシーも呟く。
「ママ、私にすべてを賭けて。そうすれば、貴方の天使は翼を得て、飛び立ってみせるから。そして、デイジーとアルバートに幸福な未来を……!!」
そして、中央に立つ裁定者。彼は二人の声が聞こえていたのだろうか。ジュリアとメイシーの呟きが途切れると同時に、右手を高々と上げてから、勢いよく振り落とし、叫ぶのだった。
「ファースト・プロヴィデンス、エンゲージ!!」
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