◆メイシー⑤
それから、私とデイジーはヒスクリフ学園へ入学が決まり、よりアルバートと密に行動するようになった。そして、彼の敵を知る。
「アル、どうしたの?」
入学式の日、彼は今まで見たことのないほど、鋭い目をしていた。その先に立つのは、生徒代表としてステージの上で挨拶する、スコット・ヒスクリフだ。
「あいつは、俺と違って生まれたときからすべてを持っていた。そんなやつに負けてたまるか」
「……大丈夫よ、アル。どんなやつが相手でも最後には私がコノスフィアで勝利を掴むから」
「お前だけに背負わせたりしないさ」
アルバートはいつだって私を大事にしてくれた。あらゆる障害から守って、私が強くなれるよう、サポートしてくれる。それなのに、一年のときも、二年のときも……私は後一歩のところで敗北した。
「今年は、絶対に勝ってみせる」
死ぬ気で練習する私の横で、デイジーは気楽に笑う。
「ああ、姉貴は今までで一番強いよ。今年は絶対に学園代表のロゼスになって、デュオフィラになるぜ!」
「……デイジー、貴方も言葉を直したらどうなの?」
妹だって、いつまでも昔のままではいられない。その程度の理由で指摘したつもりだったが、デイジーは頬を赤らめながら、どこか慌てたように言った。
「わ、私は良いんだよ。だって、その……私はアル兄みたいな、良い人と一緒になる予定も、ないしさ」
そんな彼女の反応を見て、私は身が引き締まるようだった。自分とアルバートの想いだけではない。デイジーも自分に託してくれているのだ。絶対に負けられない、と。そして、今年は不思議なことに、立候補する生徒もなく、ロゼスのエントリーもスムーズに済むと思われたが、直前になって敵が現れた。
「すまねえ、姉貴。……負けちまった」
しかも、デイジーを破ったらしい。
「相手はデュアル・クラフトの使い手だった。足を狙われて……動けなくなっちまった」
どれだけ蹴られたのか、デイジーの足は赤く腫れあがっていた。フィスト・クラフトのデイジーに対し、足を攻めるのはデュアル・クラフトの使い手としたら常套手段と言える。しかし、デイジーは並みのフィスト・クラフトではない。足を狙われたとしても速い踏み込みで間合いを詰め、相手の顎を打ち抜けるはず。相手の実力、その片鱗が窺えた。
「それで……アルは何を怒っているの?」
「そ、それが……」
デイジーは眉を八の字に曲げて教えてくれた。
「相手はスコット・ヒスクリフが擁立したロゼスだったんだ」
「……なるほどね。一番負けたくない相手ってわけ」
「それだけじゃない。そのロゼスのやつも……」
何でも有名なアリストスのご令嬢らしかった。だとしたら、私としても負けられない相手ではないか。私だって、裕福な家庭に生まれていれば、こんなに苦労する必要はなかったはず。もしかしたら、普通にアルバートと出会って、普通に距離が縮まって、普通に結婚もできたかもしれない。そんな人生を歩める人間が、なぜデュオフィラを目指すのか……。
その日、私たちが住む、 ウェストブルックの屋敷の離れに帰ると、アルバートが待っていた。
「どうしたの?」
何かあったのだろうか、と首を傾げると、アルバートが黙って歩み寄り、私を抱きしめた。
「……俺は負けない。どんな手を使ってでも、勝ってみせるから」
私も彼の腰に腕を絡める。
「分かってる。でも、安心して。何があっても、必ず最後には私が勝利してみせるから」
震えている。どれだけの不安が彼をそうさせているのか。きっと、私にはその一部しか理解できていないのだろう。だけど、この世界で一番理解し合えているはずだ。だからこそ、私は彼のために勝ってみせる。
ママ、貴方がどこにいるか分からないけど、もし私のプロヴィデンスを見ていてくれるなら、私に全額を賭けてね。そうすれば、負けられない理由が、もう一つ増えるから。
うん、会いたいなんて、わがままは言わない。私にもう一歩踏み出す勇気を。敵を確実に倒すための勇気をください。そうすれば……。
「絶対に勝つよ。だから、あのときみたいに誓ってみせて」
アルバートと私の唇が重なる。この誓いが破られることはない。ましてや、生ぬるく育ったであろう、アリストスの令嬢なんかに。プロヴィデンスの当日、私はそれを証明してみせるのだ。
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