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◆メイシー④

「聞いたぞ。なんで脱走ばかりするんだ」



アルバートは呆れたように聞いてきた。本来の私なら、本心を言わず黙り込んだところだろう。しかし、慣れない孤児院の生活で身も心も疲弊していたのだと思う。このときは、本心を口にした。



「ママが……私たちを探しているかもしれないから」


「……」



自分でも馬鹿けていると思った。ママが探しているわけがないって、分かっているのに……。



「ママは、私たちのことを愛しているって、言ってたんだ。一度はほっぽり出して逃げたかもしれないさ。だけど、少し稼ぎを手にしたら、迎えに来てくれるはず。もしかしたら、今も街を探しているかもしれない! それなのに、私たちがこんなところにいたら……見つけてもらえないじゃないか!」



アルバートから孤児院に誘われたとき、断った理由もこれだった。分かっている。本当に分かっているつもりだけど、ママの言葉が忘れられない。



――お前たちは私の天使だよ。



あの人が横にいてくれただけで、安心して眠れた。愛されているって感じられた。再びあの気持ちを取り戻せるなら、私は今の生活を捨てたって構わなかったのだ。馬鹿だって笑われてもおかしくない。それのにアルバートは……。



「どんなママだったんだ?」



優しい目で、ただ話を聞いてくれた。それが嬉しくて、私はずっとママの話をした。いつも帰ってこなくて、お酒とタバコの匂いで臭かったけど、それでも私たちにとって最高のママだった、って。話を聞き終えると、アルバートは意外なところを指摘してきた。



「お前さ、さっき……殴られそうになったけど、避けてたよな?」


「……はぁ?」


「絡まれて、殴られそうになったけど、避けてから反撃してただろ?」


「……それは、さっき話した通り、ママがプロヴィデンスばかり見てたから、何となく真似できたって言うか……」



見てたのなら、助けろよ。そう思ったが、アルバートが急に顔を寄せてきた。



「お前、ロゼスにならないか?」


「……はぁ?」



私は頬の熱を感じながら、アルバートは真剣な眼差しを疑う。



「俺のロゼスになれ。もし、デュオフィラになって有名人になれば……ママがお前の居場所に気付いてくれる。必要な手続きも金も……全部俺が何とかするから」


「そ、そんなことして……お前に何の得があるんだよ」


「俺がデュオフィラを輩出したとなれば、ウェストブルック家の名を上げられる。そしたら、父上の期待に応えられるんだ。どうだ、お互いにとって利益がある話だろ?」



なんだ、結局は自分のためかよ。私は少しがっかりしたが、悪い話じゃなかった。だって、居心地の悪い孤児院から抜け出せて、デイジーと二人だけの暮らしも約束してくれるらしかったから。しかし、アルバートの想いはそれだけじゃない。



「俺がアリストスになったら叶えたいことがあるんだ」


「叶えたいこと?」


「このグレイヴンヒース領をもっと豊かにしてみせる。もっと都市化を進めて、仕事がない大人を減らす。そうすれば俺たちみたいな子どもも減って、誰もが良い暮らしをできるんだ」



そんなことを考えていたんだ。アルバートは本当に立派なアリストスだ。この人の夢を叶えるためなら、私も頑張れるかもしれない。そう思ったが……私の考えは甘かった。



「ほら、休むんじゃない!」



アルバートが用意したコーチは悪魔みたいなやつだった。いや、練習だけの日々が本当に地獄だったのだ。デイジーなんか逃げ出してばかりで、その分まで私が怒られたのだから、堪ったものではない。



「デュオフィラになりたいなら、その程度で倒れるんじゃない!!」



もちろん、コーチはそんな私を同情してくれるわけでもなく、ただただしごかれた。それでも、助けてくれたアルバートのためにも、デイジーのためにも、何よりも……ママに再会するため、私は必死に練習した。



「調子はどうだ?」


ある日、アルバートが様子を見に来てくれたが、私はコーチに散々言われた後だったせいで、この生活に送り込んだ彼を、つい恨めしく思ってしまった。


「最悪だよ! 私もデイジーも死にそうだ!!」



あんたのせいで、そう言ってやるつもりだったが、アルバートは静かに笑うのだった。



「俺と一緒だな」


「……え?」



アルバートは、アリストスとしての稽古を受け、苦しい日々を送っていたそうだ。礼儀作法だけでなく、経営や歴史の勉強に加え、魔法の特訓も。そんな忙しい日々の中、間を縫って、私たちの様子を身に来たらしい。


それを聞いて、なんだか申し訳なかった。てっきり、私たちが地獄を見ている間、アリストスの息子は紅茶でもすすっているのかと思ったのに……。



「でもさ……こんなに頑張って、ママが迎えに来なかったらどうすりゃいいんだ? 私みたいなもんは、どうせロクな大人になれない。幸せになれるとは思えねえよ」



この頃になると、色々と打ちのめされたせいもあってか、ママと会える可能性なんてごくわずかなものなのだ、と認めつつあった。だから、これだけ努力する意味ってものを、少しずつ見失いつつあったのだ。それなのに、アルバートは平然と言うのだった。



「そのときはそのときだ。俺と結婚しろよ。幸せにしてやるから」


「……は、はぁ!?」



冗談だと思った。揶揄(からか)われていると思った。だけど、アルバートの目は真剣そのもの。



「で、でも……私みたいな貧民出身の女が、アリストスと結婚できるわけがねえだろ」



格差の壁だってあるのだ。アルバートの提案は現実的ではないと思ったが、彼はいつも表情少ないくせに、温かさを持って、こんなことを言うのだった。



「デュオフィラになれば、アリストスと同等の地位を与えられる。誰にも文句は言わないさ」



そして、目の前で片膝と付くと、私の手を取って言うのだった。



「これは誓いだ。お前がデュオフィラとして咲き誇るその日まで、俺はお前の盾となり、あらゆる障害から守護してみせる。だから……誓いを返してくれるか?」


「……な、なんだよ今更! 既に私はお前のロゼスだろ!?」



恥ずかしさを誤魔化そうとする私を、アルバートは真っ直ぐ見つめる。



「誓いを返してくれるか?」


「ち……誓ってやるよ!!」



アルバートが私の手の甲に唇を落とす。その柔らかさを感じながら、私は思った。


この人の相応しい相手になるためにも、言葉遣いも少しずつ直していこう、と。

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