◆メイシー③
アリストスの子どもと思われる少年は、静かな目で言った。
「……俺も捨てられた子どもだったんだ。たまたま孤児院に拾われて、そこの経営者である父上に魔法の才能を見出されたから、養子にしてもらえただけで」
聞くところによると、少年も私たちと似たようなものだった。毎日、生きるために盗みとゴミを漁り続ける。味はどうでもいい。ただ、生きるために、空腹という地獄から逃れるため、口の中に何かを入れなければならなかった。
「だから、お前たちを見て……放っておけなかった」
「……あっそ」
我ながらひねくれていると思うが、このときは「だからなんだ」と思った。本人は私たちと同じだと思っているみたいだが、アリストスに助けられ、生活が変わった時点で別物。気まぐれで何日か食べものを与えられたからと言って、私たちが救われるわけがないのだから。
「よかったら、うちの孤児院に来ないか?」
「……デイジー、行くよ!」
助けられた手を取ればよかったのかもしれない。だけど、私は妹を引っ張るようにして逃げ出した。
「どうしたんだよ、姉ちゃん!」
「うるさい。とにかく帰るよ」
「帰るって……どこに」
それから、私は公園へ行かなかった。デイジーは何度も「腹が減ったから、あいつに食べさせてもらおうよ」と言ったが、私は拒否した。
「あんなやつの気まぐれに頼ったら、私たちは腑抜けちまう。これからも、二人で生きていくために、誰にも頼らずにやっていくんだよ!」
しかし、すぐに限界が来た。まともに食べていなかったせいで、デイジーが高熱を出し、私も体調がおかしくなったのだ。
「お願いだよ、妹を助けてくれ!」
医者の家の門を叩くが、もちろん金のない私たちを診てくれるところはない。たまに門を開けてくれるところもあったが、汚い格好の子どもを見て、ゴミでも払うみたいに追い出されてしまった。
「誰か……助けて」
妹を担ぎながら、夜の街を歩く。しかも、寒い時期だったせいで雪が降り始めた。寒い日は……ママが毛布をかけてくれたな。そんなことを考えていると視界が霞み始めた。
「おい、大丈夫か!?」
薄れていく意識の中、あの少年の声を聞いた。後で知ったが、私は当てもなく歩いていたつもりが、あの公園で倒れたらしい。どこかで、あの少年が助けてくれると、期待していたのだろう。今思うと少しだけ恥ずかしいことだ。
目覚めると見たこともない、綺麗な天井があって、天国みたいなベッドで横になっているじゃないか。少年はずっと私の傍らに座っていたのか、眠たそうに頭を傾けていた。
「……なんで、アリストスの息子があの時間に、あんなところを歩いていたんだよ」
私は礼を言うこともなく、拗ねたように黙っていたが、デイジーが眠っている間に聞いておきたくて、ついに口を開いた。少年は目をこすりながら答える。
「お前たちを探していた……。けど、それだけじゃない」
少年は俯くと膝の上で、ぎゅっと拳を強く握った。
「父上は……俺と話してくれないんだ。たぶん、偽物の息子だからだ。俺が本当の息子になるには、あの人の期待に応えなければならない。だけど……アリストスの息子として、父上の期待に応える自信がなくて怖かった。だから、お前たちを助けるためって自分にウソをついて、街を歩いて……。逃げ回っていたんだよ」
「なんだよ、それ」
私は意味が分からなくて、つい笑った。だって、そんな上等な服を着て、こんなに気持ちのいいベッドで毎晩寝ているやつが、悩むわけがないじゃないか。そんな風に思ったのだ。ただ、確かなことが一つだけある。それを言ってやりたかった。
「だとしても、あんたはもう、立派な貴族なんじゃないか。こんな私たちを助けてくれたんだからよ」
これも後で聞いた話なのだけれど、この日から少年……アルバートは屋敷から抜け出さなくなったらしい。私の一言で、もう少しアリストスを目指す自分の宿命と向き合ってみることにしたのだとか。それで、私たち姉妹の方はと言えば、 ウェストブルック家が運営する孤児院で暮らすことになった。
「またドノヴァン姉妹がいない! 抜け出すつもりだよ!」
しかし、私たちは何度も孤児院から抜け出し、大人たちに追いかけられ、捕まってはお仕置きされる、という日々を繰り返した。
「お前たち、出て行きたいなら出て行けよ!」
「そうだそうだ」
問題児である私たちは、他の子どもたちに目を付けられ、イジメにあっていた。怯えるデイジーを背中に隠し、私が嫌なやつらを睨み付けると、余計に怒らせるのだった。
「なんだよ、その目は!」
ぶん殴られそうになったけど、私は軽々と躱して、逆に殴ってやった。いつもママの横でプロヴィデンスを見ていたせいか、何となくやり方を分かっていたのだ。
「こ、こいつ!!」
そのあとは決まって、数で負ける。デイジーが殴られなかったのは、本当に良かったけど、痛みが取れるまで時間がかかるから、かなりつらかった。その日も殴られて、痛さに耐えられず横になっていると、久しぶりにあの声を聞いた。
「どうしたんだよ、その怪我は」
アルバートが父親の付き添いで、孤児院を訪れていたのだった。
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