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◆メイシー②

「姉ちゃん、いつになったらママ帰るの?」


「もうちょっとだよ」


「昨日もそう言ってたじゃん! もうお腹空いて死んじゃうよ!」



 ママがいなくなって数日経つと、私たちはすぐ限界を迎えてしまう。食べ物がないのはもちろんで、部屋はいつも以上に汚くなっていた。ママの帰りを待たないといけないけど、ここにいたら死んでしまいそうだ。私はデイジーを連れて部屋を出た。



「姉ちゃん、どこ行くの?」


「分かんねえ。だけど……メシを食べよう」



 私たちは盗みやゴミを漁って何とか生き抜いた。寝るときだけは家に戻り、あとは食べ物を見つけるため、街中を歩き回る。最悪だったけど、これを続ければ生きていける。そう思ってたのに……。


「おい、ガキども! 勝手に入るな!」


 家に帰ると、知らない大人たちがいて、部屋の中を片付けていた。



「なんでだよ! ここは私たちの家だぞ!!」


「ふざけるな。家賃も払わず出て行ったやつの部屋に、勝手に潜り込んでいただけだろうが!」



 大人の言っていることは、よく分からなかった。だけど、この日から家は鍵がかけられて、帰れなくなってしまう。気付けば知らない人のものになっていた。



「姉ちゃん。私たちのおうち、なくなっちまったの?」


「……別に大した事ねえよ。ほら、今日のメシを探すぞ」



 大丈夫だ。まだ生きていける。私は諦めず、デイジーの手を引いて、夜の街を歩き回った。だけど、いくら頑張っても食べるものが見つからない日が続くこともある。



「姉ちゃん、もうダメ。歩けないよ」


「もう少しだ。頑張れば食いもの、見つかるから」


「さっきも、同じこと言ってたじゃねえかよ……。姉ちゃんはいつもそうだ。あとちょっと。あと少し。だけど、結局は何も食べれねえ。ママだって……帰ってこねえ」



 ついにデイジーが座り込んで、泣き出してしまった。泣いても何にもならない。歩いて、食べれるものや、盗めそうなものを探さなければ、死んでしまうのに。



「泣いてんじゃねえぞ!」


 頭を引っぱたくと、デイジーは顔を上げてまじまじと私を見つめてから、より大音量で泣き出してしまった。


「姉ちゃんもママと一緒だ! 私だって頑張っているのに、なんで殴るんだよ!! こんなの、もう嫌だよ!!」



 デイジーに言われて気付く。ママと同じように殴って、妹にすら優しくできない。やっぱり、私はロクな大人にならないのだ。でも……。


「私だって……頑張っているのに!!」


 全身から力が抜けて、デイジーの横に座り込むと、私まで泣いていることに気付いたらしい。



「ね、姉ちゃん。ごめんよ。私がいつも足を引っ張っているせいで! 捨てないで。姉ちゃんまで私を捨てないでよ!」



 デイジーが必死にしがみついてくるのに、私はそれが煩わしくて仕方がなかった。きっと、これもママと同じで、私はいつかデイジーを捨てて逃げ出してしまうのかもしれない。最低だ。だけど、生きるためには……そうするしかない。私が自分の冷たさを意識し、恐怖を抱いたそのときだった。



「チョコレートだ。食べろよ」



 夕暮れの公園で涙する小汚い姉妹に、食べ物を与えてくれる小奇麗な少年の姿があった。私は彼の手にあったものを奪い取り、デイジーの手を引いて逃げる。二人で分け合って食べて、空腹を凌いだが……。



「おい、お前たち。まだ腹減っているだろ」


 次の日も、同じ場所に少年がいた。


「逃げるな。またチョコレートやるから」



 しかも、彼は袋いっぱいのチョコレートを手にしている。全部別の味で、私たちは口の中に溢れる幸福に何もかも忘れて、黒い塊を頬張った。



「デイジー、行くぞ!」


「う、うん!」



 食べるだけ食べて、逃げ出す私たちの背中に、少年は叫んだ。


「明日も来いよ! 待ってるから!」


 そんなわけがない。私たちのために食べ物を与えてくれる理由があるはずないのだから。だけど、次の日も公園を訪れ、遠くから様子を見ていると、少年がそこにいた。



「姉ちゃん、行こうぜ!」


「デイジー、待て!」



 盗みを続けていたせいで、私は誰かに姿を見られたら、きっと捕まってしまうと考えていた。それなのに、デイジーは無邪気に少年へ駆け寄ってしまう。妹一人を残して逃げるわけにもいかず、私も少年の方へ近づくと……。



「うめえ! 姉ちゃん、こんなうめえパンは初めてだよ!」


 少年はデイジーにパンを与えていた。


「お前も食べろよ」



 差し出されたパン。私は恐れながらも欲望に従い、それを手に取ってしまった。何かの罠かもしれない。私は警戒したが、少年が襲ってくる様子もなかった。食べ終わったら、すぐにデイジーと逃げる。信用したらダメだ。きっと何か危険があるはず。明日はやめよう。それなのに……。



「姉ちゃん、あの公園に行こうぜ! また、あいつが食い物くれるかもしれないぞ!」



 デイジーは少年を信じ切っていたし、私自身もあそこへ行けば簡単に食べ物が手に入ると思うと、勝手に足が向いてしまった。五日ほど続けて、私たちは少年に食べ物を与えられた。彼は黙って私たちが食べる姿を眺めるだけで何も言わない。死が迫るような空腹から、少し余裕が出た私は、ついに少年の気持ちを確かめるのだった。



「……なんで、私たちを助けてくれるんだ? あんた、アリストスの子どもだろ? 私たちみたいな汚いやつらと関わるなんて……変だぞ」



 少年は静かな目で私を見つめた後、その真意を語るのだった。

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