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◆メイシー①

「あんたたちは絶対に幸せになれやしないよ。私みたいな親に、少しも恩返しできないような子どもはね、ロクな大人になりゃしないんだから」



 これが私たちのママの口癖だった。ママの記憶と言えば、何よりもこのセリフが真っ先に思い浮かぶほどに。



「私は今日もあんたたちのために働いて、ぼろぼろだよ」



 幼いデイジーが眠っているのに、お酒とタバコの匂いを振り撒きながら夜中に帰ってきて、そのまま椅子の上で転寝してしまう。今思えば、毛布くらいかけてあげればよかったと思う。だけど、このときは怒鳴るママが怖かった。



「自分のメシくらい何とかしろよ! 食材を買ってきただけでもありがたく思っているんだろうね!?」



 お昼過ぎに目を覚まして、ママは私たちを怒ると、すぐにお仕事に出て行ってしまう。私たちがもたもたすると、ママはすぐに怒鳴るから、私たちはいくらお腹が減っていても、早くお仕事に行ってくれと部屋の隅で願うばかりだった。


 ぼろぼろのアパートの汚い部屋は、怪しげなやつばかりが出入りしていた。私たち姉妹は肩を寄せ合い、夜まで何事もないよう祈るばかり。早くママに帰ってきてほしい半面、怒鳴られるくらいなら、この恐怖に耐えていた方がマシだと思うこともあった。



「よっしゃ、鼻を折ってやれ! そのまま殴るんだよ!! こっちはお前に全部賭けているんだから!」



 そんなママが上機嫌になる唯一の時間があった。マナスクリーン(魔力放送)から流れる、プロヴィデンスだ。夜中まで仕事して、くたくたで帰ってきたとしても、昼間から夜まで続く放送を見ながら興奮して叫ぶのだ。だから、私たち姉妹もその時間が好きだった。スクリーンの中のデュオフィラは家族に楽しい時間を与えてくれる、ヒーローだったのだ。



「ざけんな! また負けたよ!!」



 でも、賭けたお金がなくなったときは、ママは部屋を出て行ってしまう。そのまま仕事に行ったのか、街でお酒を飲んでいるのか。八つ当たりで殴られなければ、ラッキーだった。



「姉ちゃん、腹減ったよ」


「待ってな」



 料理なんてママに教わったことはないけど、デイジーを泣かすわけにはいかない。私は限られた食料を切れない包丁で、よく分からない料理を拵えた。薄い扉一枚向こうから聞こえる知らない男の怒鳴り声に震えながら口にする夕食は本当に不味くて最低だった。



「姉ちゃん、怖いよ……」


「大丈夫。強盗が入ってきても、姉ちゃんが守ってやるからよ」


「ママ、いつ帰るかな」



 強盗が入ってきたら、ママがいたとしても、私たちは死んでいたと思う。でも、子どもからしてみると、一緒にいてくれる大人がいるだけで、大きな安心感があるものだ。だから、ある日のこと、私はママに頼んだ。



「ねぇ、ママ。来週はデイジーの誕生日だぜ。一緒に居てやってよ」


 誕生日くらい、デイジーに安からな一日を過ごしてほしかった。


「ふざけんじゃないよ! 私が外で遊んでいるだけとでも思っているのかい!?」



 だけど、ママは私を殴った。痛みに蹲る私を蹴り飛ばすと、ママはタバコに火をつける。



「あんたたちは絶対に幸せになれやしないよ。私みたいな親に、少しも恩返しできないような子どもはね、ロクな大人になりゃしないんだから」



 たぶん、その通りなのだろう。ママは怒らせてばかりの私は、きっと誰の役にも立てず、ただ物音に怯えながら暮らすのだ。


 ギリギリの生活が続く。だけど、最悪なことばかりじゃない。ある冬の日のこと。一枚の薄い毛布で、デイジーとお互いの体温で寒さを凌ぐが、上手く眠れずにいた。



「はぁー、人がくたくたに寝てるのに、気楽に眠りやがってよ」



 そんなとき、ママが帰ってきて、私たちに自分の毛布をかぶせてくれた。そして、眠ったふりをする私の頭を撫でる。



「マジでお前たちは私の天使だよ。お前たちのためなら、私はどんなにぼろぼろになっても構わない。どんな汚いことをやっても金を稼いでくるからね」



 泣いている、と声で分かった。そして、ママは私のおでこにキスをして、そのまま眠ってしまう。私たちが眠っているすぐ傍で、座ったまま。その日は私もよく眠れた。ママの優しさに包まれているようで、本当に幸せだった。ママが私たちを愛しているって、実感できる日は、本当にたまにだけど、確かにあったんだ。それなのに……。



「じゃあね、私の天使たち」



 ママがいつもより長い時間、眠る私たちの傍にいてくれた夜、おでこにキスをしてくれたのに、目を覚ましたらどこにもいなかった。最初はおかしいとは思わなかった。ただ仕事に行っただけ。そう思っていたのに、


 次の日になっても、また次の日になっても……ママは帰ってこなかった。


 いつになっても、何度怖い夜がやってきても、ママは帰らなくなってしまったのだ。

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