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ウェストブルック陣営の控室では

 メイシーは控室で目を閉じていた。唯一同じ空間にいる妹も同じように、動かず集中しているせいか、扉の向こうの音までよく聞こえてくる。少し離れた体育館では、余興のプロヴィデンスが行われているため、わずかに歓声が聞こえた。


 そんな中に、近付く足音が。彼だ、とメイシーは思った。



「入るぞ」


 ノックの後、控室に入ってきたのは、やはりアルバートであった。目を開けてアルバートの姿を確認すると、制服は所々裂けて汚れが目立つ。それだけで、メイシーは彼の身に起こったことを察した。


「……すまない。やつらの会場入りを許してしまった」



 目を伏せ、本気で悔やんでくれる彼に、メイシーは思わず笑みを零す。



「大丈夫です。最後に私がプロヴィデンスに勝てば、また一歩進められるのですから」


「そうかもしれないが……。お前の負担を少しでも減らしてやりたかった」



 拳を握り締めるアルバートだったが、メイシーの横で妹のデイジーも同じように悔やむ気持ちを抑えているようだった。



「アル兄は何も悪くねえよ。謝るのは、私だ。私が最初にあいつを潰しておけば……。いや、せめて一緒にあいつのら登校を邪魔できれば!」


「馬鹿を言うな」



 アルバートがデイジーを窘める。



「お前は怪我しているんだ。今は足を治すことだけ考えればいい」


「……すまねえ」



 視線を落とすデイジーに、アルバートは微笑みかけるが、やはり自らの不甲斐なさに目を細めるのだった。


 ああ、やっぱり……この人は優しい。メイシーはそう思うと、力が湧いてくるようだった。



「二人とも、落ち込まないで」


 メイシーは立ち上がる。


「私がこのプロヴィデンスに……負けると思う?」



 二人は顔を見合わせる。もちろん、彼女が負けるとは思わない。しかし……。


「でもよ、姉貴……」


 あのお嬢様は本当に強かった。たぶん、デイジーはそう言いたかったのだろうが、寸前で飲み込んだようである。



「うん、そうだよな。姉貴は今までで一番強い。どんな相手だって勝ってくれるさ!」



 デイジーに頷いてみせ、今度はアルバートの方を見る。何でもいいから貴方の言葉が欲しい。そんな気持ちだった。アルバートはわずかに頬を赤く染めながら、自分を納得させるように頷く。



「そうだな。俺たちはこれまでも助け合って、少しずつ進んできた。今日はメイシーが俺たちを引っ張ってくれる番だ。俺は、やってくれるって信じている」



 ありがとう。口には出さず、メイシーはただ頷く。


(そうだ、いつもこの人に助けられてきた)


 メイシーはこれまでを振り返る。地獄みたいな生活。苦しい特訓の日々。それを乗り越えられたのは、たった一人の妹と、アルバートがいたからだ。



(だから、今日は私がこの人を助ける。プロヴィデンスに勝って、私たちが目指す幸せに、また一つ近付くんだ)



 三人が笑顔になったところで、デイジーも立ち上がった。


「よし、姉貴! そろそろウォーミングアップやっておこうぜ」


 そう言って、パンチングミットを取り、目の前で構えた。



「ええ、そうね!」


 メイシーはパンチを繰り出す。デイジーの体が吹き飛びそうな重たい一撃。さらには、パンチを交互に繰り出し、今度はキックを放つ。


「やっぱ、姉貴の打撃は半端じゃねえよ。これなら、どんなやつが相手でもぶっ飛ばせる!」



 少し体も温まってきたタイミングで、黒いスーツを着た裁定者が控室に顔を出した。



「そろそろ準備をお願いします」


「……分かった」



 アルバートが答え、裁定者は去って行くと、デイジーが「私、その前にトイレ行ってくるわ!」と控室を出た。プロヴィデンスの直前、いつもデイジーは席を外す。気を使って、二人きりの時間を作ってくれるのだ。静かな時間が流れるが、アルバートがいつものように尋ねてきた。



「……俺に何かできることはあるか?」


「では、誓いのキスを」



 そう言って、メイシーはフィストガードに包まれた右手を差し出すと、アルバートはわずかに微笑んで、目の前に片膝をついた。



「我がロゼスに……勝利の栄光を」



 そして、手の甲に口付けを。もう少し早く来てくれれば、フィストガードの上からではなかったのに。少しだけ残念に思いながらも、メイシーは自分の中に溢れ出る力を感じる。


(この人と交わした誓いのためなら、私は……!!)


 メイシーの戦意が絶頂を迎えると同時に、デイジーが戻ってきた。



「そろそろ時間だぜ! 二人とも、準備はできているよな!?」


「ええ」


「ああ」


 メイシーは大きく呼吸を繰り返し、気持ちを整える。あとは勝つだけ。集中力を極限まで高めるが、ほんの一瞬だけ、


 彼女はアルバートと出会う前の、地獄のような生活を思い出すのだった。

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