ぱぱぱ、パンツ!?
あれから、無事に屋敷へ帰れたものの、スコットにはさらなる困難が待ち受けていた。
「もう信じられない! お兄様の不潔! バカバカバカーーー!!」
そう、愚図り出したファリスのご機嫌取りである。
「だから、違うと言っているだろう! あれは命を救ってもらったから礼を言っただけで!」
「違います! 絶対に違います! あのとき、お兄様はスケベな顔をしていました! たぶん、ジュリアさんのスカートからパンツを覗いていたのですわ!!」
「そ、そんなわけあるか! 角度的に見えないかった!」
否定するスコットだが、ファリスはより衝撃を受けたように身を退いてから、目に涙を浮かべた。
「見えなかった、ということは、見ようとしたのですね! いやー!!」
「そ、そうでない! どんなに見ようとしても角度的に無理だと説明しただけで!」
スコットとファリスが騒がしくやり合っていると、母のセシリアが姿を現した。
「あらあら、何を言い争っているの? 最近はお客様もいるのですから、振る舞いにはいつも以上に気を付けないと」
おっとりとした調子で宥めようとするセシリアだが、ファリスが収まる様子はない。
「だって、聞いてくださいお母様!!」
ファリスは放課後に見た光景を母に説明する。
「だから、パンツは見ていない!」
スコットは訂正を求めるが、セシリアは特にその辺りを気にしていないようだ。
「まぁまぁ、コウヅキ家とご縁ができたとしたら、ヒスクリフ家もかつての隆盛を取り戻せるのかしら」
「母上……ですから、そういう話ではありません。妙な期待を持たないように」
「でも、どうかしら。何があるか分かりませんものね。今のうちに、色々とお話しておいた方がいいかもしれないわ」
「ちょ、母上!!」
部屋を出て行こうとするセシリアを何とか引き止め、やっとスコットが主張するターンがやってきた。
「二人とも、ちゃんと聞いてほしい」
スコットの真剣な眼差しに、二人も姿勢を正して耳を傾ける。
「デュオフィラ選抜戦は、あくまでヒスクリフ家のためであり、グレイヴンヒース領のためでもあるのです。勝ち抜いて、王に優秀なデュオフィラを献上できれば、ヒスクリフ家の権威が強くなり、グレイヴンヒース領が豊かになる。僕は……父上の意志を継ぐためにも、どうしても選抜戦に勝ち抜く必要があり、そのためには彼女の力が必要なのです」
説明を聞き終え、先に口を開いたのはファリスの方だった。
「ヒスクリフ家のため……ということは、私とお兄様の将来のため、ということでしょうか?」
「う、うむ」
どこか違和感があったものの、ヒスクリフ家が豊かになれば、スコットとファリスの暮らしが良くなることは間違いない。だから、肯定したのだが、それはスコットが思っていた以上にファリスを喜ばせたようだった。
「嗚呼! お兄様ったら、そこまで私のことを……!!」
ファリスは立ち上がる。
「そういうことでしたら、できる限りのことはします! ジュリアさんのサポートも、何なら護衛だって!」
「い、いや……危ない目には合わないでほしい」
「!? 私の身を案じてくれるのですね!! そういうことなら、きっとパンツも覗いていないと、ファリスは信じられます!」
「ファリス……。パンツパンツと言わないでくれ」
今度はセシリアの方が立ち上がった。
「そういうことなら、私も本気を出しましょう。この家のセキュリティも二倍……いえ、三倍のクオリティに上げて、皆がゆっくり休めるような環境を整えてみせるわ」
「母上……それは大いに助かりますが、敵意のないものまでセキュリティに引っかからないようにお願いします」
冗談と受け止めたのか、穏やかに笑うセシリアだが、その目に在りし日を想うような色が浮かんだ。
「でも、本当に嬉しいわ。貴方がそこまでお父様の想いを大切にしてくれていたなんて」
「……僕は父上に何も恩を返せませんでした。だからこそ、ヒスクリフ家の力を取り戻し、父上が大切にしていたグレイヴンヒース領の自然も守りたいのです。そしたら、母上だって好きな研究に専念できるはずですから」
「……うふふっ、期待しているわ」
思わぬ形でヒスクリフ家の絆が深まり、スコットは安心しながら部屋を出た。ジュリアたちと明日について話し合うつもりだったが……。
「じゅ、ジュリア。聞いていたのか??」
部屋の前にジュリアが立っていたのである。
「申し訳ございません、先輩。盗み聞きするつもりはなかったのですが……」
どうやら外まで会話が聞こえていたらしい。何を聞かれてしまったのだろうか。父に対する想いを聞かれていたとしたら、少し気恥ずかしいかもしれないが、ジュリアは合わせた手を頬に寄せながら、こんなことを言うのだった。
「パンツが……どうしたのですか?」
「聞かなかったことにしてくれ」
スコットは頭痛を覚えたように、額を抑えるのだった。
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