もしかして、役立たず?
ジュリアには友達がいない。転校してきたばかりだから、というのも理由だが、何よりもコウヅキ家の令嬢として、敬遠されていたからである。それに加え、今回のデュオフィラ選抜戦にロゼス候補として名乗り出たのだから、アルバート一派を敵に回したくないほとんどの生徒が、より彼女を遠ざけてしまったのだ。
「ねぇ、コウヅキさん。ちょっといいかしら?」
しかし、昼前の最後の授業が始まる前に、ジュリアは同じクラスの女子生徒に声をかけられた。
「なんでしょう??」
もしかしたら、親しくなれる人が現れたかもしれない、と顔を上げるジュリアだが、彼女に声をかけた三人組はあきらかに悪意を持った笑みを浮かべていた。
「今から少し付き合ってよ」
「しかし、次の授業が始まってしまいますよ?」
「いいからいいから」
強引に連れ出され、彼女らは体育館の裏へ移動する。人気がないことを確認すると、三人のうちの一人が攻撃的な目つきで顔を寄せてきた。
「コウヅキさん。ロゼスの候補、辞退しなさいよ」
「へっ??」
思わぬ要求にジュリアが目を丸くすると、別の女子生徒も顔を寄せてきた。
「スコット先輩にやめたいって言うんだよ。そうすれば、痛い思いはしないで済むからさ」
「もしかして……脅迫ですか??」
確認するジュリアに、最後のもう一人が警告する。
「逆らわない方が良いよ。この二人もアルバート先輩のもとでロゼス目指してたんだ。二人相手じゃあ、お嬢様もきついだろ??」
「はぁ……」
ジュリアは相槌を打ちながら肩を落とすと、ハンカチを取り出しながら、その旨の内を打ち明けた。
「わたくし、やっと友達ができると思ったのに。そうですか。ただの脅迫でしたか。残念です。本当に落ち込みました。だから……」
ハンカチで目元を拭っていたジュリアだが、突然冷たい笑みを浮かべる。
「少しだけ憂さ晴らしに、弱いやつらをボコっちゃってもいいですよね?」
急な殺意に晒され、戸惑う女子生徒たちだったが、アルバートに成果を報告するためにも、引き下がるわけにはいかなかった。
「ボコられるのはどっちだ!」
女子生徒の一人が拳を振り上げようとしたが……。
「レディたち、待ちたまえ」
低い美声がそれを止める。女子生徒たちが振り返るとそこには、明るい栗色の美青年が立っていた。
「アーサー先輩?」
急に現れたアーサーに、ジュリアも驚いたようだったが、彼は爽やか笑みで女子生徒たちに言った。
「君たちはダイヤの原石のような美しさがある。ここで悪事に手を染め、その美しさを汚すわけにはいかない」
「……何言ってんだ? 邪魔すんな!」
再び、ジュリアの方へ矛先を向けようとする女子生徒たちだったが、アーサーが間に割って入る。
「待て待て。分かった、本音で話そう。こっちとしては、ロゼス候補のジュリア嬢に怪我されては困るのだ。どうしても暴力を振りたいのなら……この私が相手になろう」
どこか刃を連想させるような鋭い笑みを見せるアーサーだったが……。
「も、もう勘弁して、くれないか?」
三分後、彼は五年ほど使い込まれた雑巾のように、くたくたになって倒れていた。
「うるせえ! これで済むと思うな!!」
「許してほしいなら、靴でも舐めろや!」
もう動けないであろうアーサーだが、女子生徒たちは彼を何度も踏み付ける。護衛の剣士であるはずのアーサーが、あまりに弱く、驚きに固まっていたジュリアだったが、そろそろ自分の出番だと前に出ようとした、そのときだった。
「先生、こっちです!」
「こら、お前たち何をやっているんだ!!」
スコットが教員を連れて駆け付けた。
「やばい、逃げるぞ!!」
すぐさま逃亡した女子生徒たちを教員が追いかけて行ったので、スコットは「大丈夫か?」とアーサーに肩を貸しつつ、ジュリアの無事を確認する。
「ジュリア嬢、怪我はないか?」
「は、はい。私は大丈夫」
「殴って拳を痛められても困る。絡まれても、手を出さないようにしてくれよ」
「気を付けますが……それより、アーサー先輩は大丈夫なのでしょうか??」
「死んでないから大丈夫さ」
アーサーは爽やか笑顔で答えるが、タラりと流れる鼻血が彼の美男子っぷりを損なわせていた。
「いえ、そうではなく……。アーサー先輩は私たちの護衛役なのですよね? あの、その……まことに言いにくいのですが……」
ジュリアは躊躇いながらも、それを口にしなければならなかった。
「こんなに弱くて、護衛が務まるのですか?」
笑顔のまま押し黙るアーサーに代わり、スコットが答えた。
「仕方ないだろう。アーサーは最弱の剣士なのだから」
せめて、弱いふりをしている、と言ってほしかったのだが、スコットは言い切る。
「でも、僕の親友だ。頼りになる親友なんだよ」
頼りになる、と言えるのだろうか。そんな疑問をジュリアは口にしなかった。
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