ファリスの嫌がらせ
ファリス・ヒスクリフはスコットの妹であるが、血はつながっていない。と言うのも、六年前に実の両親を事故で亡くし、ヒスクリフに養子として引き取られたのである。
それから、ファリスにとってスコットはいい兄であり、憧れの男性でもあった。いつかは彼の妻に。そんなことを考えながら、今日も帰宅するつもりが、兄の親友であるアーサーが迎えに来たではないか。
「ふっ、ファリス。少し大人になったみたいだ。相変わらず、綺麗な銀髪だ。やはり、将来はグリムウッドの家に入るか?」
「ねぇ、それ先週も言ってたわよね。女性と会話するたび、挨拶みたいに口説き文句を言うの、やめた方がいいと思うけど? ……って言うか、どうして迎えに来たの??」
「少し大変なことがあってな」
事情を聞いて、ファリスは屋敷へと走った。護衛として迎えに来たアーサーを置いていく勢いで。なぜなら、兄が……愛しい兄がロゼスと契約したのだ。それが、どんな女のか一早く確認せねばならなかったのだ。
特にウェストブルック派の襲撃もなく屋敷に着いたのだが……何やら中の雰囲気がいつもと違う。嫌な予感を抱きながら、屋敷の奥へ進むと何やら騒がしい声が聞こえてくるではないか。
「今日からこの部屋はコウヅキ家のものとします! さぁ、コハル。そこに畳みを設置しなさい!」
「はい、お嬢様。これだけ広い空間は久しぶりなので、何だか気持ちが高鳴りますね」
「ええ。コウヅキ本家の屋敷に比べれば窮屈ですが、ここ最近の暮らしを考えれば快適ですわ」
「悪かったな、狭苦しい家で……」
何だか騒がしい女の声が二つも。しかも、兄が気圧されているような印象である。ファリスは驚きながら、声が聞こえてきた、屋敷で一番広い客室を覗いてみると……。
「紅茶を出してくださいな。この屋敷で一番上等なものをお願いします」
「お嬢様、見てください。畳みの上で寝るの、久しぶりです」
やたらと派手な金髪の女が偉そうに紅茶を要求し、その傍らでは無表情のメイドが謎の緑色のスペースを展開して、その上に横になっている。ヒスクリフの屋敷で、兄を前にして、どれだけ横柄な態度を取るのだ。驚きのあまり、声をかけられずにいると……。
「やっと追いついたぞ、ファリス」
「アーサー!」
後ろから良く知った顔が現れ、少しだけ安心する。
「あの方たちは何者なの?? えらくお兄様と親し気に見えるけれど……まさか、二人のどちらかがロゼス候補ってわけじゃないわよね??」
「いや、その通りだ。金髪の方が、スコットが擁立したロゼス候補のジュリア嬢。黒髪の方は、そのジュリア嬢の使用人のシラヌイ殿だ」
「あ、あのやかましそうな金髪の女が……ロゼス候補ですって??」
と、言うことは……あの女は誓いの儀式を兄と交わしたことになる。どんな女のだろうか、と観察すると、運ばれた紅茶を楽しんでいた。
「ふむ……。まぁまぁですわね」
「無料で提供されたものをまぁまぁとか言うなよ」
兄が出したものを有難がらないなんて……許せない!
これがファリスにとって、ジュリアに対する第一印象になってしまうのだった。それから、改めて兄にジュリアを紹介されることに。
「こちらが、ジュリア・コウヅキ嬢。そして、使用人のシラヌイ殿。彼女らが不便な想いをしないよう、ファリスも気にかけてやってくれ」
「承知しました、お兄様」
兄の手前、頷いて見せると、ジュリアが手を組んで何やら感激し出した。
「あらあら。何だか私にも妹ができたようで嬉しいですわ。よろしくお願いしますね、ファリスさん」
「はぁ、どうも」
無難に言葉を返したが、内心は煮えくり返る。誰がお前の妹だ。この屋敷を我が物顔で歩けると思うなよ、と。ファリスの第一の嫌がらせ。それはジュリアが夕食後に紅茶を嗜んでいたときのこと。
「ジュリアさん、あぶなーい!」
紅茶を運びながら転倒して見せ、ジュリアにぶっかけてやるつもりだった。しかし……。
「はっ!!」
ジュリアは素早く反応すると、宙を舞うカップが中身をぶちまける前にキャッチ。しかも、笑顔でそれをファリスに返すと、嬉しそうに微笑んで彼女の頭を撫でてくるため、とんでもない屈辱を味わう結果となった。
ファリスの第二の嫌がらせ。それは、ジュリアが浴室に向かうため、階段を降りているときのこと。
「ジュリアさん、あぶなーい!!」
ジャムを塗りたぐったパンを上階から、ジュリアの頭上に落とす。しかも、的を外さないよう、魔法で風を吹かせて落下地点を調整するほどの用意周到ぶりだ。それなのに……。
「ほいさー!!」
ジュリアは落下の気配を察知したかと思うと、背中を反りながら爪先を突き上げ、パンを跳ね返して見せる。結果、それはファリスに返ってきて、彼女の顔をジャムまみれにするのだった。
ファリスの第三の嫌がらせ。それはジュリアが就寝のため自室に戻るときのこと。
「ジュリアさん、あぶなーい!!!」
ファリスは昼間の授業で制作した、ゴーレムの誤作動を装い、ジュリアを襲わせようとした。しかし……。
「せいやっ!!」
見事なハイキックによりゴーレムの頭は吹っ飛んでしまい、それがファリスの頭上に返ってきて、彼女はたんこぶを作ることになった。
「もういやー!!」
兄と二人きりになってから、彼の胸に飛び込む。
「あんな女がお兄様の交際相手なんて、ファリスは認めません!!」
「……ジュリア嬢はそういう相手ではないよ」
否定するが、ファリスはなかなか納得せず、スコットは異様な疲労感に包まれ、一人思うのだった。
(さて、そろそろ母上が帰ってくる時間だが……どうなることやら)
まだ夜は長いようだった。
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