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コウヅキ家の使用人

「デュオフィラ選抜戦は本当に危険なんだぞ! 散々説明したのに、あの女は……!!」


 苛立ちながら、アーサーと共にあの幽霊屋敷へ向かうスコット。普段であれば穏やかな彼だが、生徒会室でほのかに抱いた初めての感情がバネになったのか、余計に怒りが強いものになっているようだ。


「アルバートのことだ。すぐに刺客を出してもおかしくないからな」



 いつも人を食ったような笑みを浮かべているアーサーも、命を懸けた斬り合いが始まるかもしれないと思っているのか、やや緊張した面持ちで腰に下げた剣の柄を握りしめている。



「そうだな。もし、敵が現れたら僕が魔法で何とかしてみせる。だから、アーサーはジュリア嬢の保護を優先してくれ」


「おいおい、逆だろう。擁立者であるスコットが討たれてしまっても、デュオフィラ選抜戦は負けだ。俺が刺客を斬る」


「……そうか」



 そんな話をしている間に、例の幽霊屋敷が見えてくる。



「スコット、あれを見ろ!!」


「間に合わなかったか!!」



 二人が見たもの。それは屋敷の横にある大木にのぼり、二階の窓に飛び移って侵入しようとする、二つの黒い影だった。少しでも早く屋敷に辿り着こう、とスコットは走るスピードを上げる。しかし、扉を前にすると、震える自分の手に気付いた。



「アーサー、覚悟はできているか?」


「ま、任せておけ」



 二人とも命を賭けた戦いなど初めてである。怯えても仕方のないことではあったが、それでも彼らは屋敷の奥へ進むのだった。暗い廊下を一気に駆け抜ける。



「頼む、無事であってくれ!!」


 廊下の奥、ジュリアと出会ったあの部屋の扉を開けた。


「ジュリア嬢!」



 どんな修羅場が待ち受けているのだろうか。それでも、父のため、領土のために、と勇むスコットだったが……。



「あらあら、スコット先輩。そんなに慌てて、どうしたのです?」



 そこにいたジュリアは……ソファに腰かけ、優雅に紅茶を味わっていた。思わぬ姿にひっくり返りそうになるスコットだったが、何とか耐え抜く。



「ここは危険だ、逃げるぞ! さっきも、屋敷に敵が入ってきただろう??」



 危機感たっぷりのスコットだが、ジュリアが心当たりがないといった様子で首を傾げる。が、すぐに思い当たるところがあったのか、二度頷いた。



「ああ、はいはい。正面から物騒な連中が入ってきましたね」


「彼らなら、ここに」



 いつの間にか、メイドのコハルが現れていた。彼女の足元には、黒づくめの男が二人、袋にまとめられたゴミのように横たわっているではないか。



「……ジュリア嬢がやったのか??」



 恐らくは屈強な暗殺者である男が二人。しかし、ジュリアの実力ならば、返り討ちにしてしまってもおかしくはない。が、スコットは別の違和感に気付く。



「いや、ジュリア嬢。敵は正面から入ってきた、と言ったな?」


「そうですが?」



 スコットとアーサーは顔を見合わせる。



「二階から侵入した敵がさらに二人いるぞ! 気を付けるんだ!!」



 警戒を促すスコットだったが、トントントンッ、と背後から何者かが接近する音が。しまった、と振り返るスコットだったが……。



「お嬢様の前で騒ぎ立てるような真似はご遠慮ください」



 いつの間にか、コハルがすぐ傍に。そして、スコットを背後から襲おうとした侵入者に、何かを突き付けている。



「ぐっ、ぐえええ……」



 コハルに何かしらを突きつけられた侵入者は力なく崩れる。



「そちらの方も、今すぐお逃げになるなら、命までは奪いませんよ。しかし、あくまでお嬢様のティータイムを邪魔すると言うのなら、容赦しません」



 ナイフを手にした、もう一人の侵入者に警告を発するコハル。しかし、彼は耳を貸さずにナイフを構えた。その瞬間、暗い廊下で何かが煌めいた。


「ぎ、ぎえっ!?」


 侵入者がナイフを落とすと、その上に赤が降り注ぐ。どうやら、侵入者の腕から大量の出血があったようだ。



「次は致命傷の覚悟を。仲間を連れて逃げるのなら……今のうちですが?」



 淡々と警告を重ねるコハルの手には……極東の島国で使われる武器、カタナが握られていた。その刃が血で濡れているところを見ると、侵入者の腕を切ったのは、彼女の仕業らしい。


「く、くう……」


 侵入者は口惜し気に倒れた仲間を担ぎ、屋敷を出て行ってしまった。それを見送ると、コハルはカタナに付着した血を拭い、ゆっくりと鞘に戻す。



「お騒がせしました。では、私は片付けがあるので、お客様方はごゆっくりと」



 コハルは一礼すると、残った二人の侵入者を担ぎ、屋敷の外に出て行く。あの調子を見ると、先行して襲撃を試みた侵入者を無害化したのも、彼女だったのだろう。



「……コハル殿は何者なんだ??」



 呆然とするスコットだったが、その後ろでジュリアはゆっくりとカップを置き、その疑問に答えた。



「コハルは極東の民族、ヤマトの民。そのスーパーエージェントです。つまり、忍者ですわね」


「……忍者??」


「はい。その辺のボディガードを百人用意するより、コハル一人の方が頼りになりますわ」


「そんな強いメイドがいるなんて……コウヅキ家はどうなっているんだ?」



 ヤマトの民については知っているが、忍者という単語は聞いたことがなかった。ただ、スコットは理解する。


 とんでもない令嬢の使用人も、とんでもないやつだったのだ、と。

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