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【閑話】首席聖女、教会教皇に謁見する

 ■(三人称視点)■


 聖パラティヌス教国。人間社会において七割以上の人々に信仰される教会の総本山である聖都のみを領土とする宗教国家である。その影響力は図り知れず、人類圏のほぼ全域に渡るとも言われている。


 教会の方針は基本的には教皇という教会の最高位聖職者が定めるものだが、教皇を補佐する枢機卿で構成される枢機卿団が議会として機能する場合もある。これらの者達の決定により教会全体が動き、時代の流れを作っていくことが常だった。


 ただし、例外が存在する。神の奇跡の体現者たる聖女達もまた教会の象徴であるが、聖女となりし者は教会での立場上だと枢機卿と同格とされている。故に地方に赴任している教会の司教、司祭は聖女の指示に従わなければならないと定められているのだ。


 そんな聖女だが、年に数名が任命されれば豊作、何年間も誰も新たに聖女に選ばれない期間も度々存在するほど、とても希少な存在である。その数は数十名ほどで、現役で奉仕活動を続ける者は十数名ほどなのが実情だ。


「お呼びに預かり参上仕りました。教皇聖下」


 現役聖女を取りまとめる首席聖女のイスラフィーラは玉座に座る教皇の前にひざまずき、頭を垂れる。教皇が何も反応を示さない代わりに教皇の傍らで彼に付き添う頭巾で目元まで隠した人物が静かに頷いて面を上げるよう促す。


 イスラフィーラを称える逸話には事欠かないが、彼女を語る上で欠かせないのは魔王討伐についてだろう。数十年前、過酷な旅の果てに勇者と共に魔王を討伐した彼女はその後も人類の救済に人生を費やしてきた。もはや孫がいてもおかしくない年齢になったが、その佇まいは老いてもなお若き頃から損なわれていなかった。


 謁見の間にいるのはイスラフィーラと教皇以外は頭巾の者のみ。教皇を護衛する聖騎士や教皇直属の神官すら下がるよう命令されてこの場にはいない。神の威光を万人に知らしめるために豪華な作りである広大な空間にこのたった三人しかいない様子の殺風景極まりなかった。


「ご苦労でした、聖女イスラフィーラ。各地に派遣している聖女は各々使命を全うしているようですね」


 沈黙したままの教皇の代わりに口を開いたのは頭巾を被った者だった。身にまとう祭服からも彼女が聖女であることは疑いようがなく、顕になっている口元のほうれい線が無いことからもまだ若いことがうかがえる。


 第三者がこの場にいれば疑問に思ったかも知れないが、イスラフィーラが傅く相手は教皇ではなく頭巾の聖女だった。二人の会話は教皇の頭越しに行われるが、教皇は一切反応を示さないままだ。


「聖女ラファエラは勇者と共に魔王軍の軍団長を退けたようです。また、聖地巡礼中の聖女ミカエラも魔王軍の軍団長を撃退しているとの報告が。聖女ユニエラは各地を魔王軍の脅威から守っており、聖女ガブリエッラは最大の脅威だった悪魔共を駆逐したとのことです」

「やはりその四名が台頭してきましたか。他の聖女達はどうですか?」

「これまで通りの奉仕活動を続ける者や魔王軍の被害にあった地域での救済などに携わっています」

「所詮は職業聖女ですか。まあ構いません、今は捨て置きましょう」


 イスラフィーラによる各聖女の報告をさも当然とばかりに受け止めた頭巾の聖女の興味はすでにその他の聖女には無かった。彼女が気にかけるのは破壊と絶望の権化たる魔王軍に立ち向かう四名のみに絞られていた。


「それで、ラファエラ達の今後の動向は?」

「聖女ラファエラ、聖女ガブリエッラは共に残る魔王軍の軍勢の猛攻にあう国へ赴く模様です。聖女ユニエラは聖女ラファエラの補佐に回り、聖女ミカエラは聖地巡礼の旅を続けるとのことです」

「魔王軍は依然として強大な勢力を保っています。聖女各々には引き続き人類救済に従事するよう各地の教会伝手で命じなさい」

「御意に」


 恭しく頭を垂れるイスラフィーラ、満足そうに頷く頭巾の聖女。そして口を閉ざしたままで微動だにしない教皇。もしこの場に聖騎士や枢機卿がいたとしたら、あまりにも異様な光景を疑問に思ったかもしれない。


「教皇聖下。聖女ミカエラが解放した聖女イレーネについてですが、未だに勇者か魔王かの判別が付いていないとのことです」

「引き続き監視は続けなさい。聖女ミカエラに従い続けるなら正体がどちらであろうと問題ありませんが、人類の脅威になる兆候が見えた時点で処断する方針に変更はありません」

「畏まりました。続いて聖女ラファエラですが、魔王軍との戦いで聖騎士ヴィットーリオを失ったのですが、代わりの聖騎士を受け入れようとしません。自分達と勇者がいれば何も問題ないとの一点張りでして」

「聖痕を持つ聖女の宿命ですよ。これ以上はこちらから押し付けなくてもいいでしょう。彼女から要請があった際には応じる程度には選定しておくのです」

「続いて聖女ガブリエッラが帯同するパーティーですが、未だに過去の経歴を追えていません。最近加入した騎士もいつの間にか現れていまして」

「彼女達が人類に刃を向けない限りは積極的に取り締まらなくても構いません」


 頭巾の聖女は教皇の腋にあったサイドテーブル上の果物に手を伸ばした。頭巾の聖女が旬の果物を口に運んで咀嚼して飲み込むまでの間、イスラフィーラはただ静かに上座の聖女の言葉を待ち続ける。


「聖女ラファエラですが、他のパーティーメンバーと共に勇者にうつつを抜かしているとの連絡が入っています。人目を憚らずに愛を語り合うものだから目の毒だ、と市民からの苦情も教会に届けられているとか」

「個人的な恋愛までこちらから干渉しなくてもよろしい。目に余るようでしたら注意するよう各教会に指示を出しなさい」

「それと、聖女ミカエラについては――」

「聖女としての使命を全うし続けているのですから、もはやこれ以上踏み込んだ調査は不要でしょう。何か異変が生じてから対処する方針に切り替えます」

「承知しました」


 イスラフィーラは今後の聖女の活動方針について一つ一つ確認を行っていく。実際のところは逐次報告した上で指示を仰いでいるので、こうした対面でのやり取りは形式上のものに過ぎない。見栄えにばかり重視する輩への言い訳程度に過ぎない。


 しかし、一通りの報告作業を終えてもまだ頭巾の聖女はイスラフィーラに下がるよう命じなかった。怪訝に思い視線をお飾りの教皇から頭巾の聖女に向けるが、頭巾の聖女はイスラフィーラではなく天井……いや、天を見つめているようだった。


「イスラフィーラ。神の教えとは何なのか、貴女はどう思っていますか?」

「はい?」

「ここには誰もいません。素直に答えて頂戴」


 思ってもいなかった問いかけにイスラフィーラは若干戸惑ったものの、少しの間考えを巡らし、静かに口を開く。


「無論、人々の救済であり世界の秩序であります」

「余は万物への道しるべだと考えています。迷う人々をいかにして神の元へと導いていくか、それを指し示さなければなりません。このような神の偉大さを演出するための空間も、勇者や聖女という権威も、大衆に向けての案内標識に過ぎません」

「成程。そのようなお考えがあったとは。おみそれいたしました」

「しかしこうも思うのです。勇者や聖女などいなくても人々は困難に立ち向かわなければいけないのだ、と。神の教えを必要としないほどこの世を成熟させることこそが我々の使命なのでしょうね」


 それは聖女としてあるまじき発言だったが、イスラフィーラは彼女ほどの方がそう仰るのなら、と自分を納得させた。彼女が仕えるのは教皇にあらず、そして所属している教会でもなし。傅く相手は目の前にいる頭巾の聖女なのだから。


「ようやくです。魔王となるべき者が魔王とならなかったことでも期待で胸を膨らませていましたが、勇者や聖女もそうなりつつある。そう、世界はようやく道しるべなしに独り立ちし始めたのですよ!」

「アズラーイーラ様?」

「これで我が主が願われた真の救済が叶う! 全てを克服した者達が余の前に現れる瞬間が楽しみでなりませんよ。聖王も魔王も不要となる時代が到来するのですから……!」

「……」


 イスラフィーラが頭巾の聖女ことアズラーイーラについて知っていることはごく僅かだ。最低でもイスラフィーラが聖女候補者時代だったころには既にアズラーイーラは聖女を務めていた。同僚が志半ばに倒れ、使命を全うし、いつしか自分が首席聖女となるほどの時が過ぎても、アズラーイーラは何も変わらない。立場も、容姿も、思想も、アズラーイーラだけが古の過去を保ち続けている。


 故に、イスラフィーラは仮説を組み立てている。アズラーイーラこそがこの世界の救う存在であり、人類史に度々登場する勇者や聖女なども彼女が人生という道を歩む人々へ立てる道しるべに過ぎないのだ、と。


「今人類圏に侵攻している魔王軍が一掃された後、どうなるかを見守りましょう。貴女の出番もそう遠くないうちに回ってくるかもしれませんね」

「そうなったら全霊をかけて使命を全うしてみせましょう」

「それは心強い。話は終わりです、下がりなさい」

「はっ」


 イスラフィーラが退出し、アズラーイーラもまた踵を返して姿を消した。広大な謁見の間に取り残された教皇はなおも呆けたままだった。視線はどこか遠くに合わさり、浅く呼吸をし、顔を這う虫を払おうともしない有り様は異様と言えた。


 時刻を知らせる教会の鐘が鳴る。


 やがてゆっくりと立ち上がった教皇は足を引きずるような足取りで謁見の間を後にする。そうして謁見の間からは誰もいなくなり、ただ太陽の光がステンドグラスから差し込む幻想的な光景を演出するのみとなった。

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[一言] こっちも催眠状態というか人形になってない?
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