焦熱魔王、現役世代に警告する
「だとしたら他の里が魔王軍の手に落ちている可能性もあるのですか!?」
「そうじゃなかったらこいつらは出てこない。この里にも姿を見せたってことは、比較的近くかもしれないなー」
「大森林が騒がしいから万が一にと厳戒態勢を敷いていましたが、まさか現実のものとなるなんて……」
「最悪を想定して動けるのは凄いことだと思うぞ。現実を認められないで思考停止する輩も少なくないしなー」
ティーナの最後のつぶやきは一体誰に向けられたものだったか。想像はいくらでも出来るけれど、それを推察するのは俺には野暮だと思えた。隊長もまた同じように空気を読んだらしく、それ以上話を発展させることはなかった。
俺が一体目の検視を済ませていると、他のエルフ達もようやく落ち着いて決心をしたから、恐る恐る死体を確認していく。自分達と何が同じで、何が変わってしまっているか、その目に焼き付けていく。
「ティーナ殿。これらの者達が同胞の成れの果てなら、せめて森に帰してやるべきだと思うのです。このまま埋葬しても?」
「駄目だ」
即答だった。有無を言わさない迫力でティーナは真顔で隊長を見つめる。隊長もそれなりに経験を重ねた年齢と思われる風貌なのだが、ティーナに押され気味だった。
「邪精霊に魅入られた者を森に帰したら最後、その場所は邪精霊に好まれる土地になってしまうんだ。そうなったら森自体が邪精霊に侵食されて、精霊もエルフも森の動物達も住めなくなる。樹上葬も同じ理由で駄目。獣葬も食わせた森の動物を魔物にしたいのか? 諦めろ、こいつ等はもう元に戻らないんだ」
「だったらどうすれば……? それでは森に帰れないではないですか!」
「なら方法はただ一つ。邪精霊共から完全に解放してやるには火葬しかない」
「なっ……!」
隊長は息を呑んだ。
エルフにとっては火は必要最低限に留めたく、火の精霊に頼らない自力での活用は禁忌とされている。自然を崇拝するエルフにとって死とは森に帰ることであり、火で焼かれて骨も僅かにしか残らない仕打ちはありえないだろう。
他のエルフ達もぎょっとしてティーナを見つめてきた。ティーナの発言はエルフの常識から完全に外れているようだ。理解出来ない、何を考えているんだ、といった感じに明らかな拒絶感が俺にも伝わってくる。
「炭化した骨だけならさすがの邪精霊共も諦めてるぞ」
「し、しかし……。そうだ! そちらにいるのは人間の聖女殿ではないか! 彼女なら彼らを浄化出来るんじゃないのか!?」
「そりゃ無理だなー。腐った死体を新鮮な状態に戻せって言ってるようなものだぞ。精霊の力を借りれば何とか改善出来るのは分かってるけど、邪精霊に付け入る隙を与えるだけだ。事態を悪化させたいのか?」
「だからと言って遺体を焼くだなんて……!」
エルフの隊長はなおも犠牲となったエルフの尊厳を守ろうと反論してきた。それに対してティーナは深くため息を吐くことで返事する。それはまるで失望であり、諦めであり、目の前の懐古厨に興味を失ったようだった。
「じゃあ勝手にしろ。この後どうなってもうちは知らないからな」
「お、お待ち下さい! 共に話し合えば必ず打開策が見出せる筈……!」
「そんなくだらない議論はとっくの昔に通った道だな。あらゆる手を尽くした果てに当時のエルフ達は同胞を、敵を、森を焼き払うしかなかったんだ。これ以上無駄な時間を取らせるな」
「諦めるしかない、というわけですか……」
がっくりとうなだれる隊長。葛藤は色々あるだろう。死者の尊厳と生者と森の安寧を天秤にかけて後者を選んだことで、今後罪悪感にも駆られることだろう。しかしこれは上に立つものとして避けられない選択だ。決して彼を責められまい。
ティーナはうんざりした様子で腰の小物入れから紙切れを出し、筆記具で何かを記すと、肩を落とす隊長へと差し出した。書かれた文章に目を通した隊長は軽く驚きの声を上げて、ティーナを見やる。
「自分達で同胞を火葬したくないなら人里を頼れ。冒険者ギルドでうちの名前を出せば火葬場を紹介してくれるさー。骨だけでも森に埋めてやれば犠牲になった同胞達にとってせめてもの救いになるだろ」
「そう、ですね。ティーナ殿……感謝いたします。彼らにとってもせめてものたむけとなることでしょう」
「だといいけどなー。生きてるうちにどっちがいいか聞いておいた方がいいんじゃないか? 良かれと思ってやったら後で非難されるなんてまっぴらごめんだしな」
「ティーナ殿、貴女は……」
コラプテッドエルフの遺体が布に包まれて運ばれていく。俺達はそれを見届けてから最初の里へは戻らず、次の里へと出発するのだった。
ティーナからは陽気さが失われていた。




