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錬■魔■、幻影聖女に元の肉体を返す

「魔影砕圧掌」


 突然だった。ガブリエッラがイブリース先生に向けて飛び出したのは。

 対するイブリースは驚くどころか歯を見せて笑ってみせる。唇の隙間から覗かせた犬歯はとても長く鋭いもので、それはまるで――。


「クリエイトシールド!」


 ガブリエッラが闇を宿らせた手を相手に突き出し、対する先生は漆黒の盾を虚空から出現させて防御する。闇同士が衝突して破片が飛び散る。どうやら拮抗しているようでどちらも押し切れなかった。


 何故聖女のはずのガブリエッラが闇の技を? ただの教会お抱えの錬金術師な先生が闇の盾で対抗? 意味不明な展開に理解が追いつかない。ミカエラといいラファエラといい、まともな聖女がいねーなこの教会!


「やはりね! ガブリエッラ君が魔王討伐後に勇者達に裏切られた聖痕持ち聖女だったか!」

「そう言うイブリースこそ闇の衣を身に纏って闇の武具を出現させておいて、ただの錬金術師とは言わないわよね?」

「がっかりさせて悪いが私はただの錬金術師さ。ガブリエッラ君みたいに副業で聖女やってるわけじゃなくれっきとした本職でね」

「減らず口を……! 返しなさい、私の身体を!」


 イブリース先生はガブリエッラに弾き飛ばされるも足を踏ん張って倒れずに済んだ。焼け焦げた跡が残った手はみるみるうちに自然回復していく。奇跡も魔法も無しにこの驚異的な速度。やはり先生は……。


「……で、ミカエラ。状況説明してくれ」

「ガブリエッラの正体は魔影軍長のシャドウビーストですよ。生前は勇者一行に参加してた聖女で、勇者に裏切られて殺されて魔物化しました。今のガブリエッラは聖女の肉体を乗っ取って実体を得てます」

「ラファエラ達の反応を見るに、知らなかったのは俺だけかよ……」

「むしろガブリエッラがラファエラに話してたのが余は驚きなんですけど」


 先生はガブリエッラと対峙せずに両手を上げて無抵抗を示す。そして足で棺を押してガブリエッラへと差し出した。用済みだから何の惜しげもなく、か。研究者らしいといえばらしいか。


「いいよ。もう見本は要らない。ガブリエッラ君の手で古の大聖女の聖骸は丁重に埋葬したまえ」

「……」


 ガブリエッラは影を伸ばし、かつての自分の身体を中へと沈めていく。大聖女ガブリエッラの聖骸は光無き影の世界へと落ちていった。部屋に安置されていたという痕跡すら残さず、棺まるごと。


 用は済んだとばかりにイブリース先生は俺達を手招きして次へと案内する。研究室から全員出たところで彼女は軽く指を鳴らした。すると部屋の照明が消え、部屋全体が暗闇に支配された。


「ファントムイーター」


 そして、先生が床を踏み鳴らすと闇から銀歯を生やした無数の口が出現しだす。それらはいっせいにこれまで教会が溜め込んだ研究の情報を食い荒らしていく。家具も紙束も標本すらも舌を伸ばし、咀嚼し、飲み込んでいく。


 先ほどの対抗手段といい今の大掃除といい、先生が行使したのは闇属性魔法。いくらなんでも人間が出来る領域を超えている。だとしたら先生の正体は人類ではなく魔に属する者に違いない。


「最後まで挙兵しなかった魔王がいるとは学んでますが、まさか人類圏に、しかも教会総本山に潜んでるとはね」

「へえ、今は私のことも学ぶんだ。勤勉だねえ」


 そしてその答えはミカエラが口にした。自分の知名度の高さにイブリース先生は喜びを顕にした。教会総本山内の大聖堂において彼女は自分が何者かを隠そうともしない。ミカエラ達には隠す意味もないと判断したのか?


「研究のみに明け暮れたヴァンパイアの錬金魔王。それが貴女ですね」


 イブリース先生は口元を緩ませるばかりで肯定も否定もしなかった。


 ヴァンパイア。夜の住人。妖魔の中でも高位の魔物だ。強力な魔法や特殊能力を持つものの弱点も多い。一番の天敵は太陽で、ちょっとでも日差しを浴びただけでも灰になって燃え尽きてしまう性質を持つ。


 目の前の先生をじっくりと観察すると、確かに彼女の周りを薄暗い膜が覆っているようだった。これがガブリエッラの言っていた闇の衣か。ヴァンパイアには致命的な光だけを弾くか吸収してるのだろうか。


「さて、こうして模範を元に聖女に聖痕を宿そうとしたのはいいんだが、結構失敗してねえ。定着しないだけならまだしも拒絶反応が起こったり、中には身体が突然燃えだしたっけね」

「そんな犠牲者が続出したら事情を知らない教会関係者にばれちゃうじゃないですか? ああ、でもホムンクルスの人造聖女を実験体にすればいいですか」

「そこは責任者が揉み消してくれたんでね。イスラフィーラも私なんかを頼りにするぐらいだから何か考えがあるんだろう」

「先代魔王を倒した聖女ですか。余は彼女のことほぼ知らないんですよね」


 道中イブリース先生の雑談に付き合うのはもはやミカエラだけだ。ラファエラとガブリエッラは怒りをこらえるのに必死だし、外套の少女はどちらかと言えばミカエラと似て興味が勝っている。


 ヴィットーリオは荒波どころかさざ波一つ立てずに静かに外套の少女に付き従っているようだ。あの正義感あふれた男がこの反応……。ラファエラとの距離感といい、彼の身に一体何があったというのか。


「それで、今度はイブリースの言う聖痕を人工的に宿した聖女の成功例でも紹介してくれるんですか?」

「ご明察。というか、さっきもミカエラ君達と一緒にいたじゃないか」

「……なるほど。やはりそういうことでしたか」

「でなきゃ魔王城に忍び込んで刻印持ち魔王の遺骸なんて持って帰れないよ」


 先生に連れてこられたのは普通の会議室。そこでは二人組の少年少女がいたが……双子と見間違うぐらいに瓜二つだった。片方が聖女の祭服を身に纏って長髪、もう片方が聖騎士の軽装備に刈り込んだ短髪。そんなあからさまな見た目の違い以外はどう見ても同一人物にしか見えない。


 片方は見覚えがある。ミカエラやラファエラより先に聖女に任命されたユニエラ先輩だ。一応俺達より年齢は上のはずなんだが明らかに身体が成熟していない。少女らしさが前面に出ていて年下に思えてしまう。


「まさかユニエラ先輩が……?」

「その通り。人造聖女と人造勇者、彼らが成功例第一号さ」


 二人は同時にお辞儀をしてきた。

 先輩がホムンクルスで人造的に聖痕を施された聖女……。

 いかん、これまでのこともあって信じていた世界が崩れ落ちそうだ。

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