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【閑話】天啓聖女、死霊聖騎士の手で死す

 ■(ラファエラ視点)■


 死んだ、死んでしまった。

 剣聖グローリアも、弓聖オリンピアも、賢聖コルネリアも。

 そして……勇者ドナテッロも。

 他でもない、死霊聖騎士と化したヴィットーリオの手で。


 これはわたし達への罰だ。彼を裏切り、彼を傷つけた報いだ。

 共に笑い、将来を語り合った過去が懐かしい。

 とても温かくて……もう二度と取り戻せない残滓だ。


 遠見する映像の向こうでミカエラは彼女が同じように映し出す映像の視点を変えているようだ。こっちからは見えないけれど、ミカエラが今まで見せたことのない表情を浮かべてきた。親しみと悲しみと並々ならぬ決意が入り混じったものに。


「やっぱり冥法軍長を乗っ取ってたんですね、ルシエラ」

「やっほーお姉ちゃん。元気してた? あたしはこの通りみんなといるよ」


 ミカエラの視線の先が自分に向いていると分かっていたのか、ルシエラは自然体で手をひらひらさせる。


「死者蘇生の奇跡は覚えました。これでルシエラを生き返らせられます」

「迷惑。このままでいいじゃん。あたし、別に肉体にはこだわらないよ」

「余にとってルシエラはたった一人の家族なんです! 血肉を分けた姉妹なんですよ……。余を一人にするんですか?」


 ミカエラの大声を上げた告白にわたしは驚くしかなかった。

 そして納得した。どうして魔王に上り詰めたミカエラが聖女にこだわったか。

 ミカエラはかけがえのない妹を取り戻したかったのか……。

 わたしは今ようやくミカエラという人を知ったような気がした。


「一人じゃないよ。お姉ちゃんにはあたしがいる。けれどあんな器はもう要らない。魔王刻印なんて忌々しい呪いが刻まれた肉体なんてね」

「魔王刻印の解除は目下研究中です。ルシエラをアンデッドのままにしておくなんて余は許しませんよ」

「いくら大好きなお姉ちゃんの命令だからってこれだけは聞けないわね。どうしてもって言うなら力付くで言うこと聞かせて」

「……そうですか。ならそうさせてもらいます。余も愛してますよ、ルシエラ」


 姉妹喧嘩の末にミカエラは水の盆を解除し、あちらを覗き込むこちらに向けて指を指した。それが視覚を通じた精神魔法だと察したわたしは慌てて映像を打ち切る。足跡で作った盆は霧状になって霧散した。


「どうするつもりなんですの? ミカエラは割り切る部分は本当に綺麗に割り切りますけれど、こだわる部分は絶対に妥協しませんわよ」

「大丈夫? 魔王継承戦を凌ぐ死闘になったりしない?」

「そうなったらまた地上最大規模の姉妹喧嘩をすればいいだけよ。今度はあたしが勝つんだから」


 ルシエラの体中に描かれた魔王刻印が淡く輝く。黒い光という何とも形容しがたい現象は、わたしの聖痕を否応なく疼かせた。闇を滅して世界に光あれ、と。どうあがいたって無理なのにやれと語りかけられているようだ。


 ルシエラ曰く、魔王刻印に見えていた紋様は再現したものらしい。魔王刻印は肉体に依存すると研究で判明していて、魔王を決める儀式での決闘でミカエラに負けた際、己の肉体を放棄して死霊と化したことで宿命から逃れたんだとか。


「それで、残ったラファエラはどうする?」


 身体がビクッと跳ねた。


 いつの間にかわたしの背後にヴィットーリオが回っていて、わたしの首筋に剣を当てている。刃が僅かに触れるせいで血がにじみ出てくる。わたしは何か言いたくても何も言えず、振り向きたくても全く動けず、ただ怯えるばかりだった。


 アンラは「封印すればいいじゃん」と陽気に意見を述べる。フランチェスカは「生かしておくのは百害あって一利ありませんわ」と冷たく言い放つ。ガブリエッラ様は「隷属させるのも趣があるでしょう」といつものように仰る。


「ガブリエッラ様は……どうして魔王軍に味方するんですか?」


 こんなこと今更言っても意味がなかったのに、問わずにはいられなかった。

 どうしてガブリエッラ様が魔王軍に加担してるのか、全く分からなかったから。

 人類に絶望して見切りを付けていたとしたら……気付けなかったわたしの罪だ。


「あらあら、どうしたの?」

「聖女として一番尊敬していたのに、酷い裏切りです……」

「んー、丁度いい機会だからネタバレしてあげるわね。よく見ていなさい」


 そう言うとガブリエッラ様はわたしに顔を近づけ……闇を滲み出す。

 いえ、これは闇じゃなく影。影がガブリエッラ様の頭に、手に、足に、胴に、胸にまとわり付き、身体を動かしてるんだ。


「魔影軍長、それが本当の肩書なの」

「あ……あぁ、そんな……」

「シャドウビーストとしての私が本当の聖女ガブリエッラの身体を乗っ取っていたのよ。今までずっと気付かなかったの?」

「嘘よ……嘘よそんなことーっ!」


 もう何も信じられない。信じていた世界は全部嘘だった。

 わたしは本当に馬鹿で愚かでどうしようもない役立たずよ。

 あまりにも辛くて苦しくて、もうあらゆる事柄から解放されたかった。


「さて、聖女ラファエラ。最後に何か言い残すことは無いかしら?」


 ルシエラが敗北者に対して最後の情けをかけてくる。

 今のわたしにはそれすら勿体ないのに。

 もしかしたら、出会いが違っていたら、話し合えたかもね。


 わたしはヴィットーリオへと振り向く。

 もう何もかもぐちゃぐちゃだけれど、最後ぐらいしっかりしたかった。

 自己満足に決まってる。迷惑に決まってる。けれど、言わずにはいられない。


「ごめんなさいヴィットーリオ。わたしが間違ってたわ」


 さようなら。わたしの騎士だった人。

 貴方と幼馴染として出会えたことは何よりも幸運だったわ。

 その幸運を捨てて踏み躙ったわたしが何もかも悪かったの。


 ヴィットーリオはほぼ骨と皮だけになった面持ちを僅かに振るわせて……、


「……もう、遅いよ」


 ――わたしの首を斬り飛ばした。

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