聖女魔王、晩餐会に招待される
結構降りてきた。昇降装置のための縦穴沿いに階段が設けられてて吹き抜けになってるから、見上げればまだ空は見える。けれど既に頂上階層が遥か高くなってるな。これ登る時は絶対に昇降装置を使わせてもらおう。
そうして俺達がやってきたのは、渓谷の両岸を渡して築かれた橋、というより渡り広場だった。まだ河まで結構な高さがあるから増水しても流される心配はあるまい。高くそびえる両方の崖は凄く圧迫感があるものだ。
そんな広場にはひっきりなしに飛竜が離着陸し、また多くのドワーフが飛竜の調整や意思疎通などグランプリに向けての準備に取り組んでいた。参加しない俺にも熱気が伝わってくる。
「でもこのドワーフ達、ほとんどグランプリに出場しないんだよな?」
「通称グランプリって呼ばれる王者決定戦の他にもレースは当日含めて何回か開かれるみたいだからなー」
「それより聖地の石碑は……」
「あそこにあるアレじゃないか?」
イレーネが指し示した方向には崖に掘られたレリーフがあった。
そこには幻獣魔王率いる魔王軍に攻め込まれ、ドワーフの勇者がグランプリに参加を呼びかけ、後半に差し掛かると勇者と魔王の一騎打ちになり、最終的に勇者が勝利し、魔王は勇者を認めて撤退したことが記録されていた。
ちなみにこういった聖地の石碑は歴史の記録が淡々と刻まれるものらしい。勇者や聖女がいかに偉大だったか等の民衆が好む演劇じみた表現にすると後世に誤った形で伝わりかねないからだそうだ。聖地とは教訓でもあるのだから。
「これも調べたんですが、当時の超竜軍は単独でドワーフ国家群を攻め落とせるぐらいの規模だったそうですよ。大魔法を息吹一発でかき消したり、五つある首の角からそれぞれの属性攻撃を飛ばしたり。幻獣魔王に至っては都市どころか島一個ふっ飛ばしたそうです」
「おっかないな。俺だったら絶対相手したくないね」
「ドワーフの勇者はどうやってグランプリでの勝負に持ち込んだのかな?」
「ドラゴンは少しでも気に入った奴の勝負には乗りがちだからなー。一緒に酒飲もうやとか誘ったりしたのか?」
俺達が好き放題言おうがもはや真相は掴めまい。イレーネはもとよりティーナより更に古い時代の話だ。当時を知る存在は例えハイエルフだろうと生き残ってはいないだろうし。
「さて、こうして聖地巡礼は終わったわけだが、このあとどうする? 折角だからグランプリでも見てくか?」
「見ていきますよ」
「ん? てっきりもう用無しだから次行こうとか言い出すと思ってたんだが」
「ただの競技だったらそうしてましたが、このグランプリはドワーフにとっては重要な儀式だと思うんです。常にグランプリ王者を輩出することでドワーフの勇者なき今も自分達は健在なんだ、と知らしめるためのね」
「ほう、さすがは聖女殿。目の付け所が違うわい」
不意に声をかけられて振り向くと、いつの間にか広場は静まり返っていた。その場にいたドワーフたちは一斉に頭を垂れていて、飛竜に乗っていた者達も慌てて着陸させて頭を下げるほど。
そんな俺達の眼の前には王冠を被ってマントを羽織ったいかにも偉そうなドワーフと、丈夫な布地で作られたドレスに袖を通す淑女、そして彼らの傍らには前進鎧と斧を持つ戦士が待機している。
察するまでもない。彼らはこのドワーフ首長国連邦の首長と首妃だった。
貴人の到来を受けて俺達はお辞儀する。ちなみにこの時ティーナもそうしたらしい。後で話を聞くと、エルフがドワーフに頭下げるなんて本来あり得ないのだが、人類圏を股にかけて活動する冒険者として、立場のある存在への敬ったんだってさ。
「新たに聖女に任命された者がここにも姿を見せると報告があってな。遠路はるばる良く来てくれた」
「いえ、この目で確かめたかったので、ちょうどいい機会でした」
「都合が良ければ今日の晩餐でもてなそうと考えておるのだが、いかがかな?」
「光栄ですが、過度なもてなしを受けては皆さんに示しが付きませんので。そこを配慮いただけるのでしたら喜んで」
「勿論だとも。グランプリを見ていくのだろう? 折角だから滞在先も我々が準備しようじゃないか。何、宿にはこちらから連絡を入れよう」
「どうして?」
「保険をかけたい、と考えている」
どうやら首長は俺達を歓迎するつもりらしい。そしてミカエラとのやり取りからも単に人類圏で相当な権威を持つ聖女へ媚びるためではなく、思惑があるのは明白。そしてこのドワーフの君主はそれを隠さずに表明する。
とりあえず提案に乗っても損はない、と判断出来たので、俺達はお言葉に甘えることにした。
それにしてもこの首長……珍しいな。髪や髭といった体毛が銅のような真紅だ。行き交ったドワーフ達を思い返してもこの色はあまり目にしなかったっけ。
ふと、とある人物の顔が思い浮かんだ。




