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686 【真・結城編】温もり


 六百八十六話  【真・結城編】温もり



 エマの水族館トークから逃げるように人の少ない場所へと避難したオレ。

 そこでオレは前世……えっと、名前が……そう、森本真也だったことの妹・すいと再会したんだ。



「お兄ちゃんやん!! どうしてここに!?」



 お腹を大きく膨らませたかつての妹・翠が目を大きく見開きながらオレのもとへ近づいてくる。



「えええ、翠!? オレは修学旅行だけど……逆に翠はなんでここにいんだよ!」


「お父さんたちが久しぶりに旅行したいって行ってたけん……」


「え」


「今は2人でここ……水族館の何処かにいるはずだよ。 私はほら……お腹がこんなだからゆっくりしてようと思って」



 翠が「多分近くにいるはずだけど……お兄ちゃん会いに行く?」と提案してくるもオレはそれを拒否。

 もし会っちまったら色々と感情が溢れてしまいそうだからな。 流石に前世の……とはいえ、妹に兄の泣き顔を見せるわけにはいかねぇよ。



「そっか。 まぁでもそうやんね。 お母さんたちと会ったとしても、『この子だれ?』ってなるだけやしね」


「そういうこと。 だからオレのことは気にすんな」



 それからオレと翠はしばらくの間目の前の水槽を眺めながら世間話。

 ーー……といってもほとんど喋っていたのは翠で、「それでお兄ちゃんは今の体の調子はどうなん?」やら、「今度はちゃんと勉強してるん? 受験生やんね? あ、それと友達は増えた?」などといった質問の嵐。 オレが話題を振る隙も与えずに永遠と話しかけてくる。



「友達の数? あー、まぁ結構多い方だと思うぞ?」


「そうなん? お兄ちゃん昔からあまり友達いなかったから心配してたんよ? そっか、なら良かった」


「だからもうオレのことは心配しなくていいって言っただろ。 どんだけ心配性なんだよ」


「いいやん少しくらい。 私にとってお兄ちゃんは1人だけなんやけん」



 ◆◇◆◇



 どのくらい経っただろう。

 体感的には10分……実際は20分くらい経とうとしていた頃。 翠が「ていうかお兄ちゃんはいいん? 水族館見ないで」とスマートフォンの時間を確認しながらオレに尋ねてくる。



「いきなりだな。 別に構わん。 魚にはあんまり興味ないしな」


「誰かと一緒に回る約束とかしてないん?」


「あぁ。 水族館は別に誰とも約束してない」


「そう? でもさっきからあの子、ずっと遠くからお兄ちゃんのこと見てるけど」


「え?」



 翠の向けていた視線の先へオレも合わせてみると、そこにいたのは結城。 パンフレットを胸で抱えながらじっとオレたちの方を見つめてきている。



「あれ? 結城?」


「結城ちゃんっていうんだ。 お兄ちゃんのこと待ってるんじゃないん?」


「いや、多分だけどそんなことは……」


「でも見てるやんね」


「うん」


「彼女?」


「なわけねーだろ!!!」


「あはは、冗談やん。 行ってあげたほうがいいんじゃないの?」


「ーー……そうだな。 このままここにいたらお父さんたち戻ってくるかもしれないしな」



 オレは「またどこかで……元気でな」と翠と固い握手を交わす。



「うん。 連絡先消しちゃってから……もう一生お兄ちゃんに会えないって思ってたから嬉しかった」


「それはオレもだ。 じゃあオレもう行くけど……最後に翠、妊娠おめでとう」



 そうオレが口にすると翠は満面の笑みで大きく頷いた。



「お兄ちゃん……。 ありがと、絶対元気に産んで……幸せにするけん」


「翠なら大丈夫だ。 ただどうしようもなくなったらまた家に来い。 住所覚えてるだろ?」


「うん、その時はそうする。 ていうかお兄ちゃん、前の大人だった時よりも頼もしくなったよね」


「は? なんだと?」


「もー、冗談やん。 ほら、結城ちゃん待ってるよ、バイバイ、ダイキくん!」


「おう!」



 こうしてオレは翠と別れ結城のもとへ。

 結城に「ごめんごめん、なんかオレに用だった?」と尋ねると、結城は全力で首を左右に振った。



「う、ううん。 えっと……いいの? お話ししてたんでしょ?」


「あー、いいのいいの。 それでどうしたの?」



 そう尋ねてみるとどうだろう。

 結城は若干顔を赤らめながらオレを見上げる。



「ん?」


「あ、あのね。 水族館は福田……くんと周りたいって思って」



 え。



「オレと? なんで?」


「それは……分かんない。 でも水族館は福田……くんにいてほしい」



 おいおい、そういう告白めいた発言するの本当に勘弁してくれよ。

 ちょっとだけだけど恋の炎が着火しそうになったじゃねえか。



 とはいえ断る理由もオレにはない。

「じゃあ行こっか」とオレが頷くと、結城は「う、うん!」と満面の笑みで答えて体の向きをくるりと変える。 その後「えっとね……あっちの方にクラゲコーナーがあるらしいの……!」とパンフレットの地図を見ながら歩き出したのだが……



 途中の大きな水槽を見ながらゆっくりと通路を歩いていると、1組の老夫婦とすれ違う。



「綺麗やねぇ、お父さん」

「そうやなぁ。 翠は結婚してもこうして俺らを旅行に連れて来てくれて……天国の真也もお盆にはお手紙をくれて……幸せやなぁ」

「今年のお手紙も真也、幸せそうやったねぇ。 あ、そうや。 案外今も真也、私たちの隣で一緒にお魚さん見てるんやないかねぇ」

「見てるやろか……見ててほしいなぁ。 真也、3人で水族館見るんは久しぶりやねぇ。 どうや、楽しめとるか?」



「あぁ、楽しめてるよ。 ただオレ、いろんな魚よりもペンギン派だったの覚えてる?」



「えっ!」

「ん?」



 2人が振り返ると同時にオレは近くにたくさんいた生徒の波に隠れる。



「お、お父さん、今……!」

「あぁ俺にも聞こえた。 真也……やっぱり一緒にいてくれて……昔、翠が生まれる前に3人で行った水族館、覚えてくれてたんやなぁ……!」



 それから2人はまるで若返ったように軽い足取りでペンギンエリアへ。

 オレがそんな2人の背中を静かに見つめていると、先頭を歩いていた結城は「ふ、福田くん?」と声をかけてくる。



「え、あ、ごめん。 今行くよ」


「どうしたの? 立ち止まっちゃって……見たいのあった?」


「いや、特にないよ」


「それにさっきなんか言ってなかった?」


「いいや、気のせいじゃない?」


「そっか。 あ、もうすぐ着くよ。 あそこ……!」



 結城が再びオレの手を引っ張り奥に見えるクラゲコーナーを指差す。



 あぁ……今だけはこの結城の手の温もりが心に染みるぜ。

 オレは結城の手を握り返し、溢れそうな涙を必死に堪えるように上を向いて歩いた。

 


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