441 特別編・特別な存在
四百四十一話 特別編・特別な存在
「奈央、話があるの」
メイプルドリーマーが所属している事務所内。
そこに呼び出された奈央こと橘奈央は、自分の顔を見るなり何か言いづらそうな表情をしている女性マネージャー・今井の姿を見て小さく身構えた。
「えっと……なんですか今井さん。 今更私の内定を取り消す……なんてことは言わないですよね」
そう軽く冗談を交えて尋ねてみると今井は「そんなことはしないわ」とすぐに奈央の問いかけを否定。 それに対し奈央はとりあえずの安堵の息を漏らしたのだが……
「美波ちゃん、いるでしょ?」
「あ、はい。 小畑ですね」
「さっきお母様から直々に電話があってね。 今回の内定の件……辞退されたの」
「ーー……は? それはなんで……」
いきなりのことだったのだが奈央の心に湧いてきた感情は率直な怒り。
一緒に頑張り、ともに勝利を勝ち取ったというのに何故……
「ほら奈央、そんな怖い顔しないの。 あなたはすぐそうやって顔に出して……そんなんだから雑誌撮影の時とかにカメラマンさんを不快な気持ちにさせちゃうのよ? そんな自分を変えたくてアイドルになろうって決めたんでしょう?」
「でも今回のオーディションは公平に審査してくれたんですよね?」
「もちろんよ。 あなたがうちの所属モデルだからっていうヒイキは一切してないわ。 これはあなたのパフォーマンスや同調性を客観的に見ての私たち運営やメイプルドリーマーの皆の判断よ」
「じゃあ今その話題、関係ないですよね」
「まぁ……そうね、そうなんだけど……」
その後奈央が美波の辞退について尋ねようとしたのとほぼ同じタイミング。
事務所内の扉が勢いよく開かれ、「マ、マネージャー!!! 美波ちゃんが辞退って……どういうことですかああああ!?!?!?」とかなり焦った表情のユウリこと松井ユリが駆け込んできたのだった。
◆◇◆◇
それから奈央はユリとともにマネージャーからの話を聞くことに。
どうやら美波はアイドルにこそなりたかったらしいのだが、それよりも同じ学校のクラスメイトたちと離れたくないという気持ちが勝ってしまっていたとのこと。 どうしても残り1年の小学校生活をともに過ごしたいらしい。
「私が美波ちゃんのお母様から聞いた話はこんな感じ。 本人がそう望む以上、こちらとしても強制なんて出来ないわ」
マネージャー・今井は「まぁ小学生らしくて可愛い理由じゃない」と半ば諦めたような笑みを浮かべながら「となれば前の参加者から1人繰り上げ合格させるしかないわね」と今回の参加者リストに目を通し始める。
「いや、でもそれって受けるときに分かってることですよね。 流石に勝手すぎませんか?」
奈央が低いトーンで怒りの感情をモロに乗せながら視線を今井へと向ける。
「それは確かにそうだけど、あの子もまだ小学生……そんなこと言っても分からないでしょう?」
「でもだったら最終審査に進んだ時点で……。 ユウリさんはどう思われます?」
流石は大人……今井さんに話したところで全て『子供だから仕方ない』で終わらされてしまう。
これは話にならないと感じた奈央は隣で話を聞いていたユリへと視線を移し話しかけることに。 ユウリさんなら現役アイドルのリーダーだしこの気持ちを分かってくれると思っていたのだが……ユリは「まぁそうだけどさ、ユリは美波ちゃんのその選択……正しいと思うな」と小さく呟いた。
「え?」
どうしてだろう……ユリの言葉に何故かマネージャーも頷いている。
そのことがまったく理解できていなかった奈央だったのだが、そんな奈央の感情が顔に出ていたのだろう……それに気づいたユリは一瞬今井とアイコンタクト。 その後再び奈央へと視線を戻すと、ゆっくりと口を開いた。
「奈央も知ってるでしょ? 楓のこと」
「もちろんです。 ちゃんと話したことはありませんでしたけど、私が中学生だった頃……どうしてもモデルになりたくてここに面接を受けにきたときに、丁度近くで今井さんとパンフレットの撮影の件で話されてましたから」
「そっか。 じゃあ楓がユリにとって、大切な存在だったって知ってる?」
奈央はユリの話を受けて当時のことを思い出す。
ユリの話題に出てきている楓こと小山楓……忘れられるわけがない。
だって自分がこの事務所に入所してすぐ、詳しいことは分からないのだが亡くなってしまったのだから。
「はい、知ってます。 ユウリさんのお友達だったんですよね」
「そうだよ。 だったら……分からない?」
「何がですか?」
「一緒にいたい人がいるのなら、それを優先した方がいいってユリは思うんだ」
その後ユリは「いつ離れ離れになるかなんて、誰にも分からないんだから」と付け加え、力なく微笑む。
「いや……でもだったらどうしてオーディションに」
「多分だけど……そのオーディションを受けてる間に気づいたんじゃないかな。 今の奈央みたいに」
「!!」
ユリの言葉に奈央の体がビクリと反応。
目をより大きく見開いてユリを見つめる。
「えっと……ユウリさん、それはどういう……」
「だって最終審査の時もほとんど誰にも無関心で孤高を貫いてた奈央だったのに、今こうして美波ちゃんに執着してるでしょ? それって奈央にとって美波ちゃんが特別な存在だって気づいたことと同じなんじゃないかな」
「特別な……存在」
何故だろう。 何かが腑に落ちたのか、先程までの激しく燃え上がっていた怒りの炎が呆気なく消えていく。
ということは今のユウリさんの考察は的を得ている……私はいつの間にか小畑美波に特別な感情を抱いていたというのか。
「それでも……だったら私、めちゃくちゃダサいですね。 特別な感情を抱いた相手に裏切られたんですから」
「そうじゃないよ、逆に考えてみなよ。 そんな感情を学ばせてくれたことに感謝するべきなんだよ」
「でも感謝したところでこんな感情、どうにもならな……!」
「もう1人……いたんじゃないの?」
「え」
ユリはそう言うと「そうですよね、マネージャー」と今井に尋ねる。
「そうね、あんなに奈央が生き生きしてたのを見たのは初めてだったもの。 私もちょうど『この子でどうかしら』ってユウリと奈央に聞こうと思ってたところなのよ」
そして今井が見せてきたのは1枚の参加者情報。
そこに記されていた名前と写真を見た奈央は心を振るわせた。
【五條 鈴菜】
「私は五條さんが適任だと思うのだけれど……ユウリはどうかしら」
「ユリは良いと思います。 五條ちゃんのパフォーマンスは……レベルこそそこまで高くはないですけど、相手に合わせようっていう優しさが溢れてましたから」
「そうね。 それで……奈央はどう思う? あのオーディション後、あまり顔色が晴れてなかったのって五條さんが受からなかったからなのよね?」
「ーー……」
それから奈央は静かに頷き、正式に同じチームメンバーであった五條鈴菜がメンバー入りに決定。
今井から「じゃあ今から早速電話かけようと思うんだけど……奈央、あなた連絡先交換してたのよね? どうせなら驚かせるためにあなたから掛けてみる?」と提案され電話することに。
通話ボタンを押すとしばしの呼び出し音の後『も、もしもし? 橘……さん? どうしたの?』と困惑した鈴菜の声が聞こえてきて……
「五條、話があるの」
『な、なんでしょう』
「今何してるの?」
『今ですか? 今はその……学校の宿題してます。 オーディション中の宿題が溜まってて、先生たちもアイドルなれなかったんだからちゃんと勉強しなさいって。 えへへ……』
「そっか。 五條」
『はい』
「五條、メンバー入ることになったから。 分かった?」
『え、あ……はい、そうなんですね。 ……え?』
「いけるでしょ?」
『ええええええええええええええええええ!?!?!?!!??!??』
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