426 悩める女王
四百二十六話 悩める女王
先日オレの前世・森本真也時代の妹……翠と食卓を囲んでから数日。
オレは前世の記憶がこのまま薄れていくのかもしれないという危機感を感じながら生活していたのだが……
朝。
まだ1時間目の授業まで結構時間があったこともあり、オレは何となくでトイレに向かっているとその途中……女子トイレの前でソワソワ落ち着かない様子のドSの女王・小畑の姿を見つけた。
ーー……ん、どうしたんだ?
オレが小畑に歩み寄っていくと小畑も何かの気配を察したのか、急に瞳を開けてオレの方に視線を向けてくる。
「あ、福田」
やはり顔にどこか緊張……というか張り詰めた感が出ているな。
人間関係とかで悩んでいるのだろうか……そう心配したオレは小畑にそんな表情をしている理由を聞いてみることに。
しかし小畑が張り詰めていた理由は人間関係とか……そういうものではなかったのだった。
◆◇◆◇
「あー、そっか。 今日早退して集合場所向かうんだっけ」
そう、今日は木曜日で小畑のアイドルオーディション第4次審査の前日。 夕方に指定された場所に集合して金曜の朝から日曜の夜までユウリたち……メイプルドリーマーとの合同合宿なのだ。
そしてどうやら3次通過者の簡易情報が運営から伝わってきているらしく、小畑はその中で最年少……3次審査のように年上の参加者たちから陰湿な攻撃でハメられないかを心配しているとのことだった。
小畑は「やられたらやり返すけど、前にコテンパンにやられちゃったからちょっとビビってんのよ」と女王らしからぬ弱々しい笑みをオレに向ける。
「あー、それはちょっと怖いかもね」
オレが軽く同調すると、小畑はそれが嬉しかったのか「でしょ!? 全然フェアじゃないよね!?!?」と大きく目を見開いてオレに詰め寄ってきた。
「う、うん! そうだね!! そんなの全然フェアじゃない!! もし狙われるとしたら最年少の小畑さんだもんね、一番仕返しがこなさそうだし!」
「そうなの!! 今までだったら絶対に勝つ自信あったけどさ、流石に数で来られたら圧倒的に私不利じゃん!? もうどうすりゃいいのーって感じ!」
小畑が「ああああもう!! 佳奈とか一緒にいてくれたら心強いのにーー!!!」と悔しそうに地団駄を踏む。
うわあああ、女王様……荒れておられる。
オレはしばらくの間、小畑がキーキー喚いているのを「そうだねそうだよね」と相手をすることに。
そしてそれはあと10分ほどで朝のホームルームが始まるくらいの時間……突然小畑がオレの肩を掴むと「もうこれしかないかも」と呟きながら顔を近づけてきた。
「福田」
「!!!!」
いきなりのことでオレは激しく動揺。
もうこんな状況でこんな展開……そんなのこの先に待っていることなんて1つしかないだろう!!
そう……それはオレという王子様のキス。
小畑はキスという愛の力に頼ってオレに顔を近づけてきている……そうに違いない!!!
ドックンドックン!!!
オレの心臓がこの数分後の展開を予想して勝手に盛り上がり始める。
まさか……まさか小畑の唇を味わえることができるなんてええええええええ!!!!!
そう興奮している間にも小畑の顔は徐々にオレの目の前へ。 小畑はつま先を軽く立ててオレの肩を自身の方へと引き寄せていく。
「お、小畑さん!?」
小畑の艶やかな唇まであと数センチ。
オレは早くその感触を味わいたいために自分の唇をブイーーーンッと最大限にまで突き出してみたのだが何故だろう……小畑のそれはギリギリのとことでピタリと止まった。
ーー……え、あれ?
ゆっくりと視線を下ろしてみると、小畑は唇を僅かに開らきそこからなんとも色っぽい息を微かに吐く。
ゾワワワワワワワッ!!!!!
小畑の口の中に入っていた空気がオレの口元にフワァっと当たり広がっていく。
この生暖かな空気……これこそまさにエロ風なんじゃああああああああ!!!
もしかしてそういう焦らしプレイですかああああああああ!?!???!
となればオレは女王様の従順な犬!!! 女王様が『待て』というのならばいつまでも待ってみせよう!!!
オレはこの『待て』の先に極上のご褒美が待っていることを確信して静かに待機を選択することに。
しかしそれから僅か数秒後、オレに待っていたのはキス並み……いやそれ以上のご褒美であったのだ。
小畑は再びエロ風を口から吐くと、ゆっくりと口をオレの耳元にまで移動させてこれまた色っぽく囁いた。
「あの時の無双してた感覚取り戻したいからさ、久々に蹴らせてくんない? てか蹴るから人の少ないところ行こ」
「!!!!!!」
キーーーーターーーーー!!!!!!
その後オレは小畑とともにあの懐かしの場所……図工室近くの女子トイレへ。
そこで久々の女王様キックを何連発も味わったオレは朝のホームルームが始まるギリギリに小畑とともに肌をツヤツヤさせながら女子トイレから出て行ったのであった。
「あー、スッキリした!!! サンキュ福田!!!」
小畑が吹っ切れた顔でオレの腕をコツンと小突く。
「ううん、いいよ」
「てかなんで福田も幸せそうな顔してんの」
「え、そうかな。 なんでだろ、あはははは」
さ、さすがは女王様。
女王様の思い切りのいい蹴りのおかげなのだろう……オレの悩んでいた心まで撃退してくれたっぽいぜ。
「うー……、でも痛い」
「いやいや一瞬でカタくしてたの誰って話じゃん」
あ、カタくしてたのは脳ね。
おかげで柔らかくなったナー!!!!
「と、とりあえず今日の夕方からオーディション、頑張ってね」
「うん!! さんきゅ!!!」
その日小畑は昼休み後に学校を早退。
メイプルドリーマー・妹グループオーディション第4次審査……最後の戦いに挑みに行ったのであった。
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