怨恨と復讐
弾薬箱が爆発した後、どれくらい経ったか分からないが、恐らく気絶はしていないと思う。
ゾンビは殆どが倒れ、窓からずるずるとやってくるゾンビだけが動いている。
爆発の影響か、耳の調子が少しおかしい。
「英人、大丈夫か」
「……ああ」
横で倒れていた英人がゆっくりと立ち上がる。
爆風で脳震盪を起こしたのか、少し動きが緩慢だ。
手を貸して立たせると、壁に向き直った。
「やはり、あったんだな」
爆風で吹き飛んだ壁の奥には、先程までなかった階段が現れていた。
すぐに駆け寄って覗いてみると、十段ほど下に続いていて、左に折れ曲がっている。
爆音で大量のゾンビが来るまでに、シェルターに入らなければならない。
英人に肩を貸して、一緒に階段を下りていく。
「……なあ、隊長」
「なんだ」
「なんで、俺が生きてるんだろうな」
「生憎、俺は神様と友達じゃないんでな。理由は知らん」
「翔は、生意気だったが、それなりに可愛げがあった。悟郎は、一番年上で、大らかで良い奴だった。紬も、部隊のムードメーカーみたいなもんでさ。こんな、皮肉ばっかりの屑が、どうして残っちまうんだろうなぁ」
何も答えられなかった。
それを言うなら、俺だってそうだ。
なぜ俺が生きている。
守るべきものを守らない俺が、なぜ。
英雄でもない俺が、なぜ。
「……閉まってるな」
シェルターの扉が目の前にある。
俺たちと、上層部の間の壁。
生き伸びる者と、死を確約された者を隔てる門。
生屍の境界線だ。
扉の横には、呼び出し用のインターホンのような物がついていた。
そのボタンを押す。
『荷物の搬入に不備がありました。至急、搬入をさせてください』
『食料なら飽きるほどあるぞ!はっははははは』
こいつ等……。
身体の底から、沸々と何かが湧き上がってくるのを感じた。
『……いえ、食料ではありません』
『ん?……金か?』
『金です』
『おお、そうかそうか。金ほど大事なものはないからなぁ。待っていろ、いま開ける』
こいつ等は、この作戦の結果ゾンビが駆逐され、再び貨幣経済が来ることを見越して、金をため込んでいる。
外で、兵士たちが決死の覚悟で戦っている中、こいつ等はその後の事をのんびり考えている。
俺たちに、その後なんて無かったのに。
翔、悟郎、井伊、紬、長田。
死んでいった者たちの顔が次々と思い返される。
ガコン、と音がして扉が開いた。
でっぷりと太った男が顔を出した。
瞬間、俺は迷うことなく引き金を引いた。
何の戸惑いも、躊躇もなく。
仰向けにひっくり返った男の身体を踏み越えて、俺は生屍の境界線を越えた。
「英人、やるぞ」
シェルターはそれほど広くないようで、さらに内側のドアを開けると、会議室のような場所があり、そこに五人の男が座っていた。
そいつらは、安心しきった顔でこっちを見上げ、俺が太った男でないことに気付くと驚愕の表情をした。
その開ききった口に、容赦なく銃弾を叩き込む。
一人の男がひっくり返ると、他の男は一斉に命乞いを始める。
「い、命だけは……」
「金なら、いくらでもやるぞ」
「一緒に助かろうじゃないか」
「この作戦の後で、司令官クラスに昇格させてやろう」
それぞれが、口々に。
俺は耐えかねて叫んだ。
「ふざけるな! 多くの仲間が死んでいった中でのうのうと生き延びようとしやがって! どうしてお前らはそう勝手なんだ! 多くの兵士をまるで駒のように扱う。いつまでプレイヤーの気分なんだ。いい加減に、盤の上にいることに気が付け!」
引き金を引く。
男の顔面が砕ける。
「終わった後の事ばかり話しやがって! どれだけ俺たちが明日を渇望したと思っている! どれだけ、生きたいと思ったか解るか! 俺たちが死に物狂いで求めた明日を、お前らが食い潰すだと!?」
引き金を引く。
男の腹が破れ、内臓が飛び出る。
「俺たちに明日はなかった! 最初から用意もされていなかった! 許せない!」
引き金を引く。
男の心臓に風穴が開く。
「せめて、あの世で謝罪をしろ」
引き金を引く。
最後の男の眼が無くなった。
これで終わった。
何もかもが。
俺は虚脱感を感じたが、その場に踏みとどまり、死体をシェルターの外まで引っ張る作業を開始した。
次に出られるのはいつになるかわからない。
次第に腐っていく死体をシェルター内に残すのは衛生的とは思えなかったからだ。




