突破と狂犬
施設の北側は、負傷兵で溢れかえっていた。
当然、噛まれた感染によるものではなく、さっきの橋を落とした時に負傷した者が多い。
また、あまりの絶望と凄惨さに、気が触れてしまった者も廊下に居た。
「うわああああ! 奴等が、奴等が来るぞ!」
天井に高く手を上げて叫びだす奴も居る。
酷い光景だった。
だが、そいつらに構っている暇はない。
早くシェルターを見つけねばならない。
俺は足早に資料室へと向かった。
資料室に行けば、この建物の見取り図があるかもしれず、その見取り図を見れば、何処にシェルターが作れそうかを絞る事が出来るからだ。
―現在―
「はぁ…はぁっ……! ゴホッ、ゴホッ!」
碓氷さんの口からまたも赤い液体が流れる。
すでにシーツは真っ赤だ。
これでは、話を言い終えるまでもつか分からない。
なら、今日はここでやめて、次の機会を待ってもいいのではないか。
先程切り捨てたはずの考えが再び頭を巡る。
だが、それを察したかのように、
「大丈夫だ」
といって、再び語り始める。
しかし、誰が見ても、もう限界だった。
―過去―
資料室に着くと、見覚えのある男がいた。
長田だった。
「長田……無事だったのか」
「……碓氷か」
振り返った長田は、目の下に隈ができ、頬がこけていた。
少し前の長田とは、かなり違っていて、まるで幽鬼のようだ。
「何をしにここに?」
「ああ……少し探し物があってな」
ここで俺に、一つの考えがよぎった。
長田も一緒に、シェルターに避難出来はしないかと。
有るかどうかすらわからないシェルターだが、もしあるとするなら、長田を入れない理由は無かった。
この作戦に隠された陰謀を明かすきっかけになったのだから。
それに、ここに来たばかりの時に、色々と世話になった。
入れても問題ない。
「こんなところに……探し物、か」
「そうだ。それで、長田……」
長田にシェルターの話をしようとした時、外が俄かに騒がしくなった。
窓から外の様子を見て、絶句した。
「なっ……」
目が合った。
ここに居るはずの無い、橋まで落として隔絶した奴等。
必死で食い止めてきたはずの奴等。
ゾンビと、ガラス一枚を隔てて見つめ合っていた。
バンッ、と大きな音を立てて、窓ガラスにへばりつく。
そして、窓ガラスにひびが入った。
「Shit!」
ライフルを構えて、ゾンビに向かって発射する。
数発の弾丸が顔面を抉り取り、ゾンビは窓にへばりついたまま、徐々に崩れ落ちて行った。
血の跡が、いくつかの線になって窓ガラスを覆う。
「なんで、ゾンビがこんなところまでッ!」
見ると、ゾンビが次々と堀を超えてきていた。
大量のゾンビが堀へ飛び込み、本部の石垣に向かって手を伸ばす。
そのゾンビ達を超えて、次のゾンビ達はやって来る。
そして、先程よりも高い位置に手を伸ばす。
ゾンビの手は、いずれ堀を超える。
その時が来たのだ。
規格外の規模のゾンビに襲われた堀は、ゾンビの進行を数時間遅らせることしかできなかった。
「……碓氷、探し物が、あるんだろう? だったら、とっとと探せ」
長田が本棚を窓に向かって押す。
即席のバリケードを作るつもりだ。
「すまん、恩に着る」
俺は施設の設計図を探し始める。
ここまで整理は行き届いていなかったのか、やや乱雑に置かれていて、探すには手間がかかりそうだ。
だが、急がなくてはならない。
「長田、何分くらいもちそうだ?」
「もって、五、六分だ」
「十分にしてくれ!」
そういって、書類の山に手を伸ばす。
「クソったれ!」
バリケードを作り終えたのか、長田が発砲を開始した。
その音に呼応して、ゾンビの動きが激しくなる。
バリン、バリンと、窓ガラスが割れる音が続く。
「派手にやりやがって、修理代いくらだと思ってんだッ!」
長田が必死で食い止めてくれている間に、設計図のようなものが、視界に映った。
しかし、書類の山が邪魔で、手が届かない。
「もう、少し……」
身を乗り出して、手を伸ばす。
もう少しで、もう少しで――。
その瞬間、俺は反射的に手を引っ込めた。
このまま手を伸ばしていてはならない気がしたのだ。
それが結果として功を奏した。
次の瞬間、俺の手があった所を何かが横切ったのだ。
涎を垂らしながら、鋭利な牙で肉を裂く。
以前は人間の従僕に過ぎなかったが、ゾンビと化した今は最悪の相手だ。
筋骨隆々とした、逞しい身体を、こちらに向ける。
犬の、ゾンビだ。
それも、ドーベルマン。
「Shit……」
瞬きをした次に目に映ったのは、大きな口を開けてこちらに飛び掛かってくるドーベルマンだった。
「うおっ!」
俺はその首を掴んで、逆に後ろに放り投げる。
そして銃を構えて発砲した。
だが、横に飛び退いて躱すと、再びくらいついてきた。
腰に提げていたバールを手に取り、両手で横に持って、犬の口に突っ込む。
「分が、悪すぎる!」
元々、屈強なドーベルマンは人さえも殺すことがある。
それが、感染してリミットが解放された時、どんな力が発揮されるかは想像に難くない。
だんだんバールが押され、犬の顔が近づいてくる。
もう、限界だった。




