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遺言と秘密

「ちょ、ちょっと待てよ」


英人が俺と井伊の間に立つ。


「シナリオ通りってどういうことだよ。この状況でそんなことあるわけが無いだろう」


「そ、そうですよ」


紬も同意する。

それもそのはずだ。

この状況さえシナリオ通りなら、自分達の死さえもシナリオ通りということになる。

だが、そうなのだ。

俺達の死は想定内で、計画の一部に過ぎない。


「……どうして、シナリオ通りなどと思う?」


井伊は、そう言いながらも笑っていた。

俺がすでに真実に辿り着いていると知っているのだろう。


「ヒントをくれたのは長田だ。この状況になる前、ゲートが破られたとき、不自然なことに気がついたんだ。あれほど厳重に警戒していたゲートが破られるなんてこと、あるだろうか。それに、次から次へとやってくるゾンビ。いくらなんでも集まりすぎだ。それと、その後の命令もおかしかった。食料庫が在って、絶対に防衛しなければならないゲートを容易く放棄するなんて、正気の沙汰とは思えない」


「それで?」


「だが、食料を放棄したって問題は無かったんだ。どうせ、食べる人はいなくなるんだからな。長田が呟いていたことがあった。『もしかしたら、これも作戦の一部なのか』と。事実、そうだ。全て作戦の中だったんだな。お前の狙いは、ゾンビの殲滅じゃない。ゾンビを一か所に集めることだったんだな」


「そうだ。ここまで知られては、隠すことなどできん。これを見ろ」


そういうと、びっしりと文字の書かれた数枚の紙を投げてよこした。

俺はそれを受け取り、目を通し、やはりそうだったかと意を得て、やはりそうだったかと悟り、やはりそうだったかと絶望した。


「『計画の第一段階。部隊を中国に派遣し、ミサイル基地を掌握する。第二段階。残存自衛隊を一か所に固める。第三段階。隊員に悟られないように感染者を集め、包囲させる。そして、ミサイル基地より、核ミサイルを持って感染者を撃滅する』かいつまんでいうと、こんな感じか。なるほど、考えたもんだ。ゾンビによる包囲が完成した時点で、俺達は逃げることなんて出来なかったわけだ」


「貴様の載ったヘリが墜落した時に、ある部隊を派遣した。その部隊が、各方面からゾンビを集めてくれたのだ。正確に言えば、その隊員が、協力者を連れて手分けしてやった結果でもある。最初に感染者が侵入した時点で、この作戦は彼らの任務は遂行された。あとは、鳴り響く銃声が自動的に感染者を引き付けるからな」


「俺達は最初から餌だったって事だ」


「冗談じゃねぇぞ!」


英人が銃を構える。


「俺は、ここに来るときに死ぬ覚悟はしてきた。だが、死を強制されるなんてことがあるか!」


そして、発砲した。


「やめろ、英人!」


英人の銃の銃口を下に下げて、それ以上の発砲をやめさせた。

だが、既に遅かった。

井伊の身体は数発の銃弾で抉り取られていた。


「ふ……。どうせ、もとよりこの銃で死ぬつもりだった。少しくらい、死ぬ方法が変わった所で、何とも思わん。だが、一つだけ、言わせてくれ。これは、俺が考えた作戦じゃない」


「……知っていた」


俺の言葉に、井伊は目を見開く。


「どうして、だ」


「お前、前の井伊を殺した時に言ったじゃないか。『俺たちは、チェスや将棋の駒じゃない。撃たれれば痛いし、死んだらおしまいだ』ってな。そんなお前が、こんな作戦をたてるはずがない」


「ふん……貴様に、そこまで言われるとはな」


「お互い、熱く燃え上がった仲だろう?」


「物理的にな…。上層部には、ありとあらゆる証拠を全て破棄するように言われた。その紙も、時間がたつときえるインクで書かれている。真実は、完全に闇の中だ。だが、そうはさせるものか」


「とはいっても、ここから出ることも出来ないし、核ミサイルで全て吹き飛んじまう」


「碓氷、下だ。地下に行け」


「地下?」


「そこに、軍が密かに作ったシェルターがあるらしい。俺も、会議の時に盗み聞いたぐらいだから確証はないが、行ってみるのも手だろう」


「お前…」


「いけ。お前が後世に伝えろ。さらばだ」


井伊の体から力が抜ける。

その亡骸を、椅子に座らせた。

殺しあった仲の男。

不思議と、憎しみは沸かなかった。

こいつも、踊らされていただけだったのだから。


「皆、地下に行くぞ」


二人とも、首を縦に振った。

まずは、地下への入り口を探さなければならない。


「施設の北側は俺が探すから、南側は任せた」


「はい」


部屋を出るときに、一度だけ振り返った。

井伊が少しだけ、しかし愉しそうに笑っているように見えたのは、きっと見間違いではなかったと思う。




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