実像と虚像
―???―
「あ……」
目が覚めると、真っ白な天井があった。
ゆっくりと意識が覚醒していったが、突然走った肩の激痛で一気に現実に戻る。
「ぐっ!」
肩を押さえると、包帯があるのがわかった。
俺が漏らした声が聞こえたのか、病室の外から医師が入ってきた。
しかし、清潔な筈の白衣には所々血痕が見える。
奴等かと思って身構える俺に、医師は声をかける。
「心配するんじゃねぇ。俺は感染してねぇよ。なに、ちょいと下の患者が発症したもんでな。始末した」
「ここは?」
「日本で一番でかい病院だ。お前の怪我は、肩の銃創と少々の火傷。もっとも、それで死んでた方がお前のためだったのかもしれんがな」
「どういうことだ?」
「外を見てみりゃ分かる」
医師が顎をしゃくった。
俺はその動作に示されるまま、窓の外を見る。
「ッ!」
夥しい数の人間が入り口に殺到している。
ゾンビ化しているわけではない。
それぞれがメモのようなものをもって入り口から入ろうと試みているのだ。
「お前のお客だよ」
「俺の?」
「お前目当ての報道陣どもさ。ハイエナどもめ」
「すまん、言っている意味が分からん」
「お前は利用されたんだよ、軍に。もっとも、本当かもしれんがな」
「だから、何を言ってるんだ?」
「説明すると長くなるぜ。お前が寝てる間に、自衛隊はボロ負けした。このままじゃパニックになるってんでお前を引っ張ってきたんだよ。もっとも、お前だけじゃないけどな。拠り所が無くなった市民なんて脆いもんだ。自衛隊という安心材料がなくなった今、市民はいかれかけてる。次のよりどころがお前たちという訳だ。英雄さんよ」
「英雄? 冗談はよしてくれ。俺は上官に歯向かって殺されかけて、助かったと思ったら殺されかけただけの不幸な男だ」
「ところがどっこい、話はそう単純には進まねぇ。お前は既に、前の戦いで数百体のゾンビを一人で始末した英雄だからな。ゾンビキラーだとか、黄泉送りだとか言われてるぜ。死者の介錯人とかいう二つ名も聞いたな」
「Shit……」
既に、物語はシナリオ通りに動き始めている。
俺が何を喋った所で、マスコミは言い様に書き換えて市民に届けるだろう。
テレビやラジオなんてとっくに終わってるから、新聞とか、口コミとかで。
俺は、そんなのじゃない。
俺は、英雄なんかじゃない。
くそったれ。
医師に別れを告げて玄関から出ると、俺は一瞬でもみくちゃにされた。
『何か一言ありませんか!?』
『国民にメッセージを!』
『一体何体殺したんですか!?』
人間とはこういうものだ。
人間を殺せば罰せられるのに、自分たちが敵視した者に対しては、例え元人間だろうと嬉々として殺す。
俺は眩暈と吐き気を感じた。
「国民に、言いたいことがある」
周りの音がなくなる。
全てのものが、英雄に声に耳を傾ける。
言葉を、待ち侘びている。
「……あの作戦に意味なんてなかった」
言わなければならない。
「何の意味も無かった。悪戯に兵士を殺しただけだ。残された家族に言っておく。お前らの家族は犬死だ。何の成果もない。何の実りもない。死ぬべくして死んだ。大規模殺人と言ってもいいくらいにな。次々死んだ。大勢死んだ。俺が意識を失っている間もたくさん死んだ。死んだんだ。俺が英雄?冗談じゃない。英雄なんていない。居るのは被食者だけだ。生態系の最上位でのうのうと暮らしてた人間は、自分たちによって淘汰される。皆喰われる。それだけだ」
俺が歩き出すと、再びマスコミの総攻撃が始まる。
俺はもう何も言わなかった。
―過去―
俺は紬を石垣の上に押し上げると、急いで堀の中に戻った。
ゾンビはまだ本部側にまでは来ていない。
英人と悟郎を探すために、堀に戻らなければならなかった。
ヘリと反対方向に向かって泳いでいくと、一際大きな巨体が俯せで浮いていた。
周りが赤く染まっている。
間違いなく悟郎の背中だ。
気絶をしているようだ。
俺は悟郎の腕を掴んで、肩にかける。
そのまま、英人を探し始めた。
……何かおかしい。
その違和感に気付いた時に、俺は悟郎を水の中に戻した。
脈が無かったのだ。
悟郎は気絶していたわけじゃない。
絶命していた。
仰向けになった悟郎の顔の下。
つまり、首に金属片が刺さり、大量に出血していた。
俺は悟郎のポケットから煙草を取り出して、口に咥えさせた。
そして、ライターで火を灯す。
が、火がつかない。
何度やっても駄目だ。
水のせいでしけってしまったに違いない
「……最期に煙草も吸わせてやれないのか」
涙は出なかった。




